第4章 忍び寄る影
白き議会都市の中心部。
そのさらに地下に存在する“監察局”は、アーガスノルンの中枢でも最も閉ざされた空間だ。
そこに呼び出された時点で、それが「尋問」であることは誰の目にも明らかだった。
——扉が自動的に閉まり、重厚なロック音が響く。
エリスは、金属製の椅子に座らされたまま、冷たい光を放つ卓上のホログラム端末を見つめていた。
薄い霧のような照明の中、向かいの席に座る監察官が口を開く。
黒いスーツに銀の徽章。淡々とした声が、空気を切り裂く。
「——エリス・フェイン議員。あなたのスラム街での行動について、いくつか確認があります」
声の主は、監察官ヴァルド。
アーガスノルン内部で“内務局の犬”と呼ばれる冷徹な男だった。
噂では、彼の報告一つで貴族一族が“消える”こともあるという。
「確認……というより、尋問の方が正しいのでは?」
エリスは皮肉を込めて微笑む。
「そう受け取るのは自由です。ただ、あなたの動きが“議会法第204条”に抵触している可能性があるのも事実です」
「——『下層市街への無許可接触』?」
「正確には、“不良債務者および再利用処置対象との接触”。」
ヴァルドが淡々と告げると、ホログラムのスクリーンに映像が投影された。
スラムの通り。ネオンの滲む夜。
そこには、エリスの姿と、フードを被った青年——レオンが映っていた。
「監視ドローンの映像かしら」
「ええ。あなたは“偶然通りかかった”と主張していましたね。ですが、映像はそれを否定しています」
エリスは沈黙した。
ヴァルドは机の上に指を置き、軽く叩く。
そのリズムが、まるで裁きを告げる鼓動のようだった。
「あなたは、かつて“開発局第七課”に所属していましたね。マナ合成プロジェクト“Elysion”の主任補佐として」
「……それが何か?」
「その時に作成された未承認の試験体記録が、最近になって再び市場で発見された。まるで誰かが——古い亡霊を呼び戻したようにね」
ヴァルドの口元が、僅かに歪む。
「あなたの行動を“偶然”と信じるには、出来すぎていると思いませんか?」
エリスの胸に、冷たいものが流れた。
あの夜、スラムで見た青年——レオン。
彼の瞳には、確かに“Elysion”の印が宿っていた。
もしそれが本物なら、アーガスノルンが葬ったはずの“実験体”だ。
(……まさか、まだ生きていたなんて)
ヴァルドが椅子から立ち上がる。
ゆっくりと歩み寄り、彼女の肩越しに囁く。
「忠告しておきましょう、エリス議員。——アーガスノルンは、逸脱を許さない。あなたの立場を失いたくなければ、沈黙を選ぶことです」
エリスは彼の目を見た。
その奥には、わずかな愉悦の色があった。
「……私が何も知らないと思ってるのね。議会都市の裏で、あなたたち監察局が“どんな実験”を続けているかも」
一瞬、空気が凍りつく。
ヴァルドは無言のまま、再び席に戻った。
「面白い冗談ですね。議員ともあろう方が、虚偽報告を口にするとは」
「冗談じゃないわ。あなたたちが“人間”をどう扱っているか——私は全部、知ってる」
ヴァルドは口角を上げる。
それは笑みというより、捕食者の“確認”だった。
「では、証拠をお持ちですか?」
エリスは答えない。
その沈黙を、ヴァルドは“敗北”と解釈したようだった。
「——尋問は以上です。ですが……あなたの通信は、今後すべて監査対象とさせていただきます」
電子ロックが解除される音。
扉が開くと、外の白い光が流れ込んだ。
エリスは一歩、踏み出す。
背後でヴァルドの声が再び響く。
「議員……。あなたが、あの“少年”に情をかけぬことを祈りますよ。感情は、最も高価な毒ですから」
——扉が閉じた瞬間、エリスは深く息を吐いた。
彼女の掌の中には、小さなメモリチップが握られている。
“Elysion”と刻まれた黒いデータキー。
これが、すべての始まり——そして、破滅の鍵だった。




