3-6 推理:ジャベリンの証言
阿部真樟の目的について推理をし、俺達は彼を殺害した犯人についての推理を始めた。
「では誰が阿部真樟を殺害したのデショウ。やはりポート・ワカノーラのスタッフさんなのデショウか」
「それなら一応参考になる証言はある。ジャベリンがご丁寧に投稿してくれたからな。コレット、見つけられるか?」
「はい。現在は削除されマシタが拡散されてイマスので……あら?」
そろそろ事件の核心に迫りつつあるのかもしれない。
俺はコレットに取り調べの音声をネットから探す様に指示を出したが、彼女は僅かに表情を変えてしまう。
「ん? どうした?」
「いえ、まとめサイトにマルウェアが仕込まれていまして。これでは閲覧しただけで個人情報がダダ洩れになるデショウね。デスがワタシは対策済みなのでご安心を」
「そうか。そういえばカラマーゾフ事件でも似た様な事があったな」
センセーショナルな事件のまとめサイトにマルウェアが仕込まれている事は何らおかしい事ではない。むしろ無いほうが珍しいだろう。
「はい、これデスね」
電子の海を泳いでいたコレットは特に気にする事無く取り調べの記録をタブレット端末に転送、音声を再生した。
『あの夜、自分は土師仁太の悪事を突き止めるためにポート・ワカノーラに潜入したのですが、彼は同僚にバルブ室で配管の修理をしに行くと言いました』
俺は再度ジャベリンが取り調べで警察官に語った証言を聞く。
残念ながら公開されたのは切り取られた一部だけだがここから推理するしかない。
『ジェラルミンケースを持った土師仁太は用事があるからと足早に去っていき、バルブ室に隠しました。私はバルブ室に忍び込み、すかさずケースを調べるとそこには阿部真樟の死体がありました』
思い込みの激しい彼女は土師仁太を犯人と決めつけているはずだ。
だが土師仁太はジャン・バルジャン事件の関係者なので仕方がないかもしれない。
『私は思わず悲鳴を上げてしまい、そこに土師仁太がハンマーを持って現れました。私は急いでその場から離れて交番に駆け込みました』
公開された証言はここまでだった。
短いが要点をまとめており、日本語が下手くそなあいつにしては上手に話せている様に思える。
「大前提としてジャベリンは本当の事を話しているのかな。それに遺体発見時は閉園後で暗かったし、パニックになっていたはずなのに随分と正確な証言だね」
「ああ。元も子もない言い方だが文章が綺麗過ぎるな」
真矢の言うとおりその証言には不自然な点が無い事が不自然だった。
そこを指摘してしまえば何もかもが疑わしくなってしまうが……。
「もちろん上手く切り取ったのかもしれないが、あいつがここまで正確に証言する事が出来るもんかねぇ」
「取りあえずすぐにわかる矛盾点を指摘シマス」
コレットは園内の防犯カメラの映像を映し出し、ジェラルミンケースを持った土師の姿を映し出した。
その後彼はバルブ室方面に消えていき、戻ってきた映像にはジェラルミンケースは無かった。
園内を歩いていた土師は何かに気付き落ちていた細長いものを拾う。
コレットはその映像をすぐに拡大したが、それは何の変哲もないジュースの空き瓶だった。
そして彼はゴミ箱を探している途中で何かに気付き、再度バルブ室に向かうも慌てて走り去る様子が映し出されていた。
「あのジェラルミンケースには阿部真樟の生首が入っていたんだろうね。重さ的にはボウリングの球程度の重さだから誰でも運べるだろう」
「あれはポート・ワカノーラの売店で売ってるジュースの空き瓶だな。ゴミを拾ってどこかに捨てようとしている時に不審者のジャベリンに気付いてこうなったわけか」
真矢と俺はどうしてこの様な証言になったのか推測する。
少なくともこれで土師が持っていた物がハンマーではない事はあっさり証明されてしまった。
「遺体発見時は薄暗かったデスし、ジャベリンさんも恐怖でパニックになっていたはずデス。ハンマーを持った殺人犯が戻って来たと勘違いしても不思議ではないデショウ」
「……お? 続きがあるぞ」
ジャベリンは急いで待機していた仲間の下に戻り、殺人犯に襲われないか警戒しながらスマホを操作していた。
グレルオブザデッドとドクターボビーもかなり怯えている様に見え、三段警棒と催涙スプレーを持って周囲に目を光らせている。
おそらく殺人犯から彼女を護ろうとしているのだろう。
「証言と違って交番にすぐに向かったわけじゃないのか。だけどジャベリンは何をしているんだ?」
「警察に通報しているのデショウか? その様な記録は残されてイマセンが」
状況を考えればそれが自然だろう。
しばらくスマホを操作していた彼女は仲間と共に最寄りの交番に駆け込み、そこで映像は終了した。
「僕には何をしていたのかわかったよ。証言にはハンマー以外にも事実と異なる部分があったけど、サンチョ君とコレットにはわかるかい?」
「そうだな。土師はジェラルミンケースをバルブ室に運んだが修理はしていない。だがジャベリンは『土師が同僚に配管の修理をしに行くと言った』と証言している」
「ふぅむ、コレットにはわかりマセン」
真矢は苦悩するコレットをにやにやと眺めた後、何となく察していた俺に尋ねた。
「だけどサンチョ君ならわかったはずだ。君はここ最近ポート・ワカノーラが働いていたからね」
「ああ。この辺じゃ『片付ける』事を『直す』って言う。きっと土師は誰かにバルブ室にこれを片付けろって言われたんだろうが、方言がわからなかったジャベリンは勘違いしたんだろうな」
「なんと! そう言えばコレットも学習していまシタ!」
俺はさほど悩む事無くジャベリンが誤解した理由に辿り着いた。
ただ人工知能のコレットは知識として知っていたが、一般的な学習データのせいですぐにはわからなかった様だ。
「事実を誤認していたジャベリンの証言に信憑性が無いのはこれで証明されたけど、ここでもう一度さっきの謎を精査しよう」
最早ジャベリンの証言はあてには出来ない。
彼女の証言からわかる事はもう何もなさそうだが真矢にはまだ気になる事があったらしい。
「空き瓶を凶器と誤認したとして、彼女は何故ハンマーだと証言したんだろうね? ナイフやノコギリでもなくそう思った理由はどうしてなんだろう」
「そんなもんに理由があるのか?」
それは解決済みの謎とも呼べない謎だったが真矢はその部分に着目し、自身の推理を述べた。
「あくまでも推測だけど僕にはそうなった理由がわかる。つい最近三重県の木野子浦で変質者が起こした事件を覚えているかい?」
「ああ、配管工の男がハンマーを持って暴れたんだっけ……ん?」
それは気にも留めないどうでもいいニュースだったが、その時上手く言葉に出来なかったが俺は違和感を抱いてしまった。
「そう。和歌山と三重、和歌浦と木野子浦、バルブ室と配管工。一見無関係な様に見えるけど、ややこしいから混同しそうだよね」
「はい、めっちゃややこしいデス」
言うまでもなくポート・ワカノーラの事件と配管工の事件は無関係だ。
だがどちらも同じ近畿地方で起きた事件であり、出てくる用語も似通っていた。
「コレット、もしも君のユーザーが和歌浦のテーマパークにいて、そこでバルブ室に直しに行く、と言った不審者について質問されたらどんな回答をする?」
「そうデスね。位置データや学習データを参考に回答をするかと……ああ!?」
「ようやく気付いたみたいだね」
同じ人工知能であるコレットは原因となった『何か』と同じ結論に辿り着き、そして証言がちぐはぐになった理由を理解して衝撃を受けてしまった。
「ジャベリンは今時の若い子らしくいつもスマホを持っていたけど、彼女はスマホに搭載された人工知能に相談して考えを整理してから警察に証言したんだ。これがちぐはぐな証言になった理由だよ」
証言が汚染されたと推測出来る理由――それは回答を求められた人工知能がハルシネーションを引き起こし、それを彼女がそのまま証言したからだった。
「人工知能に相談か。警察は証言が汚染されない様に工夫してるけど、今後はきっとこういうケースも増えるかもな」
「ううむ、また人工知能がやらかしてしまった様ですみマセン!」
「別にコレットが謝る必要はないだろう。だが警察はちゃんとその辺の対策もしないといけないだろうな……つっても出来る事があるのかって話だが」
コレットは人工知能を代表して謝罪するが、もしこれが事実ならば恐ろしい事になる。
人間の誤った証言は思い込みに由来するものも多い。
もしもジャベリンがそうした様に多くの人が人工知能に相談してしまえば、ハルシネーションよって汚染され、なおかつ論理的で筋が通った証言が量産されるはずだ。
「ディープフェイクは技術によって見抜けるけど、証言の汚染に関しては本人の自己申告以外に見極める方法がないから対処しようがないだろうね」
「それに今回は人工知能をわかりやすく意見をまとめる為に用いたが、もしも悪意を持った人間が警察や大衆を納得させるために嘘の文面を考え、本人が人工知能を使っていないと言えば……」
偽りの真実を見抜く事が出来るのは動画として証拠が残るからだ。
けれど証拠に残らないものを作り上げてしまえばその真偽を確かめる事は出来ない。
せいぜい残るのはログくらいだが、法律もあるのでそれを確かめるのは容易ではないだろう。
それにもしも警察ではなく、直接週刊誌やマスコミにリアリティのある証言をしたのならばどうしようもない。
ジャベリンは悪意を持ってその様な行動をしたわけではないはずだ。
だがこの事件をきっかけに生成AIによる捏造は新たなフェーズに移行したのかもしれない。
「いや、今はその辺りの事を議論するのは止めておこう。重要なのはジャベリンが本当は何を見聞きしたかだ」
しかし今明らかにすべきはジャン・バルジャン事件だ。
この問題については警察行政や法律を考える偉い人に任せるしかないだろう。
「元々の会話を推測してなおかつ余計な部分を省くなら、ジャベリンの証言は『土師は同僚からバルブ室にジェラルミンケースを片付けるように頼まれた』って事になるね」
真矢は人工知能によって汚染される前の証言を組み立てる。
もしもジャベリンが警察にこのように証言していれば展開は全く違った動きを見せていたはずだ。
「つまり死体が入っていたジェラルミンケースは誰かから渡されたものだった。乱暴な推理になるがそいつが犯人の可能性があるな」
「……それで、堤さんは誰が犯人だと考えているのデスか? まさかメンテナンスを担当する星場さんだと考えているわけじゃないデスよね」
コレットは恐る恐る俺に確認するが、俺はいや、とすぐに否定した。
「星場の専門はシステムメンテナンスでハード面は専門外だ。設備の維持管理とかは海老名が担当していた。土師にそう伝えて頼み事が出来る立場の人間は彼しかいない」
「つまり阿部真樟の死体を運ぶように頼んだのは海老名史郎というわけデスね」
「そう考えるのが自然だろうな。海老名から伝言を頼まれた、って別の人間が言った可能性もあるからまだ断言は出来ないが」
海老名はマグローマンの中の人を担当しているが本業はあくまでも施設の維持管理だ。
普段から彼の手伝いをしていたし、土師は二つ返事で依頼を引き受けたに違いない。
そう、ジェラルミンケースの中に切断された生首が入っているだなんて疑いもせずに……。
「つまりジャン・バルジャン事件の黒幕は海老名史郎だった。それが堤さんのファイナルアンサーデスか?」
「いや。海老名はあくまでも阿部真樟の殺害に関与したかもしれないってだけだ。今回の事件は闇バイトアプリが絡んでいる。実行犯はどこの誰ともわからない奴かもしれない」
俺達は推理によって海老名史郎が犯人である可能性を示したが、これはあくまでも推理で明確な証拠があるわけではない。
「もしかしたら海老名はただの実行犯で黒幕は別にいるかもしれない。いずれにせよ直接海老名に話を聞くしかないだろう。多少荒事にはなるかもしれないが」
「はい! 了解しまシタ! ならばすぐにポート・ワカノーラへ向かいマショウ!」
だとしても行動の指針を決めるには十分過ぎる。
コレットは意気揚々と決戦の舞台に向かう事を提案した。




