17.残滓
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1月9日分①
一夜明けて。
異常海流によって、本土から三キロ先にまで移動してきたツェーシマ島に、俺たちは滞在していた。
とんでもない激闘で、このあたりの魔力やら瘴気やらは乱れに乱れたのだ。
この土地の魔力が安定するまでの間は、それを治められるヒナとヴァートと共に、この地へ滞在しなければならない。
流石に激闘続きのため、その期間を休養期間に当てることにした。
「つーことで、休みに来たぜイア」
「どうも。よくぞお越しくださいました」
彼女の祠を訪れる。
洞窟内は先日と同じだ。厳かな神殿のような空間だった……が、少しだけ違うところがあった。
「みなが見舞いの品として、作物や果実を持ってくるのです。それも連日。ですので、どうぞ」
「おぉ。ありがたくいただくよ」
「皮は剥きましょう。得意ですので」
「ん。じゃあ任せた」
奥の台所(?)に立ち、イアと二人で果物の皮を剥く。
俺が水洗いしたものを手渡すと、緑色の小型スイカみたいな果物はたちどころに丸裸となった。
彼女の顔は、出会ったときと同じ、無表情だ。
だけど少しだけつきものが落ちたのか。大きな瞳を若干ぱちくりとさせている。
「なんですか?」
「いや、なにも。……さ。こんなもんで良いだろ。話そうぜ」
「そうですね」
そうして。
俺は今朝方、ヘリオスちゃんから聞いた話を伝えた。
話を聞いたイアは、そうですかという言葉と共に、静かに頷いた。
「……イーグルが最後に選んだ土地が、イッキー島だった、と」
「勇者の遺体を隠していたのは、まさかの勇者本人だったってわけだ」
ここからはヘリオスちゃんの推測だ。
あの幼女勇者、イーグル・レインラップは。
自身の寿命を悟った後、過去に自分が聖剣を捨てたツェーシマ島を思い出した。
ただ、今更回収しに行くのもなと思った彼女は、その近隣の島であるイッキー島を選択。そこに自分自身を眠らせる決意をした。
「では……、最後にみなが見た、イーグルの姿は……」
「霊魂って言って伝わるのかな。えー……、魂の残滓みたいなもんだ。正真正銘の本人じゃあ無い」
「そうですか」
イーグルの魂がとっくの昔に消滅しているのは、天界にいるヘリオスちゃんや他の神々は知っていたそうだ。というか、そうでなければ、次の勇者が生まれていないとのことで。
勇者・イーグルのあとも、何代も勇者は続いている。
ということは。
少なくともイーグルは、あの島で亡くなったのである。
「そうですか。……こんなにも近くに」
「これもヘリオスちゃんから聞いた話。
魔王軍との戦いで、お前を使わなかったのはさ。たぶん勇者・イーグルは、お前の身を案じて、あえてこの島に残して行ったんじゃないかって」
「あえて……ですか?」
「推測だけどな」
天界情報によると。
勇者・イーグルが戦っていた魔王は、これまででも一番強いとされる怪物だったらしい。
その魔王との戦いにおいて、勇者は、魔王と撃ち合っても『破壊されない』剣を選んだのだとか。
「それが……魔剣?」
「……なんだってさ。俺もよく分かんないんだけど、どうやら聖剣の放つ聖なる力と、魔王の放つ魔の力は、相性が悪いんじゃないかって話でな?」
純粋に、強い・弱いの話ではなく。
清いか悪いかの、相性の問題。
「『魔』と撃ち合うには、同じ『魔』を持つヴァルヒナクトでなければならなかったとか。そうでなければ、聖なる力を持つイアは、破壊されていた」
「――――」
「でもまぁ、勇者はあんな性格っぽいし。素直には言わなかったんじゃないかな?」
「まったく。最後の最後……、いや、終わっていても、面倒な方ですね」
イアは目を伏せ、静かに笑った。
俺も密かに唇を歪ませる。
「面白い推論を、ありがとうございました」
「いや、どういたしまして」
そう。これは限りなく確定に近い推論だ。
本人に確認しようがない以上、どこまで言っても推測の域を出ない。だから、この話はこれで終わり。
未曾有の災厄から人類を救った最強に免じて、これ以上掘り下げるのはやめておこう。
「さて、コースケ殿」
「殿ときたか……。おう、なんだ?」
「私はこうして、ただの人間になりました。聖剣でも何でもない。ただ、人より少しだけ老いにくく、僅かな神聖さを残しただけの、ただの人間に」
「そうなのか」
「はい。空を飛ぶことも出来ませんし、魔法を放つことも叶いません。重い物は運べませんし、関節も痛くて冷え性です」
「お年寄りじゃん……」
「そうですね。そうかもしれません」
相変わらず表情を変えずに頷くイア。
だけどどことなく、言葉尻が柔らかいような気がした。
「ですから私が持っていた力は、あなたが背負うその剣に、全て入っているはずです」
「……ああ」
「聖剣・イアを、よろしくお願いしますコースケさん」
「……託された」
背中にさした剣の重さを、今一度確認する。
選ばれし者ゆえか、羽のように軽い。ともすれば存在を忘れてしまうのではないかというほどに軽くて、重い剣。
「その剣は、これまでもずっと、世界を救う者の手に渡ってきた伝説。魔を払い、邪を倒し、悪を裁き、世を救う。そのための権能を手にしたあなたは、はっきり言って無敵でしょう」
「無敵、かぁ……」
「ですがあなたは知っているはず。無敵程度では倒せない者も、この世にはごまんと存在しているということに」
「……そうだな」
得体のしれないやつは、まだたくさん居る。悲しいかな、どれだけ準備をしても、まだ足りないのだ。
特に、俺たちの目標を成就するには。
「頑張ってください、コースケ殿」
「イア……」
「頑張って頑張って、頑張りぬいた先に。愛する者との結実が、きっとあなたを迎えてくれるでしょう」
彼女はそう言って、静かに微笑んだ。
その笑顔は。真っすぐで神々しく、曇りのない輝きを放っていて。
とても、聖剣のようだと思った。




