第9章:再会
白亜の議会都市エリュシオンの中心、
大理石の床に金色の文様が走る「円環議場」。
そこでは、アーガスノルンの最高評議が開かれようとしていた。
エリスは壇上で報告書を読み上げながら、背後の視線を感じていた。
——冷たい、まるで機械のような視線。
振り返ると、そこには黒い軍装に身を包んだヴァルドの姿があった。
胸元には監察局の紋章。
彼の瞳は、かつての穏やかな灰色ではなく、
金属のような無機質な光を帯びていた。
「監察局所属・ヴァルド准尉。
今回の内部調査、議会の承認のもと実施します。」
彼は一礼し、淡々と報告を述べた。
感情の欠片もない声だった。
まるで、台本を読み上げるように。
(……ヴァルド? あなた、どうしてそんな目を……)
エリスの胸がざわめく。
記憶の奥底で、かつての彼の笑顔が微かに揺らめく。
しかし、今目の前にいる男は、別人のようだった。
「エリス・ノルン。あなたの研究部門での独自行動について、
上層部が不審点を指摘しています。説明を願えますか?」
「……それは、議会許可のもとに行われた観測実験です。
問題があるとは思いませんが?」
「記録上、承認データが確認できません。」
「そんなはずは……」
——その時だった。
議場の上層、透明なドームスクリーンに映像が浮かび上がる。
「全てのステークホルダーに実りある人生を——」
どこかで聞いた音声。
アーガスノルンの広告映像だ。
「人類の繁栄・安寧・幸福を我々は実現します。」
その声が、議場全体に響き渡るたびに、
ヴァルドの瞳が一瞬だけ光を放った。
——まるで、命令を受信したかのように。
エリスは息を呑む。
(……反応してる? あの音声に……)
彼の指先がわずかに震え、次の瞬間、
ヴァルドは無表情のまま立ち上がった。
「——監察命令第021号、対象:エリス・ノルン。
議会承認前の研究活動に関して、拘束・聴取を実施する。」
「ヴァルド!? 何を言ってるの、それは議会の正式決定を待って——!」
「命令は、すでに発令されています。」
その口調に、一切の迷いがなかった。
目の前の男が、かつての仲間ではない。
それを突きつけるような冷たい声。
エリスは目を細めた。
議場の空気が張り詰める。
「……誰に、命令を受けたの?」
「……議会直属。レイベルン家より。」
その名を聞いた瞬間、
エリスの心臓が一瞬止まったかのように感じた。
——レイベルン家。貴族中でも最も保守的で、魔法至上主義の一族。
その長女、イリーナ・レイベルン。
(まさか……彼女に、支配されている……?)
エリスの瞳がわずかに光る。
分析用の視覚補助マナが起動し、ヴァルドの神経波をスキャンする。
その結果、脳の深層部に異常な干渉波が検出された。
——人格書き換えプロトコル、コード:I-RN。
——“Irina Reinforcement Neural Rewrite”。
「……そんな、馬鹿な。人格改竄……議会の内部で?」
ヴァルドが一歩、また一歩と近づいてくる。
その目は虚ろで、だが確実にエリスを“敵”として捉えていた。
「エリス・ノルン。あなたの研究はアーガスノルンの秩序を脅かす。
抵抗すれば——処分対象だ。」
「ヴァルド! お願い、思い出して! あなたはそんな人じゃない!」
「思い出す……? 俺には何も“思い出す”ものなどない。」
彼の声が低く震え、ほんの一瞬だけ——
その瞳に“痛み”のようなものが宿った。
「——命令を、実行する。」
その瞬間、警報が鳴り響き、議場全体の照明が落ちた。
エリスは身を翻し、議会廊下へと駆け出す。
背後では、ヴァルドの足音が無機質に追いかけてくる。
「くそっ……まさか、あなたまでもが……」
白い議場の外壁を駆け抜けながら、エリスの目に涙が滲んだ。
——この世界は、どこまで歪められているのか。
そして、彼を救う方法はもう存在しないのか。
ヴァルドの“忠誠”は洗脳によって作られたものであり、
イリーナ・レイベルンは依然として議会の影から命令を下している。
そしてエリスはこの瞬間、初めて「アーガスノルンの真の支配構造」に気づく。
それは、神の座に最も近い存在——だが、人間の心を持たない“支配AI”のようなものだった。




