2-11 闇バイト強盗殺人事件の別の狙い
危うくジャベリンとニアミスした俺達はコソコソと立ち去ろうとしたが、またしても出会いたくない人間と遭遇してしまう。
「うげっ、またかよ」
「おう堤ちゃん。奇遇だみゃあ。またかよってなんだぎゃ?」
「こっちの話だ」
地中海エリアの路地裏には美馬坂他スジモンと思われる連中が四名ほど集まっており局地的に治安が悪くなっていた。
周囲の景色も相まってまるで海外のマフィア映画のワンシーンの様だ。帰ったらアジトに馬の生首とか送られてないよな。
「おや、あなたは尾張連合会の。どうしてここに?」
「おみゃあさんはミシェルと一緒におった奴だったみゃあ。まあ察してくれんかのう」
エージェントのコレットは当然美馬坂の素性を知っていたのだろう、コントのような動きを止め危険な香りが漂う美馬坂を警戒する。
「あれ、美馬坂のおじちゃんだ。やっほー」
「おう、ニナちゃんもこんにちは」
ニナはやはり美馬坂をあまり警戒しておらず、まるで親戚のおじちゃんに出会ったかのように親し気に挨拶を交わした。
「で、何をしに来た? 尾張連合会の本家もいるのに観光って言い訳は無理があるぞ」
「堤ちゃん達と一緒だみゃあ。俺等も闇バイトアプリを探っていて、阿部真樟の動画の出所がここだって突き止めたんだみゃ」
「流石尾張連合会、仕事が早いな」
美馬坂は正直に語ったがどこまで知っているかはわからない。それに彼の目的が本当かどうかも疑わなければいけないだろう。
「堤さん、あまり話し過ぎない様に」
「わかってる。だがあまり尾張連合会の情報網を舐めないほうがいい。少なくともナゴヤの情報に関して言えばお前等よりも詳しいだろう」
コレットは反社に情報が漏洩するのを恐れていたが、もしかしたら彼等は俺達の知らない情報を知っているかもしれない。
リスクはあるがここは話を聞いてみるべきだ。
「どうしてお前等が闇バイトアプリを探っているんだ。まさか悪用したいのか?」
「はっはっは、冗談は寝てから言ってほしいみゃあ」
俺は真っ先にその事実を確認したが、ミマサカは笑いながら否定した。
「闇バイトみたいな事は俺達も昔からやっとるだぎゃ。けどやるにしても絶対に裏切らない様にして、プロを選んで入念に計画して殺せずに金持ちだけを狙う様にしとるんだぎゃ」
「ふん、義賊気取りか?」
「そういうのじゃないみゃあ。単にコスパの問題だぎゃ。数十万奪って強盗殺人で無期やら死刑なんざコスパが悪すぎるだみゃあ。それだったら普通の強盗を二、三件やってスマートに億単位の金を稼ぐ方がずっとマシだぎゃ」
美馬坂の主張は倫理観がズレており、その理屈で犯罪を正当化出来るわけではないが悪党なりにちゃんと考えているらしい。
「それに闇バイトアプリは俺に言わせたら穴だらけだみゃあ。あんなもんすぐに対策がとられるから使い物にならん。現にこうしてヤクザにも嗅ぎつけられるくらいだからみゃあ」
割に合わずリスクしかないという彼の主張は筋が通っている。
話を聞く限り尾張連合会は闇バイトアプリに絡んだ犯罪に関わっていない、というのは信じても良さそうだ。
「ならお前等はどうやって嗅ぎ付けたんだ。ポート・ワカノーラから動画が投稿されたって事を」
だが彼の主張を聞いた所で新たな疑問がいくつか生まれてしまったので、俺はまず情報を整理する為に手段を尋ねた。
「最近のヤクザはサイバー犯罪にも力を入れとる。これだけ言えば十分だぎゃ?」
「そういや尾張連合会は自前のハッカー集団を抱えていたな」
「そうだぎゃ。こう見えて俺はインテリヤクザなんだぎゃ」
尾張連合会は単なる暴力団ではない。
多くの暴力団が時代の流れと共に衰退する中、彼等が大きな力を持つようになったのはいち早くサイバー犯罪に手を出したからだ。
ハッカーは育成が容易ではないので、反社会的勢力がサイバー犯罪を行う時は海外のハッカーと協力するパターンが多い。
だが専属のハッカー集団を有する彼等が望めば日本の経済は止まり、個人情報をすべて把握され社会的にも物理的にも抹殺される。
場合によってはサイバーテロを行う事も可能であり、その結果尾張連合会は今までの暴力団とは一線を画す脅威へと変貌してしまったのだ。
「バレていないと思っているのは本人達だけだぎゃ。俺等がやっとる事を合法的に出来る様に法整備をすれば闇バイトってのは簡単に捕まるんだぎゃ」
「その辺の話はお偉いさんにしてくれ。ならもう一つ聞くが、どうして関係が無いのにこの事件に首を突っ込んでいるんだ。警察の代わりに闇バイトアプリの黒幕を捕まえるつもりか?」
尾張連合会の恐ろしさを知った所で俺は最も重要な事を聞く。
闇バイトアプリに尾張連合会が一切関わっていないのなら、放置したところで得も損もしないので犯人を捜すのは奇妙だったからだ。
「俺等が闇バイトアプリを潰そうとしているのは簡単な話だぎゃ。被害者の中に尾張連合会の人間が何人もいるからだぎゃ」
「尾張連合会が、だと」
「ああ、訂正するみゃあ。明らかにピンポイントで狙ってるだぎゃ」
決して敵に回してはならない尾張連合会を襲う――そんな蛮行にも程がある行為を聞いた俺は思わず戦慄してしまった。
「ふむ。お金を持っていて警察に相談しにくいヤクザが狙われるのは特段不思議ではアリマセンが……そうではないのデスね」
闇バイト強盗のセオリーとして元ヤクザを狙うのは良くある話だ。
だがコレットはその裏にある黒幕の狙いを読み取ってしまい、美馬坂はああ、と肯定した。
「闇バイトアプリの事件はもちろん普通の強盗事件もある。けど奴さんはどさくさに紛れて尾張連合会に嫌がらせをしとるみたいなんだぎゃ」
闇バイトアプリの犯罪計画は人工知能が考えたものだ。
中にはターゲットを指定せず、ただ金が欲して全てを人工知能に任せきりにする指示役もいたはずだ。
おそらくそうした人間に対して人工知能は尾張連合会の人間をターゲットにする様に唆したのだろう。本人達も何をしているのか理解出来ないままに。
「一応おとり捜査で何人か捕まえて吐かせたけども大した情報は聞けんでのう。それで根元を叩くためにやって来たんだギャ」
ヤクザの拷問に素人が耐えられるわけがない。きっと関わった人間は本当に何も知らなかったはずだ。
つまり黒幕は闇バイトアプリを使い、犯行を依頼した人間も実行犯も気付かないまま尾張連合会への鉄砲玉として利用されていたのだ。
「なら美馬坂、お前は尾張連合会を潰そうとしている人間が誰なのか思い当たる節はあるのか」
「たーけ、思い当たる節しかないに決まっとろうがね。シマ争いに跡目争い、怨恨とより取り見取りだがね」
「そりゃそうか」
美馬坂は呆れた様にそう告げ、俺はヤクザ相手に馬鹿な質問をしてしまったと苦笑してしまった。
狙われる理由しかない以上動機から黒幕を逆算するのは少し難しいだろう。
「まあちょっと前の赤月会との抗争に関係があるんでね、とは考えとるでな。世間一般ではジャン・バルジャン事件とか言われて阿部真樟がとばっちりを食らったあれだがね」
「確かにその可能性はあるかもな。阿部真樟が殺されてあんな動画が投稿されたわけだし」
ただ美馬坂も俺達と同じくかつて起きた中国マフィアとの抗争を意識している様だ。とするとやはり犯人はあの事件に関わった人間なのだろうか。
もしそうなら抗争の中心にいたヤクザや利害関係者に被害者遺族、可能性があるのは大体そんなところだろう。
推理をしていると側近のスマホが鳴動し、彼は小声で美馬坂に何かを伝えた。
「(老姜、探っていた人間から報告があるそうです)」
「(わかった、すぐに行く)」
そのやり取りは中国語だったがそう言っている様に聞き取れた。
その時一瞬だけ彼は冷酷な眼差しになったが、またすぐに陽気なオッサンに戻ってしまう。
「ああ、そうそう。ついでに一つ教えてやるけども」
おそらく急な用事が出来たのだろう、その場を後にした美馬坂は最後に、
「配信者の流雨牛って奴が殺された事件があるだぎゃ。あれも闇バイトアプリで依頼されて殺されたみたいだぎゃ」
「っ」
と、とてつもない爆弾発言をして部下と共に去っていったのだった。
「流雨牛が闇バイトアプリで殺された、って……どういう事だ?」
新たに知った情報と照らし合わせたならば流雨牛は殺される条件に合致しない。パトロンミネットはむしろ尾張連合会を攻撃する側の人間だったからだ。
「情報が少ないのでわかりません。デスガその情報は持ち帰って検討する価値があるとコレットは思いマス」
「ああ。まずは情報を集める事から始まるだろうね」
コレットは矛盾する状況に混乱してしまうが、考察しがいのある謎が増えた事で真矢は楽しそうに笑みを浮かべてしまう。
誰が犯人でどういった目的で事件を起こしているのか――俺にはまるで事件の全容がわからなかった。
ただ一つだけ言える事は、この事件は間違いなくただの闇バイト強盗殺人事件ではないという事だろう。
調べたい事も出来たし十分観光も楽しんだ。程々の所で今日の捜査は切り上げるか。




