4-7 無情なる世界の愛と復讐
乾ラルーエットの隠れ家は改装中のアトラクションに機材や家具を置いただけのものだった。
内装工事はまだなのか壁も床も剥き出しのコンクリートであり、生活感がない空間は殺風景でまるで刑務所の様にも思える。
複数台のパソコンのモニターには園内の防犯カメラの映像やSNSのやり取りが映し出されており、車椅子に乗って映像を確認していた彼女はくるりと回って向き直った。
「おめでとう。私の想定通りちゃんと真相に辿り着いてくれたんだね」
彼女はきっとこうなる事を望んでいたのだろう。
彼女の目的は最初から復讐であり、復讐を成し遂げた後は彼女自身の手で幕引きを図るつもりだったはずだ。
「君の事はどう呼べばいいんだい。星場雲雀かな。それともネクラ・クスクス? 乾ラルーエットかな」
「好きな様に。でもどうせなら星場雲雀が良いかな。星も雲雀もお父さんとお母さんが好きなものだったから」
真矢の言葉にも星場は動じる事は無く、彼女は星場雲雀という偽りの名前を愛おしそうにつぶやいた。
「見てよ、これ。SNSもマスコミも皆好き放題にジャン・バルジャン事件を考察してるよ。乾アロンドラは暴力団員だったから殺された、だってさ」
星場はモニターに映し出された画面を虚ろな眼差しで見つめていた。
そこには突拍子もない推理や、見るに堪えられない誹謗中傷が延々と続いていた。
「これはミステリードラマじゃなくて泣き叫んでいる被害者がいるのに、この人達にとってジャン・バルジャン事件はただのエンタメなんだよ」
彼等にとっては何もかもが他人事であり被害者の事なんて考えもしない。
そんなものはミステリーにおいては考察に不要なノイズでしかないからだ。
「お父さんは阿部真樟に反社に間違われて殺された。そして彼等にもう一度殺された。だから私は尾張連合会と彼等への復讐を誓ったの」
星場はそう語り、モニターには様々な事件のまとめサイトが映し出された。
その中にはドン・キホーテ事件やカラマーゾフ事件に関する物もあり、俺はそういう事だったのかと腑に落ちてしまった。
「私はまとめサイトにマルウェアを仕込んで彼等の情報を集め、そしてスマホに搭載された人工知能を闇バイトアプリに変えていったの。早い話がクズを利用してクズを殺そうとしたんだよ」
復讐したい人間を操り互いに殺し合わせる。それは彼女の復讐心と執念が生み出した悪魔の様な発明だった。
「とはいっても不確定要素が多いことは否めなかったから、ある程度はアドリブで乗り切った。元々私は直接阿部真樟を殺すつもりで準備していたけど、他に殺したい人がいたみたいだからそれを上手く利用したりとかね」
「っ」
星場は当然父親を殺した阿部真樟の殺害計画を立てていたはずだ。
結果的に南戸が指示役になったが、誰が罪に問われるかという違いだけでシナリオに大きな差はなかったので乗っかる事にしたらしい。
その結果親しい人間が手を汚す事になったとしても、人工知能の様に最適解だけを求める彼女にとっては些細な問題だったのだろう。
「だけどそれじゃあ流石に無責任だから、無関係な人を巻き込まない様に工夫はした。相手が悪人なのか善人なのか、私の復讐のターゲットなのか判断する様にちゃんとプログラムを組んでね」
星場は司法用の人工知能の構築にも関わっていたので、闇バイトアプリにそうしたプログラムを組み込む事は造作も無かっただろう。
けれどそれは文字通り機械的に善悪を判断し生殺与奪を決める事に他ならない。
彼女が開発したのは最早闇バイトアプリと呼べるものではなく、世界を人工知能によって管理されたディストピアへと変えかねないとてつもなく恐ろしいものだったのだ。
「……ふざけんな。流雨牛もそうだって言うのか。あたしと流雨牛じゃ、流雨牛のほうが死ぬべきだったって言うのかッ! あいつが殺されるほどの事をしたって言うのかッ!」
何よりもそのシステムには確実に欠陥があったはずだ。
不手際で仲間を死なせてしまったジャベリンは歯を食いしばって超越者気取りの技術者に吠えた。
「人間の感覚ではそうなんだろうね。だけど人工知能の思考は基本的に1か100しかないから。ごめんね、ちゃんとアップデートして不具合は修正するから」
「なんだよそれッ! 無茶苦茶だろッ!」
流雨牛はかつて未成年と関係を持ったが、それは死をもって償うべき罪ではなかったはずだ。
なのに何故同じく法令違反を繰り返したジャベリンが正しいと判断されたのか、ブラックボックスの中に存在する真実は開発者である星場にもわからなかったのかもしれない。
「そうだね、無茶苦茶だね。でもどのOSも開発当初はバグが付き物なんだよ。法律もアップデートをしてより良いものに変えてきた。これは世界をよくするために必要な犠牲なんだよ」
けれど彼女はそれを仕方がない事と割り切りただの不具合だと一蹴する。
その意見を聞いた時俺は人間と話していたはずなのに、まるで彼女が感情を持たない機械仕掛けの人形の様に思えてしまったんだ。
「ただね。どうもその辺りの事がわからなくなったんだよね」
だが動機と闇バイトアプリの真実を語った彼女は物憂げな眼差しで土師を見つめた。
「土師さん。私はね、もちろんあなたも殺すつもりだった。前科があった海老名を利用して」
「……………」
乾アロンドラが殺された事件で土師は主犯格ではないが直接関与している。当然彼は真っ先に復讐のターゲットになったはずだ。
「なのにさあ……なんであなたはそんなにいい人になってるの!? 犯罪者なら犯罪者らしくしてよッ! そんなんじゃちゃんと殺せないじゃないッ!」
だが彼の嘘偽りのない優しさは星場の覚悟をも揺らがせてしまうものだった。彼女は悲痛な声で泣き叫び、嗚咽を漏らして訴えた。
「星場さん……」
土師もまた彼女の優しさに絶望していた。
彼にとっては罰を受ける事が救いだったが、ここで何かを語れば彼女の心をより深く傷つけてしまうはずだ。
肉親を殺された人間と殺した人間――本来分かり合うはずのない両者は互いを理解したが故に絶望する事になった。
ああ、人間とはここまで美しく悲しいものなのか。
この悲哀に満ちた世界はなんて無情なのだ。
「そうか。なら俺が殺してやろうか?」
「「ッ!?」」
けれど星場と土師の絶望に胸を打たれているとしわがれた男の声が聞こえ、続け様に耳をつんざく無粋な破裂音が鳴り響いた。




