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第九十六話 三人の旅路

 ジストヘール荒原はアトシア大陸の中央に広がる人を寄せ付けない大地だ。


 そこはかつて神話戦争においてハイドとアイルが激突した場所でもある。彼らの戦った理由は二柱の神しか知らない。


 そして、その時代に生きた者達は、互いに信じる神のため命を賭して戦い死んでいった。


 だがこの戦いは後の世に語り継がれることはない。時代の流れで失われたのか、語る人間がいなかったのか定かではない。


 しかし、この地に刻まれた死と大地の叫びは色濃く残っている。

 かつて命溢れる草原と言われた大地は荒れ、死の荒原へと変わり果てた。


 ストルク王国とセレシオン王国に挟まれる形で位置するこの荒原は、北はパテオ山脈、南はサントルネ大森林で覆われている。この大森林は人の出入りがほとんどない。


 各国を結ぶための森林道は作られているが、それでも目的なくこの森林を進む者はいない。


 そんな森林の中を迷いなく進む三人組がいた。

 全員が旅用の黒いローブを着て、足元に注意を払いながら歩いている。


 数日前にセレシオン王国を出た彼らは、雇い主である少女から新たな指令を受けて行動していた。その仕事を遂行するため、三人は黙々と森林を突き進んでいく。


 三人の間で会話は少ない。会話と言っても調達した食料や、現在位置、計画の進行などを確認し合うだけだった。


 しかし、元々人と話す仕事を受け持っていた一人は、しびれを切らしたように話し始めた。



「全く、主人が変わってもこき使われることに変わりはないのね。森林を抜けるだけじゃなくてアルの居場所も探れ、だなんて」


 気怠げに話す女は、たまったもんじゃないわ、と言いたげに足元に落ちていた枯れ枝を踏み砕く。折れた枝は弧を描きながら茂みの中に消えていく。


 それを聞いていた残りの二人は軽いため息をついた。


「そう文句言うなサーシャ。本来なら問答無用で息の根を止められても文句は言えないんだぜ。生かしてもらってる時点で感謝しないとな」


 一呼吸置いて男の野太い声が発せられた。男はわざとらしく胸に手を当てて王国騎士のような振る舞いをした。


 サーシャと呼ばれた女はそれを見て小さく舌打ちした。


「あんたはそれでいいんでしょうね。新しいご主人様は可愛らしい女の子なんだから。ねぇ、ベルボイド?」


 サーシャはため息を吐き、鬱陶しそうに近くの虫を払いのけた。その荒々しい仕草からは彼女の苛立ちが現れていた。


「ま、それは否定できないな。アルは仕事はできるが、他が全部だめだ。狂いすぎてやがる。たぶん、ケニスの戦争で大事なもん全部落っことしてきたんだろうがな」


 ベルボイドは大げさに両手を広げて伸びをし、かつての上司の評価を語った。


「それに対して、リジーはまだまともだ。確かに狂ってる部分はあるが、辛うじて人の心を残している。それに、アルと敵対するなんて面白いじゃねーかよ」


 今の現状を心から楽しんでいるのか、ベルボイドは指を弾いて鳴らしながら言った。


「あんたも大概ね。フィオはどうなのよ。あんたが一番よく知ってるんでしょ?」


 ベルボイドの熱弁を呆れたように見たサーシャは、無言で歩くもう一人の仲間、フィオに声をかけた。

 そのフィオはちょうど水で喉を潤しているところだった。



「……そうね。リジーは見ていて飽きないわ。少なくとも王都に来てからはずっと成長しているからね」


 水の入った皮袋を腰に戻しながら言い、今度は剣で眼前の枝葉を切り落とした。


「王都に来た当初は復讐以外に考えがない獰猛な獣みたいな子どもだったわね。でも多くの人と関わって、すぐ人に戻っていったの」



 フィオはサーシャとベルボイドを交互に見て話した。そして二人が何も言わないのを確認するとさらに続けた。


「でもそれは彼女が別の意味で成長しただけだって最近気づいたのよ。本音は内に隠し、アルのようにより狡猾に動くようになったというところかしら」


 そう言うとフィオは満足そうに笑みを見せた。

 彼女自身は気付いていないが、それは成長する子どもを見るような優しい表情だった。


 それも横目で見ていたサーシャは深くため息をつき首を振った。



「あんたに聞いたのが悪かったわ。何よ二人してリジーのこと気に入ってるのね」


「そりゃあね。与えられる命令は難易度は高いけど、彼女の方から裏切ることはないからね。信頼してもらえるとつい力を貸したくなるのよ」


 サーシャが呆れたように言ったが、それを見たフィオはどこか嬉しそうに返した。ベルボイドは後ろを振り返り、その様子を不思議そうに見つめていた。


「フィオ、お前まさかとは思うが移ってないだろうな?」


 ベルボイドの難色を示したような口調にフィオは身動ぎした。彼の言ったことに自覚があるのか、彼女は口をきつく結んですぐに答えようとはしなかった。


「分かってるとは思うが、闇に生きる人間が主人に対して感情を持つのはご法度だ。俺たちは生き残ってこその存在だからな」


 ベルボイドは大きなツタを切り取って言った。


 情が移ればいずれは主人のために命を張って死ぬことになる。

 それは長い歴史の中で幾度となく起きたことで、情を移す行為は極めて危険である、と刷り込まれているのだ。



 彼にその指摘を受けたフィオは反抗的な目を向けて言った。


「そのぐらい分かってるわ。これはただの願望よ。あの子にはいつか幸せになって欲しいって言うね」


 フィオは不機嫌を隠すことなく頬を膨らませた。普段ムキにならない彼女だったが、この時ははっきりと感情を見せていた。



 それを見てベルボイドは何かを言いかけたが、喉から変な音を出して押し黙った。

 だが、彼が言いかけたその先はサーシャが引き継いで言った。


「フィオ、それはもう紛れもない感情よ。あんた、まさか覚悟決めてるの?」



 フィオはサーシャが覗き込むと笑った。優美な音色を乗せた笑い声は二人を驚かせた。


「自分でも不思議だけどね。私はもう決めたのよ。あの子のためなら命をかけるって。そう言うサーシャはどうなのよ?」


 頬を赤らめたフィオは誤魔化すようにサーシャに聞いた。

 話を振られたサーシャは首がちぎれる勢いで横に振った。



「私まだ雇われて数日しか経ってないのよ? そりゃリジーには感謝してるけど、それまでの関係よ。あんた程踏み込むつもりはないわ」


 明後日の方を向いて鼻を鳴らしたサーシャは、すぐに話題を切り替えるように言った。


「そ、そう言えば、アルの住処ってどこなのよ。ベルは何か知ってるんでしょ?」


 彼らが受けた次の指令は「灰」のアジトの情報を持って帰ることだ。


 実はこの三人はそれがどこにあるか知らない。アジトに向かうときは、ジストヘール荒原から目隠しをして連れて行かれるからだ。


 名前を呼ばれたベルボイドは小さく肩をすくめて言った。


「パテオ山脈のどこかってのは景色で覚えてるが、それ以上は分からん。ある程度目星はついてるから、一つずつ見ていくしかねーな」


 森を抜ければジストヘール荒原が待っている。そしてそこを超えた先のパテオ山脈で彼らの地道な探索任務が始まるのだ。


 旅の行程を説明したベルボイドは二人を先導するように先を歩いていった。


 フィオとサーシャは顔を見合わせ、諦めたように視線を下に戻す。

 そして、結局は無計画の行程じゃないの、と彼女達は心の中でそう呟いた。

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