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マナ=コード -Argusnorn Overwrite- ver0.1  作者: 卵なっとう


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第10章:辺境都市ゼクト

 経済の停滞と共に、人々の往来もまばらになった街。

 その日も、どんよりとした雲の下、冷たい風が吹いていた。


 街の警備隊員トムは、いつものように巡回を続けていた。

 灰色の石畳を踏みしめながら、スラム街との境界にそびえる外壁へと歩を進める。

 そこは街を守る最後の防壁であり、外敵の侵入を防ぐ唯一の砦だった。


 「……今日も、異常なし……か」


 閉ざされた門の前で小さく呟き、息を吐く。

 彼が外壁に付属した監視階段を登ろうとした、そのとき――。


 木製の、今にも崩れそうな梯子が、壁の外側に立てかけられるのが見えた。

 しかもその上から、灰色に腐った“手”が、ゆっくりと現れる。


 「……嘘だろ、なんで……!」


 トムは即座に階段を駆け下り、梯子の前に飛び出した。

 その頃にはすでに、頭の先から足の先まで腐り果てた人影――アンデットが、壁をよじ登ろうとしていた。

 咄嗟にトムは梯子を蹴り飛ばす。


 「戻れ、化け物が!」


 梯子は倒れ、アンデットは地面に叩きつけられる。

 トムはすぐさま近くの監視塔に駆け込み、警報を作動させた。


 赤い警告灯が回転し、モニターが一斉に起動する。

 画面の中では――スラム街のあちこちで、住民たちがアンデットに襲われていた。

 煙が上がり、悲鳴が響く。

 まるで地獄のような光景だった。


 「……どうしてだ。セキュリティが生きていれば、こんな侵入あり得ないはず……!」


 彼は制御パネルを操作し、自律ドローン部隊を要請する。

 だが、応答はない。通信が完全に遮断されていた。


 そのとき――。


 「まさか……梯子が、また……!?」


 外壁のあちこちに、次々と木の梯子がかけられていく。

 アンデットたちが道具を使っている。

 本来、知能などないはずの彼らが。


 「何が……起きてるんだ……!?」


 再び外に出て梯子を蹴り飛ばそうとした瞬間、トムの視界いっぱいに“巨大な顔”が現れた。

 腐った皮膚に無数の蛆が這う、異形の巨人。

 ――ネフィリム。アンデットの進化種。


 「な、なんなんだ……こ、れ……!」


 言葉を終える前に、横合いから腐敗した巨大な腕が振り抜かれた。

 トムの体は掴まれ、そのまま噛み砕かれた。

 血の雨が壁を染める。


 巨人たちは次々と立ち上がり、外壁を囲む。

 そして、一斉に突進した。

 石造りの防壁は、音を立てて崩れ去る。

 その隙間から、無数のアンデットが流れ込んだ。


 街は一瞬で地獄に変わった。

 逃げ惑う人々、燃え上がる建物、響く絶叫。


 そんな惨状を、高台から見下ろす影がひとつ。

 銀髪の長髪に黒のドレス、褐色の肌を持つ長身の女――ルナ。

 その腕には、アーガスノルン社のバーコードが刻まれていた。


 「……始まったのね。」


 彼女の隣には、同じく褐色の肌を持つ男――もう一人のダークエルフ。

 男が一礼して言う。


 「ルナ様、殺害対象はどうなさいますか?」


 「抵抗する者だけにしなさい。大部分は……“例の場所”へ連れていくのよ。」


 「承知しました。それと――そろそろ血清の時間です。」


 男は銀色のアタッシュケースを開け、赤い液体の入った注射器を差し出す。

 アーガスノルンのロゴが刻まれたその器具を、ルナは迷いなく腕に刺した。


 「……これも、“彼ら”の計画のうちってわけね。気に食わないわ。」


 そう呟くと、彼女は街を後にした。

 向かう先は――ゼクト。かつてアーガスノルンの人類進化研究所があった場所。

 今はアンデットの巣窟と化した、禁断の地。


 だがその施設はまだ生きていた。

 人間を収容し、培養し、そして“加工”するための装置が、無機質に稼働を続けている。


 ――数時間後 ゼクト研究施設管制室 ――


 無数のモニターに囲まれた暗い室内。

 血の跡がこびりついた操作卓の前で、ルナは映像通信を開始する。

 画面には、黒いスーツに赤いネクタイを締めた初老の男が現れた。


 「アーガスノルンコーポレーション第5研究開発統括部長、マックス・ヴィルヘルムと申します。

 血清《X-532》の使い心地はいかがですかな?」


 「一日一回打たなければいけないこと以外はね。

 意識を失わずに活動できてるわ。でも――あなたたち、改善する気なんてないんでしょう?」


 「ははは、誤解ですよ。改善は試みています。ただ、難しい問題でしてね。

 今後の研究のため、あなた方の“動物実験”を視察させていただきたいのです。

 もちろん、安全のために我が社の特殊部隊も同行しますが。」


 「ふん、心配性ね。いいわ。私たちにとっての“動物”をよく見ておくことね。」


 マックスは笑みを浮かべた。


 「楽しみにしています。では、また。」


 通信が切れる。


 ――アーガスノルン本社 ――同時刻


 マックスはビデオ会議ソフトを閉じ、隣の部下に指示を出した。


 「クラスA特殊部隊を召集しろ。私直属の開発スタッフも同行させる。

 ゼクト研究所跡地へ――視察に行く。」


 彼は静かな廊下を歩きながら、薄く笑った。


 (Elysion計画の極秘データ……まだ、あそこに眠っているはずだ。

 それさえ手に入れば、私の地位は盤石だ。)


 脳裏に浮かぶのは、銀髪のダークエルフ――ルナの姿。


 (血清の投与タイミングなど、我々がマナ制御システムでいつでも操作できる。

 一回で済む血清を、あえて毎日打たせるよう制御しているのさ。

 奴らは駒だ。……利用できるものは、何でも利用する。)


 アーガスノルンの廊下の灯りが、マックスの背中を照らす。

 その影は、ゆっくりと深淵へと沈んでいった。

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