第11章:ゼクト陥落
崩れ落ちた街ゼクトは、今や煙と死臭に覆われた地獄そのものだった。
瓦礫の間からは呻き声が漏れ、時折、アンデットの踏みつける肉の音が響く。
それでも、生き残った者たちは、わずかな隙間に身を潜めて震えていた。
ルナは管制室の窓辺に立ち、灰色の空を見上げる。
赤い瞳に映るのは、崩壊した都市と、自らの手で破壊された文明の断片。
彼女は腕を組みながら、先ほどのビデオ会議の言葉を反芻していた。
「……“動物実験の視察”ね。滑稽な言い回しだわ。人間のくせに。」
唇の端がゆるやかに吊り上がる。
だがその笑みは、嘲りと憎悪と、わずかな倦怠を含んでいた。
ルナの背後から、部下のダークエルフが低い声で報告する。
「ルナ様、搬送は八割完了しました。生体データはすべて中央培養区画に転送済み。
残りの収容個体も、まもなく“処理”できます。」
「そう。……マックスたちが来る前に、余計なものは片付けておきなさい。
私たちが“実験動物”をどう扱うか、あの人間たちに見せてあげましょう。」
ルナの声には、明確な皮肉が混じっていた。
それを理解できる者は、この地獄の中でもほんの一握りだった。
◇
一方そのころ、アーガスノルン本社。
マックス・ヴィルヘルムは、空輸シャトルの出発準備を監督していた。
ヘリポートには、黒い装甲スーツをまとった兵士たちが整列している。
クラスA特殊部隊。対アンデット戦を想定して設計された、企業直属の殺戮部隊だ。
「いいか、貴様ら。今回の目的は“サンプルの確保”だ。殺すな、生け捕りにしろ。
ルナと名乗る実験個体の保護は優先順位二番目だ。あれは制御できる。」
部下の一人が問う。「統括部長、ゼクトはすでに壊滅状態と報告を受けています。
制御ネットワークは機能していないとの情報も。」
「構わん。」マックスは冷たく言い放つ。「そのためにお前たちがいる。
我々の仕事は、死体を片付けることじゃない。“進化”を取り戻すことだ。」
そう言って、腕時計のスクリーンに目を落とす。
そこには《Elysion計画:再起動可能》の文字が淡く浮かび上がっていた。
マックスはふと、口の端を上げる。
「──あの忌まわしい計画が、ようやく“資産”になる。
レオン、君の犠牲は決して無駄じゃなかったよ。」
その声には、懺悔の響きなど一欠片もなかった。
◇
ゼクト廃墟、旧研究所中央ホール。
血塗られた床の上で、ルナはふと足を止めた。
遠くで風が唸り、崩れたガラスの隙間から吹き込んだ冷気が頬を撫でる。
「……懐かしいわね。ここで、あの“少年”が生まれた。」
彼女の視線の先には、破壊された培養槽の残骸。
Elysion計画──かつて人類が神の領域に踏み込んだ愚行の象徴。
彼女自身も、その被験体の一人であった。
赤い液体を注射した腕を見下ろし、ルナは苦く笑う。
「私たちは、“彼ら”のために作られた。
けれど、誰も“私”の存在理由なんて問わなかった。」
指先に静電が走る。
その瞬間、モニターに“マックス来訪中”の表示が浮かぶ。
ルナはゆっくりと踵を返し、部下に命じた。
「……出迎えの準備を。
“人間の王たち”が、自ら檻に入ってくるわ。」
赤い瞳が、冷たく光を帯びた。




