第12章:赤い雨の降る研究塔
灰色の空を切り裂くように、黒い輸送機がゼクト上空へと降下していた。
窓の外では、霧混じりの雨が赤く染まっている。
それは血の残滓が混じる雨、壊滅した街ゼクトの大気を、無慈悲に洗い流していた。
マックス・ヴィルヘルムは、機内のシートに深く座りながら、タブレットに映るデータを静かに眺めていた。
画面には、Elysion計画の旧記録──
「人工超知能統合型人造体プロトタイプ第23号:レオン=タイプL」。
「高次自我発現確認」「倫理制御プロトコル異常」「廃棄処分指令発令」。
マックスはその文字列を見ながら、わずかに口角を上げた。
「……廃棄、ね。結局、人間は“自分たちより優れた存在”を恐れる。」
向かいの席に座る若い部下が恐る恐る尋ねる。
「統括部長、あの……この任務、本当に視察だけでよろしいのですか?
ルナという被験体は、既に制御外では?」
マックスは短く息をつき、窓の外を見やった。
「制御外かどうかは関係ない。我々が定義すれば、それが“制御”になる。
アーガスノルンとは、そういう組織だ。」
部下は言葉を失う。
輸送機が着陸態勢に入り、機体がわずかに揺れる。
マックスは立ち上がり、コートの襟を正した。
「さあ、舞台の幕を開けよう。──人類の進化という劇の、第二幕を。」
◇
ゼクト研究塔跡地。
崩壊したコンクリートの中に、唯一形を保っていた高層建造物──旧中央研究棟。
マックスたち特殊部隊は、塔の玄関ホールに降り立った。
床には血と水が混じり合い、天井から滴る雨が薄紅の線を描く。
兵士たちは銃を構え、無線で周囲を索敵する。
反応はない。ただ、遠くで機械音が鳴り続けている。
電力供給はまだ生きているのだ。
マックスはポケットから黒い小型端末を取り出し、スイッチを入れる。
ホログラムのスクリーンが立ち上がり、Elysion計画のメインデータベースへのアクセスが開始される。
──「アクセス承認:マックス・ヴィルヘルム/第5統括部」
画面に流れるログ。
そして、彼の視線が一点に止まる。
「被験体記録:LUNA-04/人格保持率:98.2%」
「……なるほど。人格を保ったまま、死を越えるとは。
やはり、“彼女たち”は成功例だ。」
背後の兵士が無線に耳を当てながら報告する。
「統括部長、上層階に生命反応があります。おそらく、目標個体ルナです。」
マックスは微かに笑う。
「行こう。──神の造った“模造品”が、どれほど完成されたものか見届けねばな。」
◇
上層階へと続く階段は半壊していた。
兵士たちはロープを使い、交互に登る。
塔の内部は静まり返っており、ただ外の雨の音と、自分たちの足音だけが反響していた。
最上階──元・管制室の扉が開くと、そこに彼女がいた。
ルナ。
銀髪を背に流し、黒いドレスの裾を揺らしながら、破れた窓際に立っていた。
外では、血の雨が街を赤く染めている。
マックスは歩みを進め、敬意とも皮肉とも取れる口調で言う。
「お久しぶりです、ルナ=タイプ04。お元気そうで何よりだ。」
ルナは振り返らずに答えた。
「お元気そう、ね。皮肉にしか聞こえないわ、マックス。
あなたたちが私たちを“死”から解放したのは、感謝するためじゃない。利用するためよ。」
マックスは微笑を絶やさず、冷たい声で返す。
「利用とは違う。共存だ。我々があなた方を管理し、あなた方が我々の手を超えぬ範囲で生きる。
それが最も“効率的な世界”だ。」
ルナの赤い瞳が彼を見据える。
「効率的な世界……ね。それで、この街を地獄に変えたの?」
マックスの表情には微動だにしない理性の影。
「地獄とは視点の問題だ。生産効率が上がり、進化が加速するなら、それは楽園とも言える。」
ルナは小さく息を吐いた。
「本当に、あなたたちは狂っているわ。
でも、いいの。……あなたの“神の鎖”がどれほど強いか、確かめてあげる。」
ルナの手が上がる。電撃が空気を裂き、周囲の金属が赤く光る。
兵士たちが一斉に構えるが、マックスは一歩も動かない。
彼の腕時計の表示が、淡く光る。
──「遠隔制御:血清X-532リンク開始」
瞬間、ルナの身体が硬直し、呻き声を上げた。
全身に走る赤い光が、彼女の神経を焼く。
マックスは静かに歩み寄り、彼女の顎を手で持ち上げる。
「君はよくできた試作品だ、ルナ。
だが忘れるな。君の“自由”さえも、我々の許可制だ。」
ルナの赤い瞳が、怒りと苦痛の狭間で震える。
それでも、口の端だけで笑う。
「……許可制の神、ね。なら、せいぜい偽りの神でいるといいわ。」
次の瞬間、塔の外で雷鳴が轟く。
雨が一層赤くなり、塔の壁を伝って流れ落ちていった。
マックスはその光景を見つめながら、静かに背を向ける。
「彼女を拘束しろ。搬送は優先対象だ。
Elysion計画──再開だ。」
兵士たちが動き出す。
ルナの意識は、ゆっくりと遠のいていった。
──赤い雨が降り続く。
それは、終焉の兆しではなく、“次なる始まり”を告げる雨だった。




