2-14 僕がジャン・バルジャンだ
――堤三千世の視点から――
ポート・ワカノーラで切断された男の遺体が見つかった――。
そんな信じがたい一報を受けた俺達は即座に臨時休業となったポート・ワカノーラに向かった。
普段は警察から邪険にされがちだが今回は関係者なのですんなりと中に入る事が出来、事務所に入った俺は先に事情聴取を終えたスタッフと合流する。
「土師さん! 南戸さん!」
「堤さん、コレットさんも! その……何かすみません。お二人も呼ばれたんですよね」
「ハイ、ワタシは既に関係者として事情聴取されマシタ」
土師と南戸は警察からこれでもかと絞られていたのだろう、かなり疲弊した様子だった。
「星場さんと海老名さんは」
「僕は今戻ったよ。星場さんはまだ事情聴取をしてるけど」
程なくしてマグローマンの着ぐるみを着た海老名さんも現れ、彼もショッキングな出来事に憔悴しきっていた。
「何で着ぐるみ着てるんデスか?」
「え? そりゃそのう……マスコミや野次馬がたくさん集まってるし、顔を見られたくないし」
落ち込んだ海老名さんはこの状況でも相変わらずだったが、小心者な彼にとってはこれが精いっぱいの自衛策なのだろう。
スタッフは全員揃っているわけではなかったが、おそらく関係者は全員事情聴取を受ける事になるはずだ。
「そうですか。大変な事になりましたね……」
「ええ。当面の間は臨時休業ですね」
観光施設で殺人事件が起きるなんてイメージダウンは避けられない。土師はこれからの事を考え絶望してしまった。
「それで死体が見つかったそうですが、一体誰の」
「それは……その」
俺は土師に問い質したが彼は答える事は無かった。
しまった、やはり少しデリカシーが足りなかったか。
「阿部真樟」
「っ」
けれどその問いには別の人物が答えてしまう。それは何を隠そうジャベリンだった。
「鈴……」
南戸さんはジャベリンを見た瞬間にそう呟いたが、彼女は軽く一瞥するだけで気にも留める事無く告発を続ける。
「見つかった死体は阿部真樟のものだった。そしてお前はジャン・バルジャン事件で阿部真樟の共犯者だった。これだけ言えば全部わかるよな、土師仁太ァ!」
「「ッ!?」」
その衝撃の告白にその場にいる人間が全員固まってしまう。
まさか目の前にいる青年があのジャン・バルジャン事件の関係者だとは誰もが夢にも思っていなかったからだ。
「コレット、どういう事だ。お前は知っていたのか」
「……お答えしかねマス」
俺は即座にコレットに確認するも、彼女はノーコメントによって肯定した。
けれどジャン・バルジャン事件には深い闇が存在し、今後の司法の運命を大きく変えてしまう可能性もある。
彼女達も全ての情報を話せるわけではないのだろう。
「……一瞬でもお前が良い人だと思ったあたしが馬鹿だったよ。やっぱ大人は汚いクズばかりだ」
ジャベリンは瞳に強い憎悪の炎を宿し土師を睨みつけた。
それは有象無象の私人逮捕系とは異なり、確かに正義を貫こうとする信念を持つ人間の眼差しだった。
「真面目に暮らせば逃げられると思ったか。犯罪者はなあ、死ぬまで犯罪者なんだよ、ジャン・バルジャンッ!」
もしかしたら彼女が私人逮捕系配信者になったのは相応の理由があったのかもしれない。
そう思うと俺はジャベリンの正義を否定する気にはなれなかった。
「そうか、君も……」
「ああ? 何言ってるんだよ!」
しかし土師はそれに恐怖する事無く寧ろ憐みの眼差しを向けていた。
彼女は挑発されたと感じた様だがこれはそういうのではないはずだ。
情報が無かったので俺は何も理解出来なかったがかえって好都合だ。俺は先入観を持たずに彼等の挙動を注意深く観察する。
「……………」
南戸は身体を小刻みに震わせている。
これは恐怖か。
いや、それだけじゃない。もっと違う何かだ。
「……違う、私が、」
南戸の心の奥底にある真意を探っていると彼女は悲痛な面持ちで何かを言おうとした。だが、
「そうだ、僕がジャン・バルジャンだ!」
「ッ!?」
土師は覚悟を決めた様子できっぱりと言い放った。
自分はジャン・バルジャンだ――彼は間違いなくそう言い切った。
本人がそう言っているのでそれは疑いようのない事実なのだろう。
「土師さん!? 何を言ってるの!?」
「そ、そうだよ! 君がジャン・バルジャンなわけないじゃないか!」
だが南戸の様子を見る限りどうにもおかしい。全く恐れる事なく驚愕する彼女はそれが嘘だと確信しているのかもしれない。
「ははっ……やっぱりそうかよ! お前が流雨牛を殺したんだなッ!」
「そうだ。だけど僕はまだ捕まるわけにはいかない。今はその時じゃないんだ」
「あッ!? 待てコラッ!」
しかし土師はその場から走り去って逃げてしまい、ジャベリンもまたすぐに追いかけたのでそれ以上推理する事は出来なかった。
「ワタシ達も行きましょう!」
「わかってる!」
ここで二人を逃してしまえば真相がわからなくなってしまう。俺達も即座に彼等を追いかけるため外に飛び出していった。
「皆さん! ここが殺人事件のあった現場でーす!」
「はーい、見てますか!」
「ジャン・バルジャン事件の続報です!」
「おい入るな! 現場を荒らすなッ!」
「おわっと!?」
しかし事務所の外には騒ぎを聞きつけた大勢のマスコミや配信者が押し寄せてきており、警察は懸命に彼等を抑えつけるも一部は園内に雪崩れ込んでしまった。
「クソッ! こいつら……ッ!」
土師とジャベリンは群衆に飲み込まれすぐに見失ってしまう。
後でこいつらは全員潰すとしてまずはどうにかして逃げなければ。
「ここはワタシに任せて下サイ! ほわー!」
「コレット!?」
だがコレットは何を思ったのか奇声を上げながら指を振った。
最初は混乱して頭でもおかしくなったのかと思ったが、異変はすぐに起きてしまう。
「うわ!? スマホがッ!?」
「熱ッ!? 何だこれ!?」
なんと配信者たちの持っていたスマホが次々と誤作動を起こし、物理的に炎上して彼等は撮影どころではなくなってしまったのだ。
「おまっ!? 今何をしたんだ!?」
「サイエンスでエスパー的なアレデス! FBIに協力する人は大体エスパーデス!」
「んなわけあるかッ! でも助かった、とにかく急ぐぞッ!」
原理はわからないがこれでもう配信者達が追いかける事は無いはずだ。
俺達は急いで群衆の波を掻き分けポート・ワカノーラから脱出する。
「プシュー!」
「ぬおお!?」
けれど脱出した直後、コレットは全身から煙を吹き出し顔面からバタンと倒れてしまう。
「逃がすかァ! 堤ィッ!」
「グレルオブザデッド!?」
さらに間の悪い事に見覚えのある配信者が現れ、仇敵を発見したグレルオブザデッドは叫び声を上げながら俺に襲い掛かった。
「バーローキックッ!」
「ぎゃああ!?」
だが捕まりそうになった時、黄土色の塊がグレルオブザデッドの顔面にクリーンヒットし昏倒してしまう。
「のすっ」
「ジローラモ!?」
その黄土色の塊はミシェルの飼っているアルマジロで、敵を仕留めた彼はコロコロと回転しながらニナの元に戻っていった。
久しぶりに会ったがお前も和歌山に来てたのか……。
「パパ、コレットさん! 助けに来たよ!」
「大丈夫か、いろいろと……」
ニナの傍らにはエージェントの車があったが、俺は版権的にも動物愛護団体からも訴えられそうな攻撃にひやひやしてしまった。
「再起動。直りマシタ! はよはよデス!」
「うおっ!? あ、ああ!」
またすぐにコレットも跳ね起きでぐにんと立ち上がり何事もなかったかの様に車に乗り込んだ。
いろいろと聞きたい事はあるが今は一旦さておこう。
まずは面倒事に巻き込まれる前に一刻も早くポート・ワカノーラを脱出しなければ。




