13.チェンジ・ザ・ワールド
ヴァルヒナクトは二振りに分けられた。
一つは、勇者と共に生きたという経歴を元に作り出された、光の人格であるヒナ。
もう一つは、魔剣そのものの在り方がカタチとなった、闇の人格であるヴァート。
では力配分はどうなったのかというと。
元々の魔剣の力を百とした場合、五十ずつに分かたれたのかと言えば、否だ。
その答えは、分配方式なのだそうで。
青白い刃の魔剣が七十のきもあれば、漆黒の鎌を九十にしているときもある。
場合によっては、どちらかが完全に役立たずになるときもあんだよねと、軽く笑う彼女たち。
その日の気分によって決めているみたいで。
じゃあさ、と、軽く聞いてみたことがある。
どっちかが百、どっちかがゼロってことも、あるのかと。
すると二人は笑って答えた。
ソレ、元のヴァルヒナクト状態じゃんね、と。
たしかにその通り。
元々魔剣・ヴァルヒナクトは分かたれていないわけだし。
今みたいに人格が分離していることこそが、イレギュラーな状況なわけだ。
二人の方が便利っしょ? 二人の方がお得っしょ?
二人はそう、冗談めかして笑う。俺もそうだなと笑った。
じゃあさ、と、更に軽く聞いてみる。
どうしても、その一瞬に百の力が必要な場合は、一つに合わせることができるのか、と。
すると二人は、できるよーと、軽く答えた。
ただその場合は~、ヴァートに任せることになるかな~と、ヒナは言う。
それなと、ヴァートも続いた。
それはどうしてだ?
ん? あ~、前にちょろっと話したじゃん? 魔剣としての在り方のハナシ。
魔剣・ヴァルヒナクトは、名目上、魔『剣』と言っているだけで。
正確には、剣でなくともいいのだと。
この世界における、最強の破壊兵器。その冠名のようなものなのだと、言っていた。
だからカタチは、剣でも弓でも槍でも何でも――――鎌でもいい。
人の命を根こそぎ刈り取る、そんなイメージの、黒い鎌。
おそらくそれこそが、最強の武器である、証なのかもと二人は笑って――――
目を合わせた。
「ヴァート……、任せていい?」
「……おっけ。いいよ」
そんな会話を交わした後。
俺のフラッシュバックと共に、二人の身体が闇色に染まった。
「なに……」
赤と白の巫女は呟く。
そして眼前で巻き起こった光景に、目を見開いた。
「これは……⁉」
「【ん~……、たぶん、イケるっぽ~……】」
金属音が混じったような、ところどころキンキン響く、ヴァートの声が聞こえる。
「へへ……。任せたぜ~ヴァート☆」
「【おけ~……。うーわ、からだおっもぉ】」
力を全て明け渡した代償か、ヒナは力なくその場に座り込んでいた。
ギャルギャルしい言葉遣いや、ゆるい空気感は日常と変わらない。
しかし纏っている魔力量は、いつもの比では無かった。
ヒナはゼロ。ヴァートは百だ。
今のヴァートは完全体の、魔剣と言っていいだろう。
「【魔剣……始動……】」
つぶやいて。
ぐぉん、ぐぉぉん、と、長い鎌をゆっくり回し、ゆらりとヴァートは揺れた。
長閑な丘に立つ風車のようだ。
ゆっくり、ゆっくりと、長柄の獲物は旋回し続ける。
そしてその回転は、どんどんと遅くなっていき――――地面と水平のところで動きを止めた。
「【――――いくよ】」
「……ッ」
静かな声が響くと同時。
ヴァートの身体が、消えた。
「……ッ」
その一瞬の後、ヴァートの健康的な褐色肌が、イアの背後に現れた。
首筋に鎌があてがわれ、彼女は容赦なくそのエモノを引く。
「くっ……!」
「【躱すじゃん?】」
「これしき……! くぅッ⁉」
身を捻り躱すイア。しかし迫る、高速の追撃が四撃。
凪、振り下ろし、突き、――――ブン回し。
リーチも軌道もばらばらの攻撃に、イアは回避することで精いっぱいのようだ。
「舐め――――るなっ! ……なっ⁉」
「【真面目だよアンタは。とても真面目。……だから、読みやすい】」
ノーモーションによる必殺の突き。
空気を裂き、大気を割り、時間が飛んだのではないかと錯覚したほどの突きだった。が、ヴァートはその動き自体を読んでいたようで。その軌道上から完全に身を離していた。
「【真面目でかぁいい……アリぴと一緒~。たぶん気ぃ合うよ、アンタら……】」
そう。学ぶのは何も、俺だけじゃない。
彼女らだって学ぶのだ。レベルアップし、成長する。
引き出せる力は変わらないかもしれない。
しかし、戦闘方法や戦術を学ぶことで、――――時には日常会話からも学ぶことで、適応できることを増やしていく。
「まぁこれも、コーにゃんのお陰だけどね☆ こういう学び方すればいいんだ~って教えてくれたからだし」
「だとしたら……、学習能力が高すぎるなぁ……」
俺が教えたのは、勉強方法だけだ。それ以降のアレンジは、彼女たち独自のもの。
やっぱ強い奴らは、何させても強いようん。
俺の仲間は頼れるやつらだらけだ。とてもありがたい。
「【最後の締め……いくよっ】」
「――――、」
闇が蠢く。呼吸は沈む。
膨れに膨れ上がった、瘴気とも思える魔力は、この海沿い一帯を包み込むほどに肥大する。
「……舐めるなッ!」
「【……ッ⁉】」
「信仰心の力よッ! 我が身体に集まれッ‼」
それは、イアが残していた最後の一手。
意図的に島に残していた者たちを呼び寄せ、控えの魔力を分け与えてもらうという、緊急充電手段だった。
「か――――あぁぁぁぁぁッッ!」
島が鈍色に光り、そして、イアの元へと急速に魔力を放出させていく。
あの島はもはや、イアの信仰と共に在る場所だ。
イア専用の魔力を蓄えることで、予備電源のようになっていたのである。
「成す……! 絶対に成す! 私は負けませんッ!」
「【おぉぉぉぉッッ!】」
「はぁぁぁぁぁッッ‼」
瘴気と魔力と、意地と気迫を纏った両者の一撃は。
この海域全てを飲み込んだ。
衝撃で空気は揺れる。
斬撃で大地は割れる。
重戦車同士の激突は、まるで世界そのものに罅を入れたかのようだった。
そして。
土煙が晴れる中。
立っていたのは――――イアだった。
「か……はッ……!」
次の瞬間。
ごぶりと、逆流した血液を吐き出すイア。白い巫女装束に、鮮血が飛び散っていく。
「あな……た……っ」
「……へへ♪」
ヴァートは、イアのすぐ足元に横たわっている。
そしてそのすぐ後ろに――――ヒナが立っていた。
「して……やられました……ね……。土壇場での入れ替わり……。見事です……」
「何が……起こったんだいコースケ様?」
「私らには、二人が激突したところまでしか見えなかったんだけど……」
「…………ッ!」
動体視力が上昇したこの目は、全てを捉えていた。が、正直理解する脳の方が追い付かない。
今しがたアイツらがやったことを理解した俺に、遅れて戦慄がやってくる。
「最後の最後で……、百とゼロを入れ替えやがった……!」
「……え?」
激突するその瞬間までは、ヴァートが百の力を持っていた。
しかしイアが力を高め、ヴァートと激突する瞬間――――ヴァートはヒナに全ての力を移動させた。
そうすることで、イアの打ち合いのさいに込めるタイミングを、ズラしたのだ。
「【そのための、二人だからね☆】」
そんな風に、百のヴァルヒナクトの力を宿したヒナは、笑う。
一瞬のタイミングを突いて、鎌ではなく、剣の一撃を食らわせていたのだ。
「それにしたって危ねぇな……! イアの一撃が放たれたとき、超至近距離にもかかわらず、ヴァートの力はゼロの状態だったんだろ⁉」
ちょっと頑丈なニンゲンくらいの状態だったのだ。
その至近距離でイアの一撃が放たれるとか……。
僅かにかすっていただけでも、身体は無事ではなかっただろう。
「ま、ね~……。賭けだったよん~……☆」
「どうしてそこでア●顔ダブルピースをする⁉」
危機感がねぇなぁもう!
「……まぁ、あーしはアタシを信じてたってトコかな~」
「ん? うへへ……。あんがちょ☆」
「あーあ、あまりにも一緒すぎるわアンタとは。やっぱ一人称、あーしに戻そっと~。そっちのがあーしらしいし」
「そ? 古いとか気にしてなかったぁ?」
「いいの。だって、アンタだってそうするっしょ?」
「もち☆ 好きでこの言葉喋ってんだし♪」
「だ~よね」
……。
なんか、ヴァート悩んでたっぽい? そしてそれをヒナが解決したのかな?
「はいはいコースケ様。情緒とかぜんぜん理解しないアンタには、たぶん無縁の世界だから」
「彼女たち同士でしか分からない色々があるのさ。こちらが考えるだけ野暮というものだ」
「そ、そういうもんか……」
よく分からんが、何かがうまく回ったんだな? ならよかったですね!
「しかしこれ、ご褒美ははずんでもらわないとな~」
「だねぇ♪ さぁて、どこ触ってもらおうかな~♪」
「まったくお前らは……」
やれやれと、二人のやりとりを見守る。
しかしそれと同時。
ボロボロで立ちすくむイアより、唸り声が聞こえた。
「Rrrr――――LyRRRrrrrrrrrrッッッ……!」
「……ッ⁉」
俺たちは一斉に彼女へ振り返る。
大勢は決したはずだった。
「すでに決着はついてたよね⁉」
「あたりまえじゃん⁉ イアの魔力は尽きてンし」
ヒナとヴァートの言葉に、俺も頷く。
そのはずだ。危険が完全に去っていないのにも関わらず、呑気に談笑する二人ではない。
「支配下にあるはずの住民たちの格好は、ビキニアーマーから普段着に戻っている。しかし……、聖剣・イアに魔力が宿っている……⁉」
「しかもこれは、これまでの魔力じゃねーよコーにゃん! どっか違うところからの……、新しい魔力だ!」
ごうごうと、青空に風が舞う。
イアの周りを渦巻く魔力は、呼び起こされた大風とこすれ合い、不思議な金属音を孕んだ音を奏でていた。
俺は――――これを、聞いたことがあった。
「ヒナが暴走したときの……!」
「あ~……、アタシあんなんだったわたしか……」
「あーしもなんとな~く記憶にあるよ~な……、見てたよ~な……」
「何でこんなトンデモ事態を既に経験済みなのよアンタら⁉」
「地獄をくぐってるねえ……」
ラチカとシャールのツッコミもそこそに、俺たちは本格的に仕切り直す。
くそっ! いったいどうなってやがるんだ。
先ほど繰り広げられた、ヒナたちの一か八かの作戦をのぞけば、概ね予測通りだったってのに……!
それに、イアのこれから先の思惑だって読み切っている。だけどこれじゃあ、読んでようが関係ない。この場で全員殺される……!
俺が混乱していると、シャールがぼそりと口を開いた。
「……コースケ様は、たしかにイアのコトを読み切ったと思うよ」
「シャール?」
「でも……、人外のことは読めても、信者のことまでは読めなかったってことさ……」
「どういう――――あっ⁉」
イアの後方に並ぶ、ぼろぼろの島民たちを見やる。
そいつらは、
とても――――良い笑顔を浮かべていた。
「何かを成すために、そして何かを信じて、徒党を組む。それが、信仰心を持つ者だ」
「まさか……」
俺の疑問にシャールは頷く。
「間違いない。魔力……いや、信仰心の予備だ。
ここから少し離れたところにあるイッキー島。そこにも、信者を増やしていたんだよ!」
「……ッ!」
こうして。
聖剣・イアの世界は、大きく塗り替えられることになる。
自身で増やしに増やした信者の。
予定外の行動によって。
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