1-1 偽りの真実が蔓延る世界
――堤三千世の視点から――
聖カラマーゾフ学園で起きた痛ましい連続殺人事件から月日は流れ、二代目捏造探偵の俺は相変わらず代わり映えの無い日々を送っていた。
歪な世界は今日も変わらず回り続けて、今日もどこかで人が死ぬ。いつも通りの毎日だ。
『――証拠が捏造されたものと判明し、審理のやり直し――』
『――虚偽の証言によるものだった事が――』
ニュースで報じられる事件はどれもこれも似た様なものばかりだったが、やはり最近話題になっているのは人工知能やディープフェイク、後は闇バイトにちなんだものだろうか。
昨今の技術の進歩は目覚ましく、かつては俺の様な外道の専売特許だった捏造も誰もが簡単に行えるようになった。
捏造された証拠は専門の機関で調べればディープフェイクだとわかるものが多い。
だが生成AIが誕生したばかりの昨今では検査機関も人材も限られており、全ての証拠に対して高度な電子鑑識を行う事は物理的に不可能だ。
なので警察は重大な事件の決定的な証拠ならば確認する事が多いが、細かい部分や些細な事件についてはちゃんと調べないパターンが多い。
それで被告がギャンギャン騒いでちゃんと調べたらごめん偽物だった、そして前提が覆って……というのが最近の冤罪のお決まりのパターンである。
始末の悪い事にそれを警察や検察が隠蔽しようとする事もしばしばあり、その結果彼等への信頼は地に堕ちて大衆は納得するまで糾弾し続ける様になってしまった。
これはあくまでも一時的なもので、電子鑑識のリソースの課題は技術の進歩により解決出来るかもしれない。
だがその課題が解決して諸々のルールが定まるまでの間、最早万人が納得する真実はこの世界のどこにも存在しなくなるのだろう。
偽りの真実には偽りの真実で立ち向かうしかない。
ディープフェイクという言葉が定着する前から捏造で飯を食っていた俺は誰にも見抜けない真実を作り出す事が出来る数少ない人間だ。
こんなご時世なので千客万来ではあるが、やはり自分がやっている事が正しいのか葛藤の様なものはある。
けれど真実は必ずしも正義ではない。
この世界には偽りの真実でしか救えない人間も確かに存在する。
ひとしきり作業を終えた俺は証拠を完成させネットにアップロードした。
動画サイトは即座にお祭り騒ぎになり、俺は人工知能を上手く使ってアルゴリズムを改変し世論を上手く誘導する。
昔は複数台のスマホを使っていたが便利な時代になったものだ。アカウントを使い分けてせっせと大量のコメントを投稿していた頃が懐かしい。
これで最近騒ぎになっている事件の一つが解決したが、こういうのは大衆が納得しなければ意味はない。
けれど司法の場でこれが本物の映像だと公に判断されればある程度は受け入れるだろう。現状この動画をディープフェイクだと見抜ける術は存在しないのだから。
(ラーメンでも食いに行くか)
一仕事終えた俺は事務所を出て行きつけのラーメン屋へと向かった。
仕事終わりにはやはりあの生卵が乗った和風豚骨ラーメンに限る。
折角だ、糖分補給にクリームぜんざいもつけておこう。もちろん先割れスプーンみたいなフォークは必要ない。




