第14章:支配
白き議会塔の最上階――
曇天の空を背景に、エリスは捕縛され、冷たい床の上に膝をついていた。
赤い雨が窓を叩き、塔全体が不気味な光を帯びている。
その光は、まるで「眠りの子ら」から流れ出した神経エネルギーのようだった。
扉が静かに開く。
そこに立っていたのは、黒い軍服をまとった男。
かつて、エリスが信じていた仲間――ヴァルド。
「……ヴァルド。」
彼の瞳は、まるで水銀のように濁っていた。
そこにあったはずの温かさは消え、無機質な命令に従うための機械の光が宿っている。
「エリス・ノワール。
あなたは国家への背信行為を行った。
これより尋問と処刑の準備を行う。」
「……あなたが、その“命令”を下すの?」
「命令に感情は不要だ。」
その言葉を聞いた瞬間、エリスの胸に冷たい痛みが走る。
あの頃のヴァルド――仲間を守り、理不尽に抗っていた男の姿が、今はそこにない。
「ヴァルド……あなた、あの実験区画にいたのね。
“眠りの子ら”の制御キーに、あなたの署名があった。」
彼の瞳が一瞬だけ揺れる。
その微細な反応を、エリスは逃さなかった。
「あなたは……イリーナ・レイベルンの命令に従っている。
でも、あなたの中に“まだ誰か”がいる。
あの子を救おうとしたあなたが。」
一歩、二歩と近づくエリス。
ヴァルドの右手が反射的に剣を抜く。
だがその刃先は、彼女の喉元で止まった。
「命令……殺せ……エリスを……」
ヴァルドの声がかすかに震える。
額には汗がにじみ、剣先がぶれる。
エリスは恐怖よりも、深い悲しみをたたえた瞳で彼を見つめた。
「あなたは、命令じゃなくて――心で生きていた人よ。」
その瞬間、ヴァルドの脳裏に閃光が走る。
焼けた森、雷鳴、そして泣き叫ぶ獣人の子供。
自分がそれを庇い、少女の電撃に倒れた記憶。
イリーナの冷たい笑みが、血のように鮮やかに蘇る。
『――魔法の詠唱なんて、貴族の“遊び”よ。』
頭を抱え、ヴァルドが崩れ落ちる。
記憶の断片が、洪水のように流れ込む。
あの日の電撃の痛み、人格を書き換えられる恐怖――
そして「自分が誰であったか」を取り戻そうとする必死の抵抗。
「やめろ……イリーナ……俺は……!」
彼の体を青白い稲妻が走る。
洗脳の制御術式が、抵抗反応として自己発火していた。
エリスが駆け寄り、彼の肩を掴む。
「思い出して――あなたは、私を助けてくれた。
何度も、理不尽な命令に逆らって……!」
「俺は……ヴァルド……ヴァルド・レイベルン……違う……!
あいつの……“犬”じゃ、ない……!!」
叫びと共に、塔の制御装置が共鳴し、周囲の光壁が軋む。
赤い雨がさらに激しく降り注ぎ、窓を割って流れ込む。
それは、まるで外の世界が彼の痛みに呼応しているようだった。
そして――
通信端末から、あの声が響いた。
イリーナ・レイベルンのものだ。
『ヴァルド。命令を復唱しなさい。
“反逆者エリス・ノワールを排除せよ。”』
一瞬、空気が凍る。
ヴァルドの瞳の奥で、ふたつの意識がせめぎ合っていた。
忠実な下僕としての彼と、かつての人間としての彼。
剣が再び持ち上がる。
しかし――その刃は、エリスではなく、壁面の通信装置を切り裂いた。
「……命令終了だ、イリーナ。」
通信が途切れる。
静寂。
そしてヴァルドは、そのまま膝をついた。
「エリス……俺は、取り返しのつかないことをしてきた。
でも、もし贖えるなら……お前と共に、真実を暴きたい。」
エリスはゆっくりと頷く。
その瞳には、涙と光が同時に宿っていた。
「一緒に行きましょう、ヴァルド。
あの子たちの眠りを、終わらせるために。」
外では、赤い雨が静かに止み、雲の切れ間から一筋の光が差し込んでいた。
それは、長い暗闇の先にある“再生”の兆しのように見えた。




