プロローグ 捏造探偵の異世界転生?
「こんな事を言うのは何だけど、ミステリーって所詮はフィクションだよね」
開口一番、マスカレードを被った少女は世界を壊しかねないふざけた事を言った。
「もしも探偵が事件現場に遭遇して見事な推理で事件を解決したとしても、弁護士は証拠が改竄された可能性があるとか、違法な捜査が行われていたって主張して無罪を勝ち取るはずさ」
各方面に喧嘩を売るこいつが人を食った振る舞いをするのは今に始まった事ではない。なのでここは無視しておこう。
「現実の捜査は専門的な知識とテクノロジーのオンパレードなのに、彼等は目に見えるわかりやすいヒントだけで探偵ごっこに興じている。彼等がしているのは推理じゃなくてただの妄想なんだよ」
だが彼女の言うとおり昨今のテクノロジーの進歩は目覚ましい。
時刻表トリック然り、スマホの誕生然り、時代の変化と共にトリックが成立しなくなり多くのミステリー作家は苦悩しているはずだ。
「それにたとえ犯人が素直に犯行を認めた所で大衆が納得するとは限らない。何故なら大衆はより刺激的な真実を求めるからだ」
けれど彼女は最もフィクションだと思える点を指摘し、その主張に俺は心の中で全面的に同意してしまう。
虚構と現実は違いミステリー作品の様に美しくない。
無関係な証拠もあれば理解不能な行動だってするだろう。
何よりそこには確かに絶望している人がいる。
だが無能な探偵が的外れな推理を楽しむ様に、彼等は決して傷つく人の想いを考える事など無いのだ。
「わかるかい? つまり用意された美しい舞台で事件を解決する探偵は今の時代にはもう必要とされていないのさ」
そして彼女は全ての当事者にとってわかり切った真実を告げ、偽りの証であるマスカレードを外し世界に光が広がった。
「というわけで異世界転移してみたよ!」
「いきなりどうした、ニナ。ここ和歌山だぞ」
なろう小説でよく見かける地中海沿岸部風の街で、虚構の英雄から愛娘に戻ったニナは不意にそんな事を告げる。
天真爛漫なニナは常に訳の分からない言動をするが今回は飛び切りだった。
だが温もりのある潮風と異国情緒あふれるレンガで造られた街並みはまさしくドテンプレなナーロッパだったので、この景色を見た彼女がそんな事を考えたとしても無理はないだろう。
「あ! 見て! 獰猛な野生の魔物が現れたよ!」
「オウン」
「うちで飼ってる犬だな」
石畳の市街地を歩いてしばらくするともふもふしたチャウチャウが現れた。
チャウチャウは気性が荒いのであながちその説明は間違いではないが、間抜け面のロッシーはいつも通り舌を出してのんびりしている。
「パパ、ここは私に任せて! もしも甲斐性の無いパパが噛まれたら医療費が大変な事になっちゃうよ! わしゃわしゃー!」
「異世界なのに社会福祉制度があるんだな」
ニナは俺を護る為に魔物に立ち向かいわしゃわしゃ攻撃をする。
毛むくじゃらなロッシーは荒々しい手つきでもみくちゃにされたせいで全身の毛が爆発してしまい、まるで第二形態の様になってしまった。
「オウーン」
「よーしよしよし! わしゃわしゃー」
ロッシーは空気を読んだのか、あるいはもっと撫でて欲しかったのかポテンと倒れた。これが五作目ならば確定で仲間になっているだろう。
「何やってるんだか」
ともあれ故郷から遠く離れた場所でも彼女達はいつも通りだったので俺は安心してしまった。
「パパもロッシーのキ〇タマ触る?」
「触らん」
「オゥゥウ~ン」
最初は俺も異国の街並みに新鮮さを感じていたが、次第にコンクリートで固められた故郷の景色が懐かしくなってしまった。
ああ、味噌カツが食いたい。
小倉餡トーストが食いたい。
和風豚骨ラーメンが食いたい。
俺の心はいつしかナゴヤを求めていた。ナゴヤには見るものが無いって散々ディスって本当にごめん。
「おや堤さん、どうしたのデスカ? ホームシックになりマシタカ? それは大変デス」
助手(自称)のコレットは片言の日本語で俺を気遣い、ポーチからガサゴソと何かを取り出した。
「ワタシは学習してイマス。異国でのホームシックには梅干しと相場が決まってイマス。乗り物酔いにもとてもイイデス。どうか日本を感じて癒されて下サイ」
「ここは日本な上に感じられるのは和歌山だけだ。あと梅干しは直でポーチに入れるもんじゃない」
「成程、コレットは学習シマシタ」
コレットは今日も今日とてトンチンカンな回答を導き出す。
絶妙に面倒くさいこのやり取りも俺の精神を疲弊させる原因となっていたが、それについては黙っていた。
「ワタシは万全のサポートをする様に仰せつかっておりマス。なので何でも仰って下サイ。逃亡犯の堤さんは当分の間ナゴヤに帰れませんカラネ」
「そうか。ならニナ達の遊び相手になってくれ」
「わかりマシタ!」
俺がコレットにそう命じると彼女は犬の様に駆け出しごっこ遊びに混ざった。ニナはこいつの事を気に入っているし厄介払いにはちょうどいい指示だろう。
「はぁ……どうしてこうなったのかねぇ」
俺は何度吐いたのかわからないため息をし、和歌山の清々しい秋空を眺めて途方に暮れてしまった。
探偵ライフの始まりとなったドン・キホーテ事件といい、俺の人生は貧乏くじを引いてばかりだ。
一体いつになったら平穏無事な人生を送れるのだろうか。
どうして和歌山で潜伏生活を送る様になったのか――俺はここ数日間の出来事を思い出した。




