2-5 真偽不明の阿部真樟の殺害動画
ジャン・バルジャン事件の闇を思う存分堪能した後、真矢は楽しそうに次の話題を切り出した。
「だけどここからが本題だ。ジャン・バルジャン事件は確かに救いようがない結末を迎えたけど、どうして今になってこの事件を蒸し返したんだい?」
「いい質問デスねぇ」
コレットはどこからともなく指示棒を取り出し真矢を称賛する。
被害者がいるというのにミステリー小説を読む様に楽しんでいる二人はきっと仲良く出来るに違いない。
「近年の人工知能の発展は目覚ましいデスが、冤罪を無くす為に司法の場にも導入しようとアレコレしていまして。それで人工知能を用いて過去の事件の洗い出しを行った際、次々と冤罪や違法捜査が疑われる事案が発見されたわけデス」
冤罪かどうかを調べるには膨大な資料を隅々まで調べなければならず、人間の力ではとてもではないが全ての事件を調べるのは不可能だ。
けれど人間の処理能力をはるかに凌駕する人工知能ならば一瞬で終わらせる事が出来る。
もちろんアナログ化しているデータも参照する必要はあるが、データ化されているものに限って言えば数分から数時間、精査するのなら数週間もあれば十分だろう。
「ちなみに先ほど語った裏事情はここ最近ようやく明るみになりマシタが、当時は全く世間には知られていませんデシタね」
「なるほど。つまりこのジャン・バルジャン事件は、人工知能によって警察と司法の闇が暴かれた最初のケースってわけなんだね」
「その通りデス。つまりAIは偉大なのデス」
真矢がそう指摘するとコレットはまるで我が事の様にドヤ顔をする。こいつが事件の闇を暴いたわけではないとは思うが何故こんな顔が出来るのだろうか。
「事実上の司法取引によってわずか数年で出所した阿部真樟は闇バイトによる強盗殺人を行いマシタ。そんなジャン・バルジャン事件の闇が暴かれる事は司法の場において人工知能が人間に勝利した事と同義なのデス!」
コレットは高らかに演説し人工知能の素晴らしさを語る。それは一見すると画期的だったが、俺は危ういものを感じてしまった。
「少し前まで弁護士や検察官、裁判官といった職業は人工知能に代替出来ないとされていました。ですがこの事件の展開次第ではその常識は覆されます。なので私達も動向を注視して介入しているわけですよ」
「なるほどね。ジャン・バルジャン事件の真実は世界の司法システムを破壊しかねないものってわけか」
ミシェルもまた俺と同じ様に危惧しており、謎のエージェント集団が関与した理由を教えてくれた。
おそらく人間は人工知能に司法を奪われない様に徹底抗戦するはずだ。それこそ人の道に外れた手段を使ってでも……。
「……ただそのぉ、実はワタシ達が介入した理由は他にありマス。あの事言っちゃっていいんデスよね」
「ええ。堤さん達はもう関係者ですから」
だがコレットは次の話題に移る際、言い淀みながらミシェルに確認した。
どうやら他に存在する何かしらの事情はあまり彼女達にとって話したくないものらしい。
「阿部真樟は出所後に闇バイト強盗殺人を行いマシタが、この事件を簡単に説明すると資産家の自宅に押し入って殺害し、金品を奪って逃走したという事件デス」
「こっちも最初の事件と同じでドテンプレな事件だな。今の時代はよくある事件だ」
阿部真樟の起こした闇バイト強盗殺人事件は残忍ではあるが、それ以上に取り立てて語る様な話はない。最初の事件の司法取引に比べれば闇なんてものは皆無だろう。
「それがそうとも言い切れマセンでして。警察は執念で闇バイト強盗殺人事件に関わった阿部真樟を必死で捜索しており逮捕は目前デシタ」
俺が聞きかじった情報を話すと、コレットはタブレット端末の画面をスワイプしてとある動画を流した。
「デスが誰もが予想しなかった事が起きマシタ。これは動画サイトに投稿されたものデス。現在は削除されてイマスが大量に出回っているので見ようと思えばどこでも見れマス」
タブレットに映し出された動画の中央では両手を縛られた阿部真樟が吊るされる様に拘束されており、傍らには三角形の覆面を被りチェーンソーを持った屈強な男がいた。
この男は中世の処刑人を意識したのだろうか。人工知能が考えた物ならばテンプレな演出も納得ではある。
処刑場はどこかの工場跡と推測され、電動ノコギリや資材を動かすためのクレーンもありこれまたテンプレだ。
ディープフェイクのプロである俺ならこの設備を使って処刑する動画を作るだろう。といってもテンプレ過ぎてくどすぎるからこんな設定は選ばないけど。
『俺はジャン・バルジャンじゃない、俺はジャン・バルジャンじゃない、俺はジャン・バルジャンじゃないッ!』
阿部真樟は恐怖で引きつった顔で何度もそう叫ぶ。
それは命乞いだったのかもしれないし、そう言わされていたのかもしれない。
『俺はジャン・バルジャンじゃないぃいッ! 俺は尾張連合会も中国マフィアも殺していないッ! ジャン・バルジャンは他にいるッ! がああぁあああッッ!?』
ある程度喋らせたところで処刑人はチェーンソーを唸らせ阿部真樟の胴体にあてがって両断し、動画は赤黒い色に染まった。
「なかなか凄惨極まる殺し方だが、これは本物の映像か?」
だが今の時代はいくらでもこの手の映像を作る事は出来る。俺はまず動画が本物なのかどうかを確認した。
「はい。デジタル透かしもなく本当に撮影された動画だと警察は判断しマシタ」
「そうか」
生成画像かどうかを示すデジタル透かしを確認すれば最も簡単にそれが作り物か本物かどうかがわかる。
抜け道はいろいろあるが、少なくとも警察は本物だと考えているらしい。
「阿部真樟はこう言っているが本当にジャン・バルジャンじゃなかったのか。隣にチェーンソーを持ってる男がいれば誰でも言う事を聞くだろう」
「そうデスね。警察もその可能性を当然考慮した上で慎重に捜査してイマス。デスが世間は動画で彼が主張した通り、阿部真樟はジャン・バルジャンではなかったと信じている様デス」
これだけセンセーショナルな殺され方をすれば当然様々な憶測が生まれてしまうだろう。
この動画からわかる情報はあまりないが、ミステリーの導入にはこの上なくピッタリだと言える。
「実際彼はヤクザの関係者を殺したジャン・バルジャンとは別人だったんだろうけど、ミステリー好きな考察マニアは邪推してしまうだろうね。ドン・キホーテ事件を意識したのかな? なかなか人の興味を引き付けるいい演出だよ」
「それは何の皮肉だ?」
動画を見た真矢は当時の事を懐かしみ、俺はブラックにも程があるジョークに顔を引きつらせてしまった。まああえてツッコむつもりはないが。
「……ええと、阿部真樟が本当にジャン・バルジャンだったかどうかは割とデリケートな話ではあるのデスが、もっと重要なのは事件に使われたツールのほうデス。というかそっちの方が本命デス」
俺達の話の意味が理解出来ていなさそうなコレットは闇バイト事件についての話を続けた。
言うまでもなく重大な事件だという事はわかり切っているが、一体何が問題だというのだろうか。




