2-8 楽器ケースを背負った謎の美少女
――堤三千世の視点から――
闇バイトアプリ事件の黒幕に繋がる人間がポート・ワカノーラに潜伏しているかもしれない――。
その話を聞いた俺達は阿部真樟を殺害する動画を投稿した人間を捜すため園内の散策を開始したが、少し問題が起きてしまった。
「わーい!」
「わーい!」
それは開始早々ニナとコレットがアトラクションではしゃいでしまった事だ。
彼女達はスペースシャトルが上下に動きながら回るアトラクションに乗り、ロッシーのお守を任された俺は待ちぼうけを食らってしまった。
正直こうなるだろうと予想はしていたがエージェントのコレットまで楽しんでしまうとは。
「ミカンの皮食うか」
「オウン」
俺は仕方なくペット用に加工したミカンの皮をロッシーに食わせる。
こんなものの何が美味いのかわからんが、犬にとっては美味しいおやつで認知症予防にもいいらしい。
「オウフ」
ロッシーはもっと頂戴、と目を輝かせて俺の顔をジッと見つめる。ただ与え過ぎは良くないのでこのくらいにしておこう。
「もふもふわんわんだー! 触っていい?」
「ん、いいぞ」
「オウン」
ロッシーはもふもふしているので時折こうして撫でてくる様に要求する子供も現れる。彼もまた揉みくちゃにされても一切嫌がるそぶりは見せなかった。
チャウチャウは気性の荒い奴が多く、尋常ではないくらい抜け毛も多いので実はかなり飼育しにくい犬種だ。
ただ心に傷を負っていた頃は狂犬そのものだったけど今ではすっかり当時の面影もなく、牙を抜かれたアホ犬はぐにゃぐにゃとされるがままになっていた。
「私も触っていいですか?」
「あ、ハイ」
「オウン?」
子供達を存分に楽しませた後続けてモデルの様な少女が現れる。
その大学生くらいの少女はこの前見かけた細長い楽器ケースを持った少女で、ロッシーをやや乱暴にわしゃわしゃと優しく撫でた。
随分と慣れた手つきなのでおそらく彼女は犬を飼っているか、過去に飼っていたのだろう。
「オウフ! オウフ!」
「わわっ!」
だがロッシーは何かのスイッチが入ったかのように突如として全力で尻尾を振って興奮し、少女を押し倒して激しく顔を舐めまわした。
「っておい!? すみません、うちのアホ犬が! オイコラ!」
「クゥン」
「あはは、全然いいですよ。じゃれていただけなのでそんなに怒らないであげて下さい」
俺は慌てて粗相をしたアホ犬を引き離すが、モデルの様な少女は全く気にしていない様子だった。
「人懐っこい子なんですね」
「は、はい。つっても普段はのんびり屋でここまでじゃないんですが」
温厚なロッシーは常にぐうたらしており、一番懐いているニナに対してもここまで激しくじゃれる事は滅多にない。
「とにかくすみません。えーと、拭くものは」
「だから大丈夫ですって」
俺はその事を不思議に思いつつもまずは訴訟のリスクを避けるため懸命に謝罪した。
ただやはり彼女は嫌がっている様子はなく、それどころか顔を舐め回された事を喜んでいるようにも見えた。
「またね、ロッシー」
「オウン!」
モデルの様な少女はロッシーに手を振って名残惜しそうに別れ、彼もまたいつになく元気よく吠えて返事をした。
「まったく。犬好きっぽかったから許してくれたけどマジでああいうのは止めてくれ」
「ハッハッハ」
少女がいなくなった後に俺は再び注意するも、舌を出して呼吸をするロッシーは全く気にしていない様子だった。
だがしばらくして俺はある疑問を抱いてしまう。
「ん? あいつなんでロッシーの名前を……」
少女は別れ際に確かにロッシーと呼んでいた。
先ほどのやり取りでこいつの名前は一言も言わなかったはずなのに、なぜ彼女はロッシーの名前を知っていたのだろうか。
(……まさかな)
その理由を考え一瞬ある可能性が思い浮かんだが俺はすぐに否定した。
いくらなんでもそんな訳がないだろう。
そう、ここに彼女がいるはずがないのだ。




