3-2 独りぼっちなコレットの葛藤
俺と真矢は彼女を迎えに行くため動物園を後にし、だだっ広い駐車場に止められたワンボックスカーを目指した。
「ロッシーさんはとてももふもふしてイマス。とても癒されマス」
「オウン」
ロッシーのお守をしていた彼女はわしゃわしゃと全身を揉み撫でていた。
もふもふに慣れていないためかその手つきはややぎこちなかったが、ロッシーは割と気持ちよさそうだ。
「ロッシーさんはご主人様のために行動出来るデス。命令がなければ何も出来ないワタシとは大違いデス」
「オウフ」
寂しい気配を察知したからだろうか、ロッシーはされるがままになりコレットに身を委ねた。
その様子を見ているとコレットと目が合ってしまう。女性が落ち込んでいる様を覗き見るのも品が無いしそろそろ話しかけるか。
「おう」
「堤さん、真矢さん。もうよろしいのデスか?」
「うん。僕が見たかったのはペンギンさんだけだったからね」
「オウフ」
おそらく真矢は気を遣ったわけではなく本心からそう言ったのだろう。こいつのペンギン好きは昔からずっとブレないからな。
「つかぬ事をお伺いシマスが、ロッシーさんの元々の飼い主さんは事件を起こしたのデスよね」
「知ってたのか」
「すみマセン、下調べの過程で」
ロッシーの飼い主は凄惨な事件を起こして家族を皆殺しにし、紆余曲折を経て家族に迎え入れる事になったが彼女はその辺りの事情を知っていた様だ。
「デスが堤さんはどうしてそんな訳アリのロッシーさんを引き取ろうとしたのデスか。犬を飼いたければもっと他に手段はあると思いマス」
「理由を説明しろと言われたら成り行きで、としか言えないな」
「物好きなお方デスね。けどすぐに新しいご主人様と巡り合えたロッシーさんが羨ましいデス」
警察官時代の知り合いとニナに泣きつかれなんやかんやで家族になった感じなので、語る程の話でもなかったが彼女にとってはいたく感激するものだったらしい。
「ねえコレット。君ってロボットだよね」
「なああ!? なんば言いよっとデスか!?」
感動的なムードもそこそこに真矢はずっと気になっていて、けれど聞く事が出来なかった質問をした。
「ワタシはロボットではアリマセン! ワタシはロボットではアリマセンの検査もパス出来るデス!」
「今の人工知能はもう大体あの検査を突破出来るよ」
ド直球な質問にコレットはロボットダンスの様なカクカクとした動きになり全力で否定する。
昔は毎回信号機があるマスとかぐにゃっとした数字を入力してたっけ。
「隠さなくてもいいよ。人工知能の捜査官が試験的に導入されているのは聞いた事があるから」
「え? お前マジでそういうSFな感じのエージェントだったのか」
「……うう、どの道頃合いを見て伝えるつもりデシタし隠しても無駄デスね。デスが言い触らさないで下さいね。ワタシの存在はトップシークレットなので」
コレットは渋々といった様子だったが素直にその事実を認めた。
カラマーゾフ事件の時も似た様な奴と遭遇したが、どうやら俺はとことんSFな存在と縁があるらしい。
「以前お話した様に、そう遠くないうちに人工知能は様々な場面で司法や警察行政に活用される用になるデショウ」
高度な判断が求められる警察は人工知能が代替出来ない仕事とされていたが、人工知能の進歩は目覚ましくその前提も覆りつつある。
「そして中には司法と警察行政を完全に人工知能に委ねようとしている人間もいて、ワタシはその是非を確かめる為秘密裏に試験運用されてるAI捜査官なわけデス」
なので彼女の様なAI捜査官が誕生するのもさほど驚くべき事ではない。
流石に人間そのものの姿で現れるとは思わなかったが。
「昨今では技術の発展により最早人間に真実を見極める事は出来なくなりマシタ。そこに個人の主観が合わされば冤罪は簡単に発生シマス」
技術の発展と共に新たな犯罪が生まれるのは世の常であり、それに合わせて警察や法律や世間の意識を変えなければいけないのは当然の事だ。
「人工知能もデータに基づいて判断をするので誤った判断を下す事もアリマス。デスがそれはその都度アップデートすれば事足りマス」
だが現状早すぎる変化に人間は追い付いていない。
道具の善悪を決めるのは人間の使い方次第ではあるが、多くの人間は自分が正しく使えていると勘違いし過ちを犯してしまう。
「そして膨大な事件のデータからコレットは学習シマシタ。法律は簡単に歪められるものなのだと」
保身に汚職、忖度に偏見や隠蔽と理由は様々だが人間は常に間違い続けた。
ドン・キホーテ事件、カラマーゾフ事件、そしてジャン・バルジャン事件……それらの全ての事件に関わった俺は身に染みて人間の愚かさを理解していた。
人工知能の捜査官が誕生すれば少なくとも個人を優先する事は無くなるだろう。
それでもきっと冤罪が無くなる事は無いのだろうが。
「まあそんなわけでアレコレ提言をしたら偉い人に嫌われマシテ。厄介払いも兼ねて堤さんの所にスパイとして寄越された訳デス」
「飛ばされたって訳か」
「はい。明確なハラスメントデスが人工知能に労働基準法は適用されないのデス」
俺の事務所にやって来た経緯を語ったコレットは肩を落とし、何も出来ない無力さに打ちひしがれている様だった。
「デスがそれだけではアリマセン。実は堤さん達にはまだ伝えていない事がアリマス」
「伝えていない事?」
「……以前お伝えした様に闇バイトアプリの開発には司法システムに用いる予定の人工知能の開発者が関わってイマスが、その方はコレットの開発者でもあるのデス」
コレットは秘密にしていた事実を伝えるも、実のところ彼女がAI捜査官と聞いた時点である程度予想はしていた。
司法や警察で用いるAIとコレットの違いはざっくばらんに言えば肉体があるかどうかの違いだけだ。
同じ人間が設計に関わっていても何ら不思議ではないだろう。
「つまりコレットからすれば、自分の生みの親が黒幕かもしれないって内心はずっと穏やかじゃなかったんだね」
「ええ。デスがその辺は割り切ってイマス。ワタシは与えられた役割を果たすだけデス。もしもマスターが関わっていたのならAI捜査官として逮捕するだけデス」
真矢の問いかけに答えるコレットは少なからず葛藤が見て取れ、その挙動は人間の様と大差なかった。
「それで? 君が黒幕かもしれないって考えている生みの親は誰なんだい?」
「申し訳ございマセン。それは禁則事項となっておりマス」
コレットは人工知能であるが故に融通が利かず開発者の名前を教える事は無かった。
ただそいつは司法システムを根幹から変える様な人間だ。機密保持のためにほとんどの情報が秘匿されているのだろう。
「デスが真矢さん達にならきっと見つける事が出来るデショウ。もしかしたらもうわかっているかもしれマセンが」
だがコレットはルールの範囲内で俺達に想いを託した。
あるいは彼女は全ての真実を理解した上で、自らをこの世に産み落とした親を助けてほしいと願っていたのかもしれない。
「ああ。それじゃあコーヒーでも飲みながらのんびり推理を楽しもうか」
真矢は彼女が望む結末へ導く事を約束し真実への扉が開かれる。
まだ全てのヒントが出揃ったわけではないが、そこはコレットの力を借りながら明らかにしよう。
人間ではない彼女ならばきっと俺達が気付かなかった真実を目撃しているはずだ。




