2-4 ジャン・バルジャン事件の概要と司法が隠した闇
真矢達と合流した俺達は和歌浦市内にある潜伏先に移動し、人数分のお茶を用意しながらミシェルに尋ねた。
「最初に確認したいんだが、お前らは国際的なエージェントか何かなんだよな」
「概ねその様な認識で合っていますが、それが何か?」
ミシェル達の関係者は基本的に外国人ばかりだ。
当然世間一般には存在そのものが秘匿されている様な組織なので未だに詳細はわからないが、とにかくそんな感じの凄い組織らしい。
「流雨牛の殺人事件なのかジャン・バルジャン事件なのかはわからないが、そんな連中がどうしてちっぽけな島国のクソどうでもいい事件に首を突っ込んでいるんだ」
殺されて当然だった流雨牛の殺人事件は普通に考えて怨恨だろうが、シノギの邪魔をされた尾張連合会が絡んでいるかもしれない。
世間を賑わせているジャン・バルジャン事件はモヤッとしたまま終結した少年犯罪の犯人が出所後に闇バイトによって強盗殺人を行った事件だ。
だがそのどちらの事件もハッキリ言って国際的な組織が関わる様なものではなかった。
もしも流雨牛の殺人に指定暴力団の尾張連合会が関与しているのならギリまだわかるが、それでもまだ理由としては少し弱い。
「そうですね。それではまずジャン・バルジャン事件についての概要を説明しましょう。コレットさん」
「はい。こちらを」
コレットはミシェルの指示でタブレット端末を取り出し、机の上に置いてジャン・バルジャン事件の資料を見せた。
「ジャン・バルジャン事件は不良少年のグループが集団で会社員に暴行を加えて殺害し、金品を奪ったという事件デス」
「言葉を選ばずに言えば加減を知らずにやり過ぎてうっかり人を殺しちまったドテンプレートな少年犯罪だな。サスペンスドラマでありがちな政治家の息子とかそういうのでもないただの親父狩りだ」
今でこそ未成年の犯罪といえば闇バイトだが、昔の不良が起こす重大事件と言えば親父狩りだった。
最近あまり聞かなくなったのはやはり闇バイトのほうが話題になりやすく、マスコミが積極的に取り上げるからだろう。
「主犯格とされたのは阿部真樟という少年で、昔から万引きやら傷害事件を繰り返していたどこにでもいる不良少年デシタ。尾張連合会とも関わりがあったので不良って言い方は適切ではないかもしれマセンが」
コレットは画面をスワイプして阿部真樟の顔写真を見せる。
阿部真樟は目つきも悪く髪を染めいかにもヤンチャそうな風貌をしており、見た目通りの奴が見た目通りの犯罪を起こしたらしい。
「ちなみにこちらが被害者の乾アロンドラさんの写真デス。見ての通りごくごく普通の会社員で子供もいたそうデス」
その写真には混血と思われる金髪の紳士が映っていた。
経歴を見る限り普通の外資系企業に勤めるサラリーマンで、こんな理不尽な死に方をすべき人間ではなかったはずだ。
(……………?)
何故だろう、俺はつい最近どこかでこの顔を見た気がする。
だがテレビで被害者の写真が映し出された事もあるはずだ。俺はそれ以上その違和感を気に留める事は無かった。
「これだけなら普通の強盗殺人事件で終わってイマシタが、捜査の過程で阿部真樟が別の殺人事件に関与している可能性が浮上シマシタ」
彼女がページを切り替えるとそこには死体の写真が写っており、事件現場の背景には豪華な調度品が映っていた。おそらく被害者はかなりの資産家だったのだろう。
「こちらの被害者はちょいとグレーな感じの方でして中国マフィアの赤月会と関係があったそうデス。何者かに銃撃された被害者はすぐには死なず、死の間際に犯人はジャン・バルジャンだと言った事からジャン・バルジャン事件と呼ばれる様になりマシタ」
ジャン・バルジャン――おそらくその名前を聞けば大体の人間はレ・ミゼラブルの主人公を想起するだろう。
「また同一犯によるものと思われる殺人事件は当時愛知県内で数件発生しており、一連の事件は尾張連合会と中国マフィアの抗争によるものと考えられていマス」
元ネタのジャン・バルジャンは一度罪を犯したとはいえ決して悪党ではなく、むしろ清廉潔白な人間だったがこの事件では反社絡みの事件を起こした極悪人となった様だ。
「主犯格の阿部真樟は日本名であり中国名はラン・アランという名前で――つまり中国語に訳したジャン・バルジャンと同じだった事も犯人と疑われる根拠となりマシタ」
「つまり警察は尾張連合会とも関係がある阿部真樟が殺害に関与した、って考えたわけか。だけどそんなこじつけみたいな根拠じゃ犯人と断定するには弱くないか?」
もし殺したのが阿部真樟だとしても、被害者は何故普通にラン・アランと呼ばなかったのかという疑問が残る。
もしかしたら被害者が最期に言ったジャン・バルジャンという言葉は聞き間違えたものかもしれないし、苦悶の呻き声がそう聞こえただけなのかもしれない。
「阿部真樟は確かに強盗殺人をしたが、親父狩りをしてうっかり人を殺すなんてヘマをする奴がヒットマンに選ばれるもんかねぇ。銃なんてその辺のチンピラに撃てるもんじゃないぞ」
反社の関係者なんていくらでもいるし、ジャン・バルジャン事件と阿部真樟の共通点は似ている名前だけだ。
少なくとも俺が警察ならジャン・バルジャン、という言葉を犯人の根拠にする事は無かっただろう。
「そもそもこれは本当に同一犯による連続殺人事件なのか。こっちの殺害方法はナイフで、こっちは絞殺でバラバラじゃねぇか」
俺はページをめくって他の事件の概要も確認する。一部の被害者は普通の子供や女性であり、手口も雑で反社の事件には思えなかったからだ。
「一応被害者の中に暴力団追放運動をしていた奴の子供がいたから反社の報復みたいな感じになってるが……なんかやっぱりこじつけに思えるんだよなあ」
「はい、堤さんの仰る通りデス。実際阿部真樟は親父狩り以外の事件については立件出来ず無罪となりマシタ」
おおよその概要を確認して感想を述べるとコレットは淡々とそう答えた。どうやら当時の司法も俺と同じ様な判断をしたらしい。
「それだけなら警察や検察がトンチンカンな推理でポカをやらかしただけの話なのデスガ、問題は都合のいい証言を引き出すため、阿部真樟や事件に関与した他の少年達に事実上の司法取引を行っていたという事デス」
「ああ、そういう事か」
そして俺はコレットの言葉でジャン・バルジャン事件の闇を知ってしまった。
「証言で得られた証拠はどれもこれも不確かなものばかりで、弁護士はもちろんその点を指摘シマシタ。おまけに確実に関与したであろう親父狩りの事件も司法取引のせいで罪が軽くなって、まあ目も当てられない事になったわけデス」
「まあそりゃそうなるだろうな。全員が助かるために好き放題ある事ない事言えば」
司法取引は海外では普通に行われているが日本では原則禁止となっている。
ましてやこの結末は一方的な司法の敗北でしかなく、警察史上に残る汚点となったはずだ。
「ちなみに事件に関わった人間は既に全員出所シマシタが、主犯格の阿部真樟はご存じの通り再び闇バイトによる事件を起こしマシタ。端的に言って最悪にバッドな結末になったわけデスね」
事件の概要の説明を終えたコレットは嘲笑しながら肩をすくめた。
検察にはシナリオが存在し、そのシナリオに沿わない証言はあまり重要視されない。
その結果本来裁かれるべき罪が裁かれず真相も闇に葬られてしまった。
ニュースではここまで語られてはいないが、遺族にとっては悪夢以外の何物でもない結末だったのだろう。




