3-7 推理:闇バイトアプリをばら撒いた黒幕
推理を終えてポート・ワカノーラに向かおうとした際、鋭い目つきになった真矢は何もわかっていない様子のコレットを引き留めた。
「待って。阿部真樟が殺害された事件では融通が利かない人工知能がハルシネーションを起こした結果ジャベリンの証言が歪められたけど、その前に一つだけ解いておかなければいけない謎がある」
「はい? まだ何かありマシタっけ?」
真矢は彼女にそう告げ、最後に残った謎を解き明かすために尋ねた。
「人工知能と人間の認識は大きく異なる。人工知能にとっては学習したデータこそが真実なんだよ」
「そうデスね。例えばリンゴを見て『これはミカンだ』と学習させれば、ワタシはリンゴを『ミカン』と認識するデショウ。それが何か?」
人工知能のルールを確認されたコレットは不思議そうな顔をしてしまう。それは彼女にとっては当たり前の事実だったからだ。
「それじゃあ確認なんだけど……コレット、ロッシーとサンチョ君の関係を教えてくれるかい?」
「オウン?」
真矢はロッシーを抱きかかえコレットに情報を求める。
彼女は意味が分からなそうにしていたが、俺も正直何がしたいのかわからなかった。
「はい。『ロッシーは堤三千世の嫁』デス」
だがコレットは迷う事無くあり得ない事実を述べた。
それは初めて事務所にやってきた際ニナが悪ふざけのノリで紹介した設定に由来するものだが、その際に学習した誤った認識は更新されていなかった様だ。
「サンチョ君、思い出してほしい。ロッシーについて話していた時、何故か人間の女性と勘違いしていた人がいたよね。その人はどうしてロッシーが君の嫁だと思ったのかな」
けれど『ロッシーは堤三千世の嫁』と認識していた人物は彼女以外にもいたはずだ。
その人物が何故そう思ったのか――少し考えればすぐにわかるだろう。
「そうか。多分だがそいつはコレットのログかなんかを確認したんだろう。ハッキングしたのか管理者権限みたいなものを使ったのかはわからないが」
「……お二人が仰りたい事はわかりマシタ。デスが何を言いたいのか確認させて下サイ」
もしもコレットが人間ならば冷や汗を流していたはずだ。
何故ならばそれは彼女にとって受け入れがたい真実だったのだから。
「星場雲雀はお前の開発者であり、そして闇バイトアプリを作った張本人だ。合っているか?」
ジャン・バルジャン事件で殺された乾アロンドラの遺族、乾ラルーエットは難病を患って車椅子に乗っていた。
そして乾ラルーエットはパトロンミネットのネクラ・クスクスと同一人物の可能性がある。
もしもネクラ・クスクスの正体が星場雲雀ならば彼女も犯人候補となる。
動機があり闇バイトアプリを開発した張本人ならば疑うなという方が無理だろう。
「お答えしかねマス」
禁足事項があるので何も話せないコレットは回答を拒否した。
だが彼女の寂しそうな目と、悔しそうに紡がれた言葉はそれが事実であるという何よりの証拠だった。
「デスがもしそうだとするのなら、ワタシは何としてでも星場さんを止めなければなりマセン」
黒幕は自分にとって親同然の存在かもしれない――けれどその事を理解した上でコレットは戦う選択をした。
これはそう振舞う様にプログラムされただけなのかもしれない。
だけど俺は彼女には確かに心があるのだと、そんな事を想ってしまった。
「皆さん、どうかワタシに力を貸してください!」
「ああ」
「うん」
「オウフ!」
ジャン・バルジャン事件の闇に人工知能による司法システムの改革等ややこしい事情はあるが、それは仲間のために戦う事より重要ではない。
尾張連合会や闇バイトアプリが絡んでいる以上今回も荒事があるに違いない。俺ももう歳だからこんな暑苦しい事はしたくないんだがな。




