2-1 ポート・ワカノーラへようこそ!
それから数日後――。
『ポート・ワカノーラへようこそ!』
園内の看板にはポップな書体でありきたりな文言が書かれており、地中海の港町をモチーフにしたテーマパークのポート・ワカノーラは多くの家族連れで賑わっていた。
和歌山のレジャー施設、ポート・ワカノーラは大きく分けて三つのエリアに分けられている。
まず一つ、北側にあるのが市場エリアだ。このエリアでは新鮮な和歌山の海の幸を購入する事も出来、マグロの海鮮丼が名物となっている。
二つ目は中央にある地中海の港町をモチーフにしたエリアで、石造りの建物が並び潮風がそよぐ異国情緒あふれる風光明媚な街並みが広がっている。
そして三つ目は南側のアトラクションエリアで、ローカル感溢れる遊具が多く設置されている。都会に比べると少しばかり見劣りするが地元民には愛されている様だ。
「何やってんだ俺……」
そんなアットホームな雰囲気が漂うアトラクションエリアの広場にある噴水前で、蒸し暑い暗闇に包まれた俺は独房の窓の様な隙間から外の様子を伺った。
逃亡犯となった俺は持っていた風船を子供に配り、立ち去った所で何度目かの大きなため息を吐く。
純粋無垢な子供は驚安の殿堂の様な、あるいはピンクの悪魔の宿敵の様なマスコットキャラの中に逃亡犯が隠れているとは思ってもいないはずだ。
光り輝く噴水の水飛沫は虹を作り出すが、俺にとっては湿度を上昇させる拷問器具でしかない。今は初秋だからまだしも夏だったらもっと地獄だっただろう。
「ちょっとちょっとー、そんな雑な渡し方じゃダメだよ。キャラを大事にしないと。僕達は夢を与える仕事なんだから」
「すんません」
潜水士っぽいキャラクターの着ぐるみの中に入った海老名史郎はしわがれた声でやる気のない新人に注意をした。
「中の人の基本はね、顔は見えなくても笑顔だよ!」
この仕事が長い海老名さんは両手を広げ、ザ・マスコットキャラと言うべき振る舞いをしながら楽しそうにアドバイスをする。
「後は着ぐるみへの愛だね。僕は食事もトイレも着ぐるみの中で済ませてるよ! 最早皮膚の一部だね!」
「いやそこまでは流石に」
未だに海老名さんの素顔を見た事は無いがそれは一種の性癖の様なプロ根性によるものなのだろうか。中に入っているのが妖怪の類だとしても俺は驚かないだろう。
「おっ、早速子供が来たよ。それじゃあその辺を意識してやってみようか、堤君!」
「あ、はい」
とはいえ仕事である以上はちゃんと働かなければいけない。俺が逃亡犯であるかどうかだなんて訪れた客には関係ないからだ。
よーし、笑顔、笑顔。
「ボマイェエエエッ!」
「ごふッ!?」
だが元気なクソガキは滑り込む様にキレのある膝蹴りを繰り出し俺の下半身にダメージを与える。
「下段下段下段下段ッ!」
「おばばばばッ!?」
クソガキは部位破壊をしたいのか執拗にハメ技の様な下段攻撃を連発し、先ほど教えてもらったアドバイスを意識する余裕なんてなかった。
うん、笑顔とか無理だ。このクソガキを今すぐにでもブチ殺したい。
「ここは僕に任せろ!」
「海老名さん!」
だがそこにベテランキャストの海老名さんが助けに入る。この道ウン十年っぽい彼ならきっとこの事態を打開出来るはずだ!
「くぉらあこのクソガキァッ! マグロ漁船に乗せたるぞオラァアッ!」
「ぐぇええ!?」
「はいぃい!?」
が、豹変した海老名さんはあろう事かヤクザの様な啖呵を叫んで子供を投げ飛ばしてしまい、俺はあまりにも衝撃的な光景に絶句してしまった。
「わー! これだよー! 最高の想い出をありがとうございまぁすッ!」
しかもあろう事か子供も直立不動でお辞儀をして素敵な笑顔で駆け出していった。俺には暴力にしか見えなかったが、彼にとっては正解の行動だったらしい。
「ええと……今のは何ですか?」
「マグローマンはね、借金まみれの人間を売り飛ばしてマグロ漁船に乗せるってキャラなんだ! だから皆もこういうのを求めてるんだよ! ちなみに前の中の人はマグロ漁船に乗ってどこかに行っちゃったよ!」
「は、はあ。随分と尖がった設定ですね。でもガチじゃないですよね?」
おそらく和歌山の特産品であるマグロと絡めたのだろうが、だとしてももう少し他にやり様は無かったのだろうか。このご時世に凄いな……。
「くおらテメェボケカスッ! うちの倅に何するんじゃいワレェッ!」
「でしょうね!?」
だが即座にブチ切れた親御さんが現れ海老名さんに掴みかかってしまう。こういうのはノリがわかる人間にしか通用しないのでそりゃこうなるだろう。
「ああんゴルァッ! じゃかしいわボケカスッ! 西牟婁郡のソビエトに売り飛ばすぞワリャアッ!」
「ギャー!?」
「なあああ!?」
けれど海老名さんは大外刈りで親御さんを倒し、うつ伏せになった彼にヘッドロックをかけバリカンでジョリジョリと髪を刈った!
「アザァァアッズッ! マグローマン最高ォォオオッッ!!」
だがこれも正解だったらしく、すくっと立ち上がった親御さんもまた全身全霊で感謝の想いを伝えた。
「……ふう。今日も夢を与えたね。青い空が綺麗だ」
「えー」
一仕事を終えた海老名さんは往年の名優の様に和歌山の空を見上げながらそう呟いた。
もしかしたら俺は現実世界と価値観が全く世界に異世界転移してしまったのかもしれない。
「なるほど、お客様を喜ばせるにはバリカンをかければいいのデスね。コレットは学習シマシタ」
唖然としているとキャストの制服に身を包んだコレットがニコニコと笑いながら現れる。一応キャストとして笑顔を心掛けている様だが、人形の様でどこか不気味だ。
「いやこんな事をされて喜ぶのはマグローマンの設定を理解しているコアファンと矢〇通のファンくらいだからな? 他でやったら普通に捕まるからな?」
「おや、そうデスカ。ならば情報を訂正しマス」
俺は訴訟沙汰にならない様に慌てて忠告する。一般常識が無いこいつの場合マジでやらかしかねないからなあ。
「コレット、お前も変な事はしていないよな?」
俺のサポート役であるコレットもまたキャストとして潜伏していたが、俺は正直妙な事をしていないか気が気でなかった。
「もちろんデス。パーフェクトなワタシはマニュアルを完璧に叩き込んでいるので絶対に失敗シマセン。キャストの仕事もこなしつつ堤さんを完璧にサポートいたしマス」
「やれやれ、確かに見てくれだけは様にはなってるが……」
もしも最大の不確定要素があるとすればそれは間違いなくこいつだろう。
「おやおや、ワタシに惚れマシタか?」
「はいはい、惚れました」
俺は前途多難な状況に胃をキリキリと痛ませながらも、中の人の教えを護るため着ぐるみの中で引きつった笑顔を浮かべた。




