2-6 闇バイトアプリ
阿部真樟が殺害された動画を見終わった後、コレットは闇バイト事件について語り始めた。
「実はこの事件には特殊なツールが使われていたのデス。名前が無いので便宜上闇バイトアプリと言いマスが」
「闇バイトアプリ? 秘匿性の高い連絡をする時に使う様なアプリか?」
「いえ、そういうのではなくて。厳密にはアプリともまた違うんデスけど」
闇バイトアプリという名前を聞いた俺は真っ先に特殊なシステムを使ってメッセージのやり取りをするアプリを思い浮かべた。
あれも完全に解読不能というわけではないが、普通の人間が犯罪を行うのならば十分事足りるだろう。
だがコレットいわく闇バイトアプリとはその様なアプリではないらしい。
「闇バイトアプリは相手の名前や住所を入力するだけで人工知能が勝手にアレコレしてくれて、誰でも簡単に犯罪の依頼が出来るアプリデス。今回の事件ではどうやらそれが出回っている様でして」
「こっちも人工知能か。人工知能に犯罪計画を考えさせるなんて時代だな」
「ええ。おかげでどんなにアホな犯罪者でもパーフェクトな計画を考える事が出来マス」
人工知能が犯罪に悪用される可能性は予てより懸念されていたが、ついにこんな時代が訪れてしまったか。
コスパが悪い闇バイトは馬鹿が馬鹿を使って行う犯罪とされていたが、犯罪の叡智が結集された闇バイトアプリを使えば誰でも最強の悪のフィクサーになり得るのだろう。
「人工知能のパーフェクトさが仇になって申し訳ないデス」
「別にコレットが謝る筋合いはないだろう」
「……ええ、そうデスね」
人工知能が犯した罪を語ったコレットは何故か落ち込んでしまったが、俺が適当にフォローをすると彼女は何故かほんのり笑顔になった。
「それで実はこの闇バイトアプリなのデスが、前述した過去の事件の洗い出しに用いた人工知能の開発に関わった人間が関与しているのデス」
「そりゃまた。なんで世のため人の為になる物を作っていたそいつは闇バイトアプリなんて物騒な物を作ったんだ?」
「一連の事件では便宜上闇バイトアプリと呼ばれてイマスが、このシステムは本来闇バイトに使う事を想定して作られたものではありませんデシタ」
闇バイトアプリの詳細を語ったコレットは心底悲しそうに落ち込んだ。
考えてみれば阿部真樟の事件では闇バイトに悪用されたが、本来は人工知能が自動的に最適な仕事のプランを考えるアプリだったはずだ。
犯罪に用いなければ非常に有益なものになったはずだろうし、有り体な言い方になるが道具そのものは善でも悪でもなく人の手に委ねられているという事なのだろう。
「つまり司法に革命を起こした人間の発明が犯罪に悪用されたって世間に知られたらケチが付くから、そうなる前に解決したいってわけだな」
「理解が早くて助かりマス。特に日本では画期的なシステムの開発者が違法ダウンロードに関与したという理由で逮捕されたという前例もありマスからね」
コレットは日本のサイバー犯罪における苦い経験を語った。
新たな技術が生まれた際は法整備が全くされていないパターンが多いので、そうした話は古今東西どこにでもあるのだろう。
「そもそもを言えば闇バイトアプリの開発者はゾフィーの開発にも関わった業界の第一人者デス。こじつけと言えばそれまでデスが、文句を言う人はいるデショウね」
今では大体のスマホに搭載されている人工知能に限った話ではないが、最先端の科学技術は特定の個人がおおよその成果物に関わっている事も珍しくない。
その事を理解していればなんて事はない事実だが、何もわからない人間にとってはそんなのは関係ないのだろう。
「闇バイトアプリは現在不特定多数の人間に拡散されてイマスが、阿部真樟は初期のほうから事件を起こしていマシタ。彼の動向を探れば闇バイトアプリとして悪用した黒幕に辿り着けるかもしれマセン。ワタシ達はそう考えてイマス」
場合によっては民衆の声によって人工知能を用いて司法に革命を起こす話も立ち消えになるかもしれない。それは彼女達にとって最も避けたい結末なのだろう。
「そして一番大事なのはここからデス」
全ての事情を語ったコレットは画面をスワイプし、そこには何故か俺達が今いる和歌浦市の地図が映し出されていた。
そして地図の赤いマーカーはポート・ワカノーラを指していた。これはつまりそういう事なのだろう。
「調査の結果阿部真樟が殺害された動画はポート・ワカノーラにあるパソコンの端末から投稿されたという事が判明シマシタ。つまりこの動画を投稿した人物はポート・ワカノーラのどこかに潜伏している可能性があるという事デス」
「だから俺をポート・ワカノーラのスタッフとして潜入させたのか。闇バイト事件の黒幕を――ジャン・バルジャン事件の犯人を見つけ出すために」
俺は自分が為すべき事を理解する。
人探しは探偵の専門分野だが、世間を震撼させている連続闇バイト殺人事件の真犯人を見つけろとは恐れ入るよ。
「堤さん。もちろん報酬もお渡ししますので、この依頼を受けていただけますか?」
「構わない。とばっちりで迷惑をかけられた落とし前はつけてもらわないとな」
ミシェルは謎のエージェントの代表者としてそう告げ、もちろん特に断る理由もなかったので俺は二つ返事で承諾した。
「ワタシも誠心誠意サポートいたしマス。一緒に黒幕を見つけマショウ!」
「ああ、頼むぞ、コレット」
「ふふ、楽しくなりそうだね」
唯一の懸念事項は扱いに困る変人のコレットがワトソン役としてあてがわれた事だろうか。
それ以上に厄介な真矢も久々のミステリーを楽しみにしている様だし、その辺は上手くやるしかないだろう。




