第5章:封印された実験区画
薄汚れた空の下、スラムの街角を風が通り抜ける。
錆びた鉄骨と崩れかけたホログラム看板の合間を縫うように、レオンは歩いていた。
足元の舗装は割れ、ところどころに黒く焦げた痕がある。
昔、ここで何かが爆発したのだろう。
けれど誰も気にしない。人々はただ、生き延びることだけを考えている。
その中で、レオンの胸だけが、異様な熱を放っていた。
——あの夜、白い都市で見た夢。
実験台に拘束された“自分”。無機質な声が名を呼ぶ。
「Elysion試験体07号、マナ反応安定。記録開始。」
夢の中で聞いたその言葉が、現実のように頭から離れなかった。
それに——あの議員、エリスの瞳が示す“何かを知っている”という確信。
(俺は……誰なんだ?)
レオンは、古い地下鉄の入口に立ち止まった。
ここはもう何十年も封鎖されている。
アーガスノルンが都市再開発を進めたとき、地図上からも消された場所。
しかし、黒市で手に入れた古いデータ端末に、ひとつの座標が浮かび上がっていた。
——「Elysion区画07」。
扉には「立入禁止/監察局管理下」の赤い警告サイン。
レオンは深く息を吸い、マナの制御を試みる。
胸の奥の青い光が脈動し、右手の指先に微かな電流が走った。
「……いけるか」
錠前に触れる。
火花が弾け、電子ロックが焼き切れる。
扉が重い音を立てて開いた。
地下へ続く階段は長く、息が詰まるほど静かだった。
壁の照明はほとんど死んでおり、点滅する光が断続的に通路を照らしている。
やがて、行き止まりに巨大なシャッターが現れた。
そこには、薄れて読みにくくなった文字が刻まれている。
「Elysion-Laboratory 07 - Advanced Human Integration System」
レオンは手を伸ばす。
指先が冷たい金属に触れた瞬間、記憶が脳を突き抜けた。
——眩しい光。白い実験服。
ガラス越しに自分を見下ろす、誰かの姿。
その人が、優しく微笑みながら言った。
「大丈夫よ、レオン。あなたは人類の希望になる」
「……エリス?」
呟いた瞬間、シャッターが自動的に開いた。
中には、静まり返った巨大なホール。
無数のカプセルが並び、その中には——半透明の液体に沈む“人間”の形があった。
レオンは凍りつく。
その中の一体が、まるで鏡のように自分と同じ顔をしていた。
「俺の……コピー?」
心臓が荒々しく脈打つ。
カプセルのラベルには「EL07-R2」と書かれていた。
その瞬間、天井のスピーカーから冷たい電子音が響く。
「未承認アクセスを検知。防衛システムを起動します」
赤い警報灯が点滅し、通路の奥で機械音が鳴る。
鋼鉄の兵士——アーガスノルン製の自律警備ドローンが、無音で滑るように現れた。
「クソッ……!」
レオンは両腕を構えた。
体内のマナが一気に反応し、掌から青白い光が噴き出す。
その光は空気を震わせ、プラズマの矢となってドローンの装甲を貫いた。
爆発音。火花。
しかし、すぐに別のドローンが数体、壁を破って出現する。
「対象確認——Elysion試験体07号、再捕獲を開始します」
「……やっぱり、俺は——“実験体”だったのか!」
レオンは吠えるように叫び、両手を広げた。
マナの奔流が空間を歪め、爆風が吹き荒れる。
床の金属が剥がれ、カプセルが次々と砕け散った。
その中から——ひとつの小さなホログラムが再生される。
ノイズの向こうに、白衣を着たエリスが映し出される。
録画された昔の映像だ。
「もし、あなたがこの記録を見ているなら——私の計画は失敗したのでしょう。
でも、お願い。まだ、あなたを“人間”として取り戻す道はある。
それが、“Elysion”の本当の目的よ。」
映像が途切れ、施設全体が崩れ始める。
天井の配管が爆ぜ、マナ冷却液が雨のように降り注ぐ。
レオンは拳を握りしめ、ひとり呟いた。
「——人間として、取り戻す……?」
その瞳には、炎と涙が混ざり合っていた。
彼は瓦礫の中を駆け抜け、崩れゆく研究区画から脱出する。
背後では、赤い警報の声が延々と響いていた。
「Elysion区画07、崩壊プロトコル発動。全データ消去を開始——」




