2-2 アットホームなポート・ワカノーラのキャスト達
バイトをして肉体も精神も疲弊しきった俺は園内のフードコートで一息つき、白いプラスチックの椅子に座って肉体を弛緩させた。
「ふぅ、俺も歳だな……」
着ぐるみの中の人なんてオッサンがやる仕事じゃない。人目を避ける為とはいえもっとマシな仕事をあてがって欲しかった。
ああ、もう動けない。このまま一日が終わるまで椅子に座っていたい。
「お疲れ様です、堤さん」
「ん?」
だが何も出来ないまま脱力していると目の前にコトン、とマドレーヌと紅茶が置かれた。もちろんそれは俺が注文したものではない。
「これどうぞ。試作品で申し訳ないですけど」
「ありがとうございます、土師さん」
厚意でマドレーヌを奢ってくれたのはフードコートを担当する土師仁太だった。
「いやあ、今日は結構暑かったから大変だったでしょう。これでも食べて下さい」
「どうもです」
土師は三十代くらいと推測出来るが、見た目より若く純朴な好青年という印象で新人の俺にも親切に接してくれる。
「今度お店で提供する予定なのですがミカンの皮をアクセントに入れています。もしよかったら味の感想を聞かせて下さいね」
「あ、はい」
ただ彼は俺がどういう経緯でここにいるのか全く知らない。気持ちを無下にする様で悪いがあまり仲良くし過ぎないようにしなければ。
「いいなあ、雑誌でも紹介された土師君の新作マドレーヌが食べられるだなんて」
もう一人のスタッフ、南戸照江は可愛らしく不満を漏らしたが、土師はにっこりと笑ってもう一つのマドレーヌを用意した。
「もちろん南戸さんの分もありますよ。今紅茶を入れますね」
「わあ! それは楽しみね!」
彼がそう伝えると南戸さんは手を合わせて可愛らしく喜ぶ仕草をした。年齢も近いし同僚以上の関係なのかもしれない。
南戸さんは左手の薬指に指輪をはめていた痕跡があるので既婚者なのだろう。しかし今はつけていないのでバツイチだと推測出来る。
純朴な好青年と離婚経験のある女性を組み合わせたらヒューマンドラマが始まりそうだ。場合によっては昼ドラになりそうだけど。
「ほぉ~ん、随分と仲が良さそうだね」
「あら、星場さん」
仲睦まじげな様子を眺めているとギュコギュコと車輪が動く音がし、車椅子に乗ったギャル風の若い女性の星場雲雀が現れた。
「え、なに? そいつと結婚するつもりなの? 南戸さんも隅に置けないねぇ」
「ちょ、そういうのじゃないから!」
「そ、そうだよ~、南戸さんも困ってるから」
星場は二人をからかいホームドラマの様な甘ったるい光景が繰り広げられ、マドレーヌを食う前から胃もたれがしそうになってしまった。
「でも雑誌に写真乗っければよかったのに。イケメン過ぎるシェフって土師さん目当てで来るお客さんもいるかもよ」
「あはは、僕はそういうのは……恥ずかしいし」
彼女は雑誌についての話題を振り、土師はややぎこちなく笑って眼を逸らした。
だけどそうか、このマドレーヌって雑誌に紹介されるレベルだったのか。俺は試しに一口マドレーヌを食べてみる事にした。
(ふむ、これはなかなか)
マドレーヌはしっとりした生地の中にバターと小麦本来の甘さが凝縮されており、生地に練り込まれたミカンの皮の食感と香りがいいアクセントになっている。
洗練されたものではないが確かにこれはなかなかの逸品だ。手作り感を極めればきっとこんなマドレーヌが出来るんだろうな。
「で? 子供はいつ作るの? できちゃった婚でもいいから南戸さんを貰ってあげなよ」
「だーかーらー!?」
それはそれとして相変わらず騒がしい。少しばかりアットホームだが、殺伐とした職場よりはマシだろう。
「そうそう、仕事が終わった後でいいけど海老名さんと一緒に小道具を直しといてね。アトラクションを入れ替える前に準備しておかないといけないから」
「はい、わかりました。星場さんもマドレーヌを食べますか?」
「私はいいや。水だけで。あ、詳しい話は海老名さんに聞いてね。私は伝言を頼まれただけでよく知らないから」
「はい」
星場は土師に何かしらの指示を出した。
彼の本業はフードコートのスタッフだが、ポート・ワカノーラは人数が少ないのでこうやって掛け持ちをしながら回しているのだ。
(そういえば海老名も本業はメンテナンススタッフだっけ)
あの後ついでに話を聞かせてもらったが、元々メンテナンススタッフをしていた海老名は穴埋めをする為マグローマンの中の人の仕事もする様になったらしい。
先程のやり取りではネタにしたが、漁業が盛んな和歌山はマグロが特産品なので別に借金とかそういうのに絡んだ何かではないはずだ。というかそうであってほしい。
星場は紙コップに入れた水をごくごくと飲み、ぷひゃあ、と大きく息を吐いた後俺のほうに向きなおった。
「で、この人だっけ? 新しく入った新人さんって。コレットさんとはもう会ったけど」
「はい、堤です。ご挨拶が遅れてすみません」
「いいよいいよ、基本的に私は裏方でエンカウント率が低いから。私はポート・ワカノーラのシステムのメンテナンスとかを担当する星場雲雀だよ」
人数が少ないが故に職場は全体的にアットホームであり、何気に初めて会う星場はオッサンの俺に対しても友好的に挨拶した。
だけどこちらの詳しい事情を知られてはいけないのであまり余計な事を喋りたくない。距離感をあまり気にしなさそうな相手だから気を付けなければ。
「で? あなたも南戸さんを狙ってたりするの?」
「いや別にそういうのは」
星場はご時世なんてお構いなしに恋バナトークをする。親しい間柄なら問題ないが、こういうのは普通にセクハラになるからやめた方がいいと思うけどなあ。
「ちょっと、堤さんが困ってるしやめてあげなよ」
「いーじゃん別に。土師さんも恋のライバルにならないか気になるでしょ?」
「だからそういうのじゃなくて」
土師は見かねて星場を諫めるがお構いなしだった。
おそらく彼が考えている事と俺が考えている事は大きく異なるのだろうが、今時珍しいしっかりした奴だ。
「でもやっぱ結婚してそうだよねー。奥さんとかいるの?」
「家にいるのは娘とロッシーって名前の犬だけだ」
「い、犬? へー」
俺は最小限の情報だけを与えると星場は何故か顔を強張らせてしまった。俺は別に変な事を言ったつもりはないのだが……。
「ちなみにそれって……犬? 首輪をつけて全裸でお散歩させるタイプの」
「首輪をつけて全裸で散歩させるタイプの犬だが。むしろ服は着せた事は無いな」
「へ、へー。でも娘さんは何か言わないの?」
「いや別に? よくロッシーのキ〇タマを弄んで仲良くやってるよ。教育上よろしくないとは思っているけどな」
「そりゃ、うんそうだろうけど……え、男!?」
会話を続けていると星場の顔はどんどん引きつってしまい、俺はしばらくしてある可能性に思い至って訂正する。
「いやロッシーって犬だぞ、比喩的な意味じゃなくて」
「あ、な、なんだそっかー! てっきり滅茶苦茶ヤバい新人さんが入ったのかと思ったよ!」
「普通勘違いしないと思うが」
やはり彼女はロッシーを人間と勘違いしていた様だ。どうやらこいつはとんでもないピンク脳の持ち主らしい。
「うぎゃ~、恥ずかしいよお!」
「あはは、確かチャウチャウでしたっけ。よく娘さんと一緒に散歩しているのを見かけますけど」
「ええ、ポート・ワカノーラはペットも入場出来るレジャー施設ですからね。こういう場所は少ないので地味に助かってます」
土師は笑いながら軌道修正をしなかった事にしようと頑張った。俺も変に弄らずフォローをして好感度を上げておこう。
「そうだ、娘さんにもお土産にどうぞ」
「ああ、助かるよ」
「ふぎゅ~」
「うふふ、まあよくある事……じゃないだろうけど気にしないでね」
星場は恥ずかしさで悶死しそうになるもホームドラマはなおも続く。
ニナへのお土産はマドレーヌでいいとして、食い意地の張ったロッシーのおやつもそろそろ補充しておかないとな。




