1-2 ロッシーは俺の嫁
翌朝、俺は全身の倦怠感と共にブラインドの隙間から差し込む光を浴びて目覚めた。
『ジャン・バルジャン事件についての続報です。闇バイト連続殺人の――』
つけっぱなしのテレビからはどうでもいい事件のニュースが垂れ流されている。
目覚ましにしてはあまり心地よい音ではない。
身体が鉛の様に重い。
やはり深夜にラーメンを食うものじゃないな。あっさり系の豚骨とはいえ、もう俺も歳だという事を実感してしまう。
「オウーン」
違う。身体が重いのは腹の上に中型のアホ犬が乗っているせいだった。
「お前最近デカくなったな。ああ換毛期か。もうそんな季節か」
俺はロッシーを抱きかかえ床に降ろし、粘着クリーナーを転がして散らばった毛を掃除した。春と秋は毎年こんな感じで地獄なんだよなあ。
「待って、私がやるから!」
「ん、そうか」
修行僧が掃除をする様に黙々と片付けているとニナがタッタ、と駆け寄って手伝いを申し出た。
彼女は粘着ローラーを使わずせっせとホウキと塵取りで抜け毛を集めていた。
あえて手間のかかる方法で集めている理由はやはりあのぬいぐるみだろう。
「大分完成したな。ロッシー二号」
「うん! もうちょっとで家族が増えるよ!」
「家族ではないと思うが」
ラックの上にはロッシーの毛を素材にした作りかけのぬいぐるみがあり、コツコツ集めたおかげで完成は間近に迫っていた。
「オウン」
ロッシーは後ろ足で立ってしっぽを振りながら自らの分身を眺める。
人間で言えば抜け毛でぬいぐるみを作る様なものだが、こいつはこれを見てどう感じているのだろうか。
『続いてのニュースです』
いや、このアホ犬の事だからきっと何も思っていないんだろうな。
『昨日三重県木野子浦市で自称配管工の男が迷惑防止条例違反で逮捕、その後逃走しました。男は女性に『スーパーなキノコを食べてくれ』と付きまとった疑いがもたれ――』
テレビでは今日も今日とて平和な日本を象徴する様な事件が報じられ、オーバーオールを着たラテン系のヒゲ親父が相手を踏みつけて暴行を加える映像が流れていた。
『目撃者によると――』
『ええ訳が分かりませんでしたよ。階段で何度も亀を踏みつけながら残機を増やしているんだとか叫んでましたけど』
『レンガを壊していたら『これは魔法でブロックに変えられた王国の住民だ』ってブチ切れてハンマーを振り回してきました。あいつヤバすぎますって』
ラテン系のヒゲ親父はきっと毒キノコでも食ったのだろう、リポーターは目撃者の証言を拾い上げ男の奇行を面白おかしく伝えていた。
「これヤバいね。スーパーなキノコを食べてくれって」
品性下劣なニナは当然品のないニュースに興味を示し掃除の手を止めてしまう。
もしも子供に見せたくない番組というアンケートが来たのなら俺は真っ先にこの番組の名前を挙げておこう。
「ねえパパ、性欲を持て余しているパパはすぐにムラムラして娘にも興奮するタイプの探偵だけど大丈夫?」
「何勝手に変な設定を付け加えてるんだ。俺はニチアサでも大丈夫なタイプの探偵だしお前に興奮した事は一度もない」
ニナは早速からかうきっかけに利用し、俺は相手にする事無く目覚めのコーヒーを淹れた。
「こうならない為にも早く結婚したほうがいいよ!」
「誰とだ。言っておくがお前とはもう養子縁組を結んでいるから無理だぞ」
「ううん、ここはあえてのロッシーだよ!」
「オウン?」
自由な発想を持つ彼女はロッシーをよいしょ、と抱きかかえ俺の前に持ってくる。
あまり動き回ると毛が散らばるからやめてほしいんだが。
「ほら! ロッシーと結婚してみ! 商店街の名物みたいな立派なキ〇タマがチャームポイントだよ!」
「オウ~ン」
「そのネタはナゴヤ人にしかわからないと思うぞ。日本の法律では犬と結婚するのは無理だな」
ロッシーをいたく気に入っていたニナは仲人役としての役割を果たす事が出来ずに残念がってしまう。
ペットは家族の一員とは言うが別に俺自身は特段ロッシーの事をどうとも思っていない。
成り行きで世話をする事になり、そのまま飼い主としての務めを果たしているだけだ。
「えー、こんなにもふもふして可愛いのに」
「オウン」
とはいえ本当の両親を失ったニナにとっては間違いなく孤独を癒してくれる家族には間違いない。
そういう意味でこいつは堤家にとって無くてはならない存在なのだろう。
「うーん、誰でもいいからパパと結婚してくれそうな女の人はいないかなあ」
「オウーン」
ニナが悩むとロッシーも息の合った動きで悩む仕草をする。
これは仕込んだだけの芸なのだろうが、まるで本当に共感しているかのようだ。
けれど穏やかな他愛もない朝のひと時の静寂は一瞬で崩れ去ってしまう。
「たのもー! 就職面接に来マシター!」
「うお?」
「わっ!」
「オウン?」
謎の来客はインターホンも鳴らさず勢いよく事務所のドアを開けて挨拶をする。
突然の事に俺とニナは驚いてしまったが、
「オウン!」
ロッシーだけはワンテンポ遅れて驚く仕草をした。
犬なのに場の空気が読めるこいつはやはり大物なのかもしれない。




