16.散り際
高きより――――二人の影が落つる。
落下する。
落下していく。
体感的には二分にも満たない落下速度。
聖剣・イアと共に空へと飛翔したコースケ様は、まるで流れ星のように、水面へと墜落しようとしていた。
「ラチカ……、何か手は……⁉」
「そんなもんないわよ!」
というか、どうにか出来るのならとっくにコースケ様が何かやってるはずだ。
それが無いということは、手にした魔剣も、落下する二人にも、手立てはないということで。
「くっ……!」
このまま水面へと叩きつけられたら、確実に二人とも海の藻屑と消えてしまう。
今の私たちに出来ることと言えば、島民たちがこれ以上変なことをしないよう、見張っていることだけだ。
「イッキー島の信仰心は、ほとんど消えかけているから問題ないか……」
「でもそれじゃあ、尚更どうしようもないじゃない! イアに助けてもらうことすらできないってことでしょ⁉」
例えばコースケ様が、中空でイアを懐柔したとしよう。
しかしそれでも、イアにコースケ様を助ける手段はないと来てる。
「くっ……! ボクらにはどうすることも……えっ?」
「な、なに……?」
狼狽する私たちだったが、その周辺から、一気に魔力の高鳴りを感じる。
これは……、島民たちの、ビキニアーマー兵たちの力?
「あのお方を……助けてください!」
「お願いします……! 私たちを救ってくれたのです……!」
「光をくれました……! 救いの手を差し伸べてくれました……!」
「イア様があの島に居てくれたから、私たちは幸せだったのです……!」
「アンタら……」
みな、思い思いに手を宙へと掲げる。
その掌からは、イアに授けられたであろう魔力エネルギーが、次々と放出されていく。その証拠に、ビキニアーマーが一人、また一人と、次々に解除されていた。
「イア様を!」
「我らが聖剣様を、お助けください!」
そしてその魔力は。
中空に大きな球体として集まっていく。
ふよふよと柔らかく浮いた、巨大な卵白のような魔力体は、ゆるやかにこちらへと流れてきている。
「もうこれを受け取れるのは……」
「体力的に見て、私らしか居ないってことね……」
シャールと目を合わせて、頷く。
「まったくアンタらも、馬鹿よね」
最初は、聖剣の輝きに中てられた。
そして途中、本人の望まぬ形で、歪んだ思想を広めていった。
自分たちの、利己的な理由のために。
だけど。その根っこの根っこの深い部分。それは――――
「簡単な話。アンタら、あの聖剣が大好きだったんでしょ」
なんとしてでも。歪んだやり方だと分かっていても。
あの聖剣が望むことを、叶えてやりたかったんだ。
「これだから……信者は厄介よねシャール?」
「フフ……。そうだねラチカ」
中途半端な志しか持ってなかった私からしたら、とてもまぶしく映るわよ。
とても格好いい、信仰心だ。
「使うわよ」
私が島民たちに問うと、一同は揃って頷いた。
彼らがもう、聖剣の力を使うことは無い。つまり、あの島のために戦えることは、この先も無くなったのだ。
ビキニアーマーの力を返したところで、この一時、イアを救えるだけ。
次の瞬間には消滅しているかもしれない存在を――――助けることを選んだ。
「……格好いい島民たちだね、ラチカ」
「そうね。本当に」
「そしてそのカッコよさを任されるボク。うん、とても格好いい」
「そうね。台無しよ」
まぁそれも、シャールっぽいか。
「この力を使ったら、私たちもどうなるか分からないわ。いいの?」
「いい。――――いいさ」
「そうなの? ……愛しの私がどうなるかもわからないのに?」
「……気づいていたんだね」
「気づかないわけないでしょ。相棒だもの」
「そうか。……そうだね」
少しだけ、笑い合う。
でも時間は待ってくれない。
この瞬間に、未来を決める。
私と彼女だけの、三秒だけの黄金時間だ。
「いくさ。キミとならどこにでも」
「そうね。じゃあ、行きましょ」
笑って。
ソレを、手にすると、決めた。
流れるようにゆっくりと、時間は動き出す。
「信じる者は、救われる」
「では、救おう。信じる者を」
何度も口にした文言を告げて。
互いの手と、魔力を、重ねる。
それと同時。
魔風が舞った。
「――――ッッ!」
「…………これはッ!」
力が溢れる。
全身の血管すべてに魔力が流れているような、今なら何でもできてしまいそうな、そんな全能感が駆け巡る。
軽く足に力を入れる。それだけで、私たちは砲弾のように発射された。
「おぉぉぉぉッッ!」
「はぁぁぁぁぁッッ!」
目指すは、一メートル上空のコースケ様たち。
海面まで、もう五十センチ。もう一センチ。あと、数ミリ。
波間が一瞬揺れたそのとき。
コースケ様と聖剣・イアの身体は、私たちの手によって救出されたのだった。
「――――ッセエエエエエエエフッッ!」
「あ~~~~~~こっわぁぁぁぁッッ! もう絶対こんなギリギリの任務やらないからっ!」
「二人とも……助かったよ……」
「――――、…………、」
苦笑いのコースケ様と、うつろな瞳のイアが宙を舞う。
そしてほどなくして、地上へと着地したのち。
横たわったままのイアの元に、島民たちが駆け寄ってきた。
「イア様! イア様、ご無事で⁉」
「しっかりしてください! お願いします!」
「私たちは、あなたがいないとだめなんです!」
「わたし……は……、でも……、もう……」
救う力はないと言ったことを、唇の動きでなんとなく把握した。
だけど島民たちは、止まらなかった。
「そんなこと――――どうでもいいんです!」
「……え、」
「そうです! あなたはもう、立派なツェーシマ島の一員なんですから!」
「――――」
横たわるイアに、大粒の涙がどんどん降り注がれる。
それを見て、彼女は僅かに目と唇を動かした。
「あなた……たち……は……」
さっきの発言で、十分に理解した。
島民たちは見てきたのだ。
イアが、ただの救世主では無かったことを。
人々と共に在り、共に生き、短い期間だが、確かに育んだ絆があったことを、見ていた。
「ありがとう、信じてくれて……。ありがとう、私と、営みを続けてくれて……」
イアの言葉が空へと消えていく。
そうして。
――――そうして私たちは。偶然という、あるいは必然という奇跡を、目の当たりにする。
【なァんだ。お前、そんな不思議なことになってたのかよ。ウケるなァ】
「――――、……ぁ、」
【今わの際だから、自由に飛んで来てみりゃァ、こいつはびっくり。お前の方が散り際とはな。ヒャッハッハッ!】
それは。
一つの生態系の、頂点だった者。
人類における生命の天井。天も地も揺るがした、恐るべき、一介のニンゲン。
【弱えところは、昔ッから変わってねぇなァ】
そこには、魔力の塊で形作られた、あまりにも力強過ぎる存在が居た。
立っている。あるいは浮いている。
どちらか分からないほどの存在感。
生命がそこに居るという、圧倒的な存在感が沸き立っていた。
「ゆう……しゃ……。いえ……、イーグル……」
【よう、おひさ】
ゆらめく不知火のような。淡いランタンのような。
荒々しくも、美しすぎる幼女の矮躯。
世界における伝説を、私たちは今、目の当たりにしている。
これが……、歴代勇者の中でも、最強とうたわれた、ビキニアーマーの幼女勇者……!
彼女の姿に、コースケ様含む全員が言葉を失くし、立ちすくんでいる。
颯爽とこちらにやってきた彼女は、【ククク……】と喉を鳴らしてイアを覗き込む。
【近くに居たからなァ。偶然っちゃあ偶然だが、まぁ、ここを選んどいて良かったぜ】
「なに……を……」
【――――ハ。最後にいい面見れたぜ。生きとくもんだな五百年】
死んでたけどと、よく分からない軽口を叩いたかと思えば。
彼女の小さな矮躯が、神々しく輝いた。
【ンじゃな聖剣。それじゃな世界。このワタシ様、イーグル・レインラップは、今度こそ綺麗にこの世を去るぜ】
いったい誰に向けた言葉なのか。
彼女は無駄によく響く声で別れを告げ、イアをしばらく見た後――――実体は急激に薄れていく。
「…………イーグル!」
【ヒャッハッハ! じゃあなイア。お前と過ごした四か月は、あとの五百年を、ず~~~~~っと飽きさせない、――――いい思い出になったぜ】
そうしてゆらりと消えていく。
どんどんと炎のようなものは薄れ、幼女のような無邪気な笑顔を見せたとき。
はたと何かに気づいて、横を見た。
それはコースケ様のほうだった。
【――――お前が、今代の勇者か】
「え……? いや、俺は……」
【気張れよ】
「は……」
【ワタシ様がせっかく守った世界だ。せいぜい気張って、繋げよ】
「…………」
背中越しに、やたらニヒルな笑いが見える。そして今度こそ、青白い魂は消滅していった。
「行っちまった……」
「コースケ様、それ……」
気づけば彼の手には、聖剣・イアが握られていた。
もちろん、イア本人はずっと横たわっている。
気絶したようだが、呼吸はしている。どうやら一命はとりとめたらしい。
「まったく……、バトン替わりのつもりかよ」
「え?」
つぶやく彼の横顔を見ると。
ずっしりとした重みを感じると共に、決意を秘めているようだった。
「平和にするさ。……ベルのためにも、な」
こうして、聖剣・イアを取り巻く、超局所的地域で起きた、小さな小さな大事件は、幕引きとなったのだった。
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