3-1 推理という名の飛び交う憶測
ポート・ワカノーラで死んだはずの阿部真樟の遺体が発見され、学習しない連中は今回も推理合戦という名の根拠に乏しい憶測を羅列した。
『阿部真樟ってもう殺されてたよな。それが死体で見つかったってどういう事?』
『ずっと死体は見つかってなかったしどこかに隠してたんじゃないの』
『それがどうにも違うみたいだ。阿部真樟は事件の直前まで防犯カメラとかに映ってたらしい』
『は? どういう事? 殺された動画はフェイクだって事?』
『今回も警察の鑑定が間違ってたって事だろww ざまぁww』
『ジャベリンが取り調べの音声を公開したぞ』
程なくしてジャベリンが密かにボイスレコーダーで録音した取り調べの音声がネットに上げられる。
こういうのは口外してはならないがあいつがそんなルールを護るわけがないだろう。
『あの夜、自分は土師仁太の悪事を突き止めるためにポート・ワカノーラに潜入したのですが、彼は同僚にバルブ室で配管の修理をしに行くと言いました』
データは音声のみだがこれはジャベリンの声か。おそらく彼女は警察官に話しているのだろう。
『ジェラルミンケースを持った土師仁太は用事があるからと足早に去っていき、バルブ室に隠しました。私はバルブ室に忍び込み、すかさずケースを調べるとそこには阿部真樟の死体がありました』
ジャベリンは普段のウザさを封印して丁寧に答える。幼稚な言動が目立つあいつもやればちゃんと話せるんだな。
『私は思わず悲鳴を上げてしまい、そこに土師仁太がハンマーを持って現れました。私は急いでその場から離れて交番に駆け込みました』
ジャベリンは土師仁太を犯人と決めつけているので先入観がある可能性に留意する必要はあるが、彼女の証言はネットの住民にとって十分信じるに足りるものだったらしい。
『土師仁太ってジャン・バルジャン事件で阿部真樟をハメた奴だよな。って事は黒幕はこいつ?』
『普通に考えてそうだろ。動機は昔の事で揉めたとかそんな感じ』
『阿部真樟って尾張連合会の組員になってたのか。やっぱ抗争でターゲットを殺しまくったから出世したんだろうな』
『尾張連合会は政治家ともズブズブだからジャン・バルジャン事件で裏の力が働くのも納得』
『流雨牛も殺されたけど、きっと尾張連合会と戦ってたからそういう事なんだろうなあ……ジャベリン刑事大丈夫かな』
『俺達はパトロンミネットを応援してるぞ! 頑張れ!』
正義の告発を聞いたSNSはすっかり土師仁太を犯人扱いし、真相を暴いたパトロンミネットを英雄視していた。
大衆はこういうわかりやすい話に熱狂しやすいので至極当然の反応ではある。だがその多くが憶測であると彼等は理解していないのだろう。
『でも闇バイトアプリかあ。どこに落ちてるんだろう。これがあれば誰でも名前や住所を入力するだけで簡単に殺せるんだよね。リアルデスノートじゃん。すっげぇ欲しい』
また民衆はようやく闇バイトアプリの存在に気付き始め、中にはダウンロード出来るサイトのリンクを貼っているコメントもあった。
だが安易にこんな怪しすぎるURLをクリックしてしまえば確実にウィルスに感染してしまうだろう。
カラマーゾフ事件の時も似た様な事はあったが確実に何人かは引っかかるはずだ。こいつらはマジで学習しないからなあ。
『基本的には伝手が無いと無理だけど、カタギっぽい奴も普通に使ってるんだよなあ。マジでどこで手に入れてるんだろう』
『誰か教えてくれ。嫌いな芸能人や政治家を何人か消したい』
『誰でも闇バイトを依頼出来るのか。怖い時代になったもんだ』
とはいえまだ彼等は入手方法に辿り着いていない様なのでそれはせめてもの救いか。
だがもしも欲している人間の誰もが闇バイトアプリを手にし、気軽に殺人依頼が出来る事態になってしまえば社会は混乱してしまうに違いない。
俺はSNSでの情報収集を終え現実を直視する。
おそらくもうタイムリミットまであまり時間は残されていないはずだ。
何もかもが手遅れになる前にこの事件を解決しなければならないだろう。
「で、お前は何でこの状況で満喫出来るんだ」
「わあ! ペンギンさんだよ! ペンギンさんがこんなにいるよ!」
「ギョエー」
しかし俺の懸念を他所に真矢は大好きなペンギンの群れに大はしゃぎしていた。こいつに事件を解決する気はあるのだろうか。
「少しはやる気を出せ。今がどういう状況かわかってるのか?」
「うん、わかってるよ。もうとっくに手遅れだってね。だからこうして優雅に遊んでいるのさ」
だが真矢はにっこりと笑って恐ろしい事を告げた。
もしそう思っているのならば、彼女はどうして素敵な笑顔でそんな事が言えるのだろう。
「サンチョ君はまだ抗えると思っているかもしれない。だけど闇バイトアプリはもうとっくの昔に拡散している。サンチョ君が気付いていないだけでね」
「何だと」
残酷な真実を伝えた真矢はこの状況を楽しんでいるようにも見えた。
あるいは一度死んだ彼女にとってはいかなる絶望であろうと、極上のミステリーを演出する要素の一つでしかないのかもしれない。
「だけど全部のヒントが揃ったわけじゃない。さあ、謎解きをするためにしょぼくれているゲストを迎えに行こうか」
戸惑う俺に真矢はそう言い放ち、ペンギンの群れに別れを告げて彼女の下へと向かう。
やはり俺にはワトソン役は務まりそうにない。
せいぜい傍観者のレストレード警部役として推理ショーを楽しませてもらおう。
だがそれにはまず参加者を集める必要がある。
アホ犬はともかくゲストのあいつがいない事には始まらないだろうな。




