2-3 和歌山旅行を満喫するニナと真矢
その後悪戦苦闘しながらもなんとかキャストの仕事を終わらせた俺は、ニナとロッシーを迎えに行くため閉園間近になった園内を探索した。
前述のとおりポート・ワカノーラはリードを付ければペットと同伴可能な珍しいテーマパークであり、園内には犬や猫を連れている人もちらほら見かける。
もちろんアトラクションや飲食店、市場等に立ち入る事は出来ないが、ペットを連れていける観光地は限られているので愛犬家にとっては有り難い場所だ。
特にどこで待ち合わせするのかは決めていなかったが、俺は散歩がてら地中海の街並みを再現したエリアを探索する。
旧市街地の様な石畳の細い路地からは地中海の風が吹き抜け、日本とは思えない光景は見ているだけで楽しめる。
なるほど、確かにこんな場所を愛犬と散歩出来れば素敵に違いない。
「~~~~~」
モデルの様な大学生くらいの少女はバゲットを紙袋に入れてご機嫌な様子で歩いており、その様は海外ドラマのワンシーンの様だった。
細長い楽器ケースを背負っているがあれは何だろう。ポート・ワカノーラには大道芸人や音楽家が来る事もあるが、音楽系のパフォーマンスでもするつもりなのだろうか。
「(にこっ)」
(おっと)
視線に気付いた少女はにっこりと微笑み、気まずくなった俺は足早に通り過ぎる。
あまりオッサンが若い女性をジロジロ見るものじゃないな。
「さあロッシー! 次はどこに行こうか!」
「オウーン」
羽帽子とマスカレードを被ったニナは中世ヨーロッパの騎士になり切っているのだろうか、ロッシーを引き連れ探検していた。
「あ、パパ!」
「満喫してるみたいで何よりだ」
アホ犬と観光を楽しんでいたニナは楽しそうにとてて、と駆け寄った。
俺の都合で逃亡生活に巻き込んでしまったが、ホームシックになっている素振りは微塵もなさそうだ。
「ねえねえ、今度は近くの動物園に行こうよ! 真矢ちゃんもペンギンさんが見たいってさ!」
「ああ、いいぞ」
ただいつまでも休暇を続けるわけにはいかないし、彼女の事も考えるとシルバーウィークが明ける前には戻りたい。それまでに事件は解決するだろうか。
「むー、パパったらつまらなそうな顔してー」
「オウーン」
けれど俺の心の中の葛藤が伝わったのかニナはむすっとした顔で怒ってしまう。
いけないいけない、折角楽しんでいるんだから余計な心配をかけるべきではなかった。
「あ、真矢ちゃんがパパと話したいみたいだから今変わるね」
「ん」
だがニナはあいつの形見でもある組木細工の髪留めを触って目を閉じ、しばらくして凛とした顔つきになってしまった。
「で、ペンギンさんにはいつ会えるの!?」
「人格チェンジしても変わんねぇじゃねぇか。お前も満喫するなよ」
ただそれも一瞬の事、真矢は無邪気な笑顔で子供の様にせがんだ。
普通の人間には違いが判らないだろう。
けれど俺には確かに目の前の少女が『堤ニナ』ではなく『寺内真矢』である事がわかっていた。
初代捏造探偵でもあり、俺の師匠でもある寺内真矢はドン・キホーテ事件を最後に表舞台から姿を消した。
彼女は今もどこかで生きているのかもしれないし、死んでいるのかもしれない。あいつにとっては自分の死を偽装する事なんて朝飯前だ。
目の前にいる真矢はニナの魂と一体化した存在なのかもしれないし、あるいは解離性同一性障害なのかもしれない。
もっと言えば最初に出会った寺内真矢が、本当に寺内真矢だったのかも未だにわかっていない。
結局真相はわからないが俺は特に気にせず日々を過ごしていた。
「僕はずっと遊んでばかりでも問題ないけどね。でもそれじゃあサンチョ君とニナが困るし、事件を解決する手伝いをしてあげようじゃないか」
ニナの身体を借りた真矢はあの時と同じ様に頼もしい言葉を紡ぐ。
悔しいがこうなってしまえば毎回主導権が奪われてしまうのだ。
「ああ、よろしく頼むぞ、真矢」
けれどそんなものは彼女と仕事が出来る喜びの前では全くもってどうでもいい。
俺は笑みを浮かべ、迷う事無く主役の座を明け渡しワトソン役を受け入れた。
「ふむ、面白そうですね。ではその話し合いに私達も混ぜていただけますか?」
「うん、もちろんいいよ。一緒にミステリーを楽しもうじゃないか」
またミシェルとコレットも姿を見せ、真矢は彼女たちの参加を快諾した。
全ての発端となったジャン・バルジャン事件然り、俺は当事者でありながらほとんど何も把握していない。
まずは事件の概要を知る所から始めなければいけないだろう。




