4-5 ジャベリン刑事の訴え
尾藤葉子を退けた俺達は園内の建物の中に身を潜め、軽く装備を整えながら最後の戦支度をしていた。
「土師、お前は大人しく留守番をしておけ」
土師は暴徒が持っていたバールの感触を確かめており、俺は戦うつもりだった彼を制止した。
「構わない。僕はカタギじゃないから。家族と上手くいかなかったからグレたけど、覚悟が無かったから善人にも悪人にもなり切れなかっただけの半端ものさ」
「乾アロンドラを殺したんじゃなかったのか」
「……言い訳になってしまうけど、阿部真樟が彼を襲撃した時僕は何も出来なかった」
かつて彼が起こした事件について問いただすと、土師は悔しそうに当時の事を語った。
「あいつは乾アロンドラが中国マフィアじゃないってわかってからも構わず殴り続けていたけど、僕には一線を越える事が出来なかった」
俺達は中国マフィアと勘違いされて乾アロンドラが襲われたと推理したが、土師の証言はそれが正しかったと証明するものだった。
「僕は止めたけど、彼はこいつが生きてたら襲った事がバレるから口封じのために殺さなきゃいけないって言ってたよ。無茶苦茶な理屈だよね」
人を殺す事は簡単な事ではない。
気付いたのなら普通は途中で止めそうなものだが、阿部真樟の思考回路は常人とは大きく異なっていた。
「そして理解したよ、僕は彼の様にはなれないって。結局僕は世の中に不貞腐れていただけの子供だったんだ」
多くの不良は強がっていても完全な悪になりきる事が出来ない。
何故なら人間がその一線を越える事は相当な覚悟が必要であり、決して容易ではないからだ。
「僕は罪を償いたかった。だけど司法は僕に罰を与えてくれなかった。僕だってあんな結末は望んでいなかった」
犯罪者は少しでも罪を軽くしたいと望むものだ。
けれど優しすぎる彼にとってそれは最大の罰だったのだ。
「阿部真樟が僕の前に現れた時は驚いたよ。てっきり僕に用事があるのかと思ったけどいつかはこうなると思っていたし、もしも殺されるのならそれでもいいと思ったんだ」
彼は防犯カメラに映っていた映像の裏事情を語った。
通常は恐怖で震えそうなものだが、彼にとって阿部真樟は救済をもたらす天使に見えたはずだ。
「でも向こうは全然気付いている様子はなかった。もしかしたら気付いた上で無視したのかもしれないけど」
だが出所後裏社会で出世街道を突き進み、成功者となった阿部真樟にとって土師は最早歯牙にもかけない存在になっていた。
苦悩し続けた土師とは対照的に、刑務所でコネを掴んだ阿部真樟にとってジャン・バルジャン事件は過去の武勇伝になっていたのだろう。
「彼は南戸さんと何かを話して、その様子がただならぬ感じだったから心配だったけど、それからすぐにあいつが死体で見つかったから彼女が殺したんだろう、ってなんとなく察したよ」
先程の話を参照するとおそらく阿部真樟は南戸を利用してジャベリンを探り、黒幕と接触しようとしたのだろう。
そして南戸は我が子を護る為に闇バイトアプリで殺害を依頼した、というわけか。
「そこにジャベリンさんが現れて僕がジャン・バルジャンだって告げて……僕はようやく救われると思って、全てを受け入れる事にしたんだ」
過去の罪を償い、南戸を救うために罪を被る事は何ら躊躇う事ではなかったはずだ。
何故なら罰を受け続けたいと願い続けた彼にとってそれは救済だったのだから。
だが彼の懺悔を聞いたジャベリンは吐き捨てる様に言った。
「……お人好しにも程があるだろ。この偽善者が」
「……………」
地獄に突き落とそうとした人間は、自分の救うために罪を犯した母を助けようとした人間だった――その事実を知った彼女は頭の中がぐちゃぐちゃになっているに違いない。
「再婚相手に変な事をされそうになって家を飛び出して、お母さんは世間体を気にして護ってくれなかったのに……マグロを釣ってる時にあの男が海に落ちて死んだ時はざまあみろって思ったけど……そういう事だったんだな」
ジャベリンは声を震わせながら過去を語った。
それは決して許される事ではなかったが、南戸は罪を犯してでも我が子を護ろうとしていたのだ。
「あたしのせいで流雨牛もボビーもいなくなって、グレルもあんな事になって……あたしはただ悪い奴をやっつけたかっただけなんだ……こんな事は望んじゃいなかった……ッ!」
彼女は自らの力で悪に裁きを下し、辛い過去を乗り越えるために戦っていただけだった。
それがどのような結果をもたらすのかわかっていたとしても、虐げられるだけの存在である事を拒んだ彼女は構わず正義を貫いていたのだろう。
「お願い……お母さんを助けて……!」
「ああ、わかってる」
ジャベリンは嗚咽を漏らして懇願し、俺は二つ返事で引き受けた。
報酬は発生しないだろうがたまにはボランティアをするのもいいだろう。
彼女が道を誤ったのは周りの大人の責任だ。
ならば彼女が世界に絶望しない様に大人が責任を持って救わなければならない。
「サンチョ君、安請け合いするのはいいんだけど、君には今南戸がどこにいるのかわかるのかい?」
だがそれにはまず南戸の居場所を把握しなければならない。
真矢はそう尋ねたが、正直当てがなかったので俺は意地を張らずにコレットに質問する。
「コレット、防犯カメラの映像で調べられるか?」
「地中海エリアにイマスが監視カメラの死角に入ってしまいマシタ。この辺りは元々防犯カメラも少ないので詳細な位置がわかりマセン」
「地中海エリアか。あの辺りはリニューアルに向けて作業をしていたし、身を潜められそうな場所はいくつかあるけど」
コレットの答えだけではわからなかったが土師の証言によって候補は絞り込めそうだ。
しかし総当たりで調べては間に合わないので目星を付けなければならないだろう。
「ジャベリン、俺達はネクラ・クスクスが闇バイトアプリをばら撒いた黒幕だと考えている。何か手掛かりになりそうな事は覚えていないか?」
「手掛かりって、そんな事を言われても……」
俺はジャベリンから有益な情報を引き出そうと試みる。
彼女は母親を助ける為懸命に思い出し、しばらくしてあっ、と何かを思い出した。
「そうだ、地中海エリアに向かった時にクスクスの声が二重に聞こえて通信が途絶えた。もしもすぐ近くで遠隔操作で動かしていたクスクスの声が聞こえて、誤魔化すために通信障害っぽく振舞ったのなら!」
「うん、十分だね。君も十分ワトソン役の素質がありそうだ」
ジャベリンは自らの力で答えを導き出し、それは真矢も正解だと認めるものだった。
「つまり声が二重に聞こえ、なおかつ防犯カメラの映像が途切れた場所の周辺で、リニューアルをしている最中の場所を調べればいいわけか。そこまで絞り込む事が出来れば十分だ」
「すぐに案内するよ! 急いで!」
「っておい!」
恐怖していたはずのジャベリンは母親を助ける為に飛び出してしまう。
その瞳にはもう迷いはなかったが、俺は命知らずな振る舞いに苦笑してしまった。
「若いっていいデスねぇ」
「うんうん、サンチョ君も昔はあんな感じだったね」
「そんな事を言ってる場合か。とにかく俺達も行くぞ!」
「はい! 僕も手伝います!」
若い者には負けてはいられない。装備も整えた事だし手早く済ませよう。
たとえ誰かが絶望する事になったとしても、悲しみの連鎖はここで終わらせなければならないのだから。




