第13章:眠りの子ら
瓦礫と灰の匂いが、夜の霧と混じり合っていた。
かつて「ゼクト実験区画」と呼ばれたその場所は、今では廃墟と化している。
崩れた塔、焼け焦げた研究装置、そして赤黒く変色した床。
ここが、かつて数千人の「子供たち」が眠っていた場所だとは、誰も信じられないだろう。
エリスは懐中灯を掲げながら、焦げた金属扉を押し開けた。
地下への通路がまだ残っている。封印印章の痕跡がある。議会が“何かを隠そうとした”印だ。
「……議会の機密保管層、第十三区画。
こんな場所が、地図から消されているなんてね。」
小さくつぶやくと、彼女は指先に光の魔法を宿し、錠前の回路を断ち切った。
低い唸りと共に、扉がわずかに開く。
そこには冷気が流れ出しており、まだ稼働中の冷却装置のようなものが奥に見えた。
通路の奥、光を反射するガラスカプセルが並んでいた。
数十、いや、数百。
透明なカプセルの中で、白い液体に包まれた無数の影が微かに揺れている。
「……子供……?」
細い肩が震えた。
目を凝らすと、それはまだ幼い人間の子供だった。
しかし、彼らの首筋には銀色の接続端子が埋め込まれ、頭部の神経に直接繋がるケーブルが伸びている。
液体の中で穏やかに眠るその姿は、まるで――「生きたまま封印された装置」。
端末を起動させると、長く隠されていた研究記録が再生された。
〈人類進化計画/第0世代記録〉
被験体は人類の脳構造を模倣するベースとして設計。
遺伝子強化および光神経回路の統合実験を経て、
新世代の魔導種を創出する。
最終目的:意識の統一による神経国家の構築。
言語・個性・倫理は不要。すべてが「中央核」に接続される。
―――議会承認第七号:レイベルン家主導。
「……レイベルン……やっぱり、あの家が。」
エリスは唇を噛みしめた。
ヴァルドを歪めた一族、そして議会の影の中枢。
その名が、すべての実験記録に刻まれている。
突然、背後で金属音が響いた。
振り返ると、暗闇の奥から重装歩兵の影が現れる。
監察局の紋章が胸に光っている。
「ここは立入禁止区画だ、エリス・ノワール。
許可のない侵入と情報窃取は国家反逆罪に相当する。」
静かに声を落とし、エリスは銃口の向こうを見据えた。
「彼らはもう人間じゃない」と言うように、カプセルの子供たちの方を指さす。
「この子たちを、“国家”と呼ぶつもり?
意識を一つに束ねて、神を作るつもりなの?」
沈黙。
だが兵士の一人が、低く囁いた。
「……我々も、かつては“子”だった。」
一瞬の隙。
その言葉の意味を理解するより早く、電撃が走り、照明が落ちた。
暗闇の中、エリスは息を切らしながら地下の奥へと走る。
カプセルの列の最後に、制御端末がひとつ。そこに白い封印札が貼られていた。
その文字は、見覚えのある筆跡だった。
“眠りの子らは、まだ目覚めぬ。
彼らが覚醒する時、世界は再構築される。”
――ヴァルド・レイベルン
「……ヴァルド……あなたもこの計画に……?」
エリスの手が震える。
その瞬間、背後で再び警報が鳴り響いた。
赤い警告灯が点滅し、塔の外では――“赤い雨”が降り始めた。
空から落ちる血のような雨が、塔の壁面を伝って流れ落ちていく。
それはまるで、眠り続ける子供たちの涙のようだった。
エリスは静かに決意を固める。
これ以上、議会に支配されるわけにはいかない。
人類が“進化”の名のもとに、人格と魂を失う前に――
真実を暴くため、禁忌の記録を抱えたまま、再び夜の霧の中へと消えていった。




