第九十五話 少女達の日常
リズ王女の技量を確認した私は、彼女の訓練をどう進めるか一晩考えることになった。
シーズとジークは訓練場で暴れまわったらしく、夜になるとぐっすり寝てしまった。そのおかげでじっくり考えることができた。
リズ王女の魔力操作はすでに一人前の魔法剣士と同じ実力だ。
魔力強化は全身の強化に少し時間がかかるが、強度は普通の訓練に耐えられる程度はあった。
ただ、持続時間が短いので、当面は魔力強化の時間を維持する訓練が必要となる。
私がベネスに戻っている間はその訓練を一人で進めてもらうことにした。
そして、私が王都に戻れば本格的な訓練を始める。進め方も私と似たような内容にするつもりだった。
私の帰省は数日後を予定しているが、今日のリズとの訓練はお休みだ。
というのも、今日はシェリーに魔力を渡す日なのだ。
私の魔核と融合したシェリーは定期的に私から魔力を受ける必要がある。
間隔は決まっていない。しかし、魔力の減りを互いに認知できるので、示し合わせたようにシェリーは私の部屋へとやってくる。
その魔力の供給は意外と簡単だ。
互いの魔核を繋ぐ回路を開き、そこに魔力を流し込むだけでいいのだ。
私の魔核と融合しているので、面倒な魔力の変換も必要ない。
今日も私のベッドに座るシェリーに触れて、私は魔力を数日分渡していった。あまり多く渡し過ぎても彼女が扱えなくなるので適度な量を流したところで止める。
「ふう、こんなところですね。もう目を開けていいですよ……シェリー?」
私が離れても彼女は身じろぎもせずに目を閉じたままだった。
不思議に思って呼びかけていると、その頬が徐々に赤くなっていった。そして、シェリーが目を明ける頃には耳まで真っ赤だった。
「シェリー? どうしましーー」
「何て……何て羨ましい記憶なんですの! ジークさんと塔の上で語らうなんて!」
シェリーの肩に手を置こうとしたところで、彼女はかっと目を開いて私に飛びかかった。
彼女の予期せぬ行動に、私はされるがままベットを転がる。そして、仰向けで止まったところで、シェリーは私に馬乗りになった。
上から垂れる滑らかな栗色の髪が私の頬をくすぐった。セテミルの香りが彼女の髪から漂ってくる。
私の上にいるシェリーは目を見開いて私を見下ろしていた。頬も少し膨れている。
「私の記憶でも見ましたか?」
魔力を渡す間は私たちは魔核の回路を開いている。そのため、互いの記憶や考えていることを送り合うことができるのだ。
ただそれをやり過ぎると意識の混濁が起きる危険もあるので、特別なことがない限りは止めるようにしている。
さっき魔力を送る時に間違えて記憶も送ってしまったかもしれない。
念のため確認すると、シェリーは両手で顔を煽ぎながら言った。
「見るつもりはありませんでしたわ。でも強引に送られては見るしかないですのよ!」
……やはり私の手違いで記憶ごと魔力を送ってしまったようだ。
シェリーに送られたのはジークが私に騎士の誓いをした場面らしい。前回はうまくいっていたから油断した。
「まだ回路の操作は慣れないですね。次はもう少し気をつけますね」
シェリーが落ち着き、馬乗りから解放されたところで謝った。こればかりは私が操作に慣れるしかない。
私の反省にシェリーはしきりに頷いて言った。
「ええ、ええ、気をつけてくださいね。こんな悶えそうな記憶、何度も見せられたら身が持ちませんわ」
シェリーは胸に手を当てて深呼吸した。さっきまで真っ赤だった顔も、いつもの健康的な肌色に戻っていた。
そして彼女が落ち着くと、不意に静寂が訪れた。互いに話すことなく沈黙の時間が流れる。
無言のままシェリーを見ると彼女の視線とぶつかった。すると、彼女は耐えられなくなったように吹き出した。
「あはは、リジーのその顔は反則ですわ!」
シェリーは腹を抱えて転がった。
私の顔に何かついているのだろうか。そう思って顔を弄っていると、涙目になっていたシェリーが起き上がって言った。
「顔に何か付いてる訳ではないの。ただ、その真顔で見つめられたら何だかおかしくって、ふふっ!」
彼女はそう言うと口元を押さえて再び転がった。無邪気に笑うシェリーを見てると、不思議と暖かい気持ちになってくる。
思えばここ最近は気が張ってたな。
こうしてゆっくりするのは久しぶりかもしれない。シェリーの笑い声に釣られて余り動かない私の口が自然と緩むのが分かった。
「あれ? リジー、今笑いましたの?」
それを見逃さないシェリーは驚いたように声を上げた。
「私、笑えてましたか? 久しぶりだから笑い方も忘れてて、変じゃないですか?」
私は自分の頬に触れながら言った。
そう言えば、こうやって笑うのは随分久しぶりな気がする。しっかり笑えているだろうか。
しかしそんな私の不安をよそに、シェリーは目をキラキラさせて覗き込んできた。
「もっと良く見せて! うん、自然でいい笑顔ですわ! 無表情もいいですが、笑ってる方がもっと素敵よ!」
私の手を取ったシェリーは屈託のない笑みを振りまいた。私が笑ったのが余程嬉しいのだろう。彼女の声は少し弾んでいるような気がした。
「ありがとう。私が笑えるのはたぶんシェリーのお陰ですよ」
私はシェリーに礼を言った。
笑顔になるのは難しいが、シェリー達と一緒なら少しずつ増やしていけるような気がした。
それからしばらくシェリーと談笑した私は、思い切って提案してみた。
「この後ベネスに十日ほど帰省しようと思ってるのですが、シェリーも時間があれはどうですか?」
彼女もここ最近は実家の問題に奔走しているので気晴らしになるのではと思って誘った。
シェリーは驚いたように一度目を見開き、嬉しそうに目を細めた。
「リジーから誘ってもらえるなんて嬉しいですわ。私の方も落ち着きましたし、同行しますわ。いつ帰りますの?」
「三日後の早朝です。馬車の手配をしますから、必要な荷物をまとめておいてください」
私がそう答えると、彼女は今日一番の笑顔を見せた。
シェリーも羽を伸ばすいい機会らしく、視線はすでにベネスの方を向いていた。




