第七話 デビュタントの招かれざる声
エリオットがデビュタントを迎えた夜、パーシーは初めて彼の姿を見た。
グレイ家の嫡男で、コーネリアの新しい婚約者。
婚約した当時は十五歳だったと聞いている。だが、それまで社交界に出ていなかったため、パーシーは顔を知らなかった。
正装をして人々の挨拶を受けている姿は、想像していたよりも堂々としていた。
それでも、まだ十六歳だ。
その隣にはコーネリアがいた。
二人で話していたところへ、何人かが挨拶に訪れる。エリオットはそのたびに応じ、コーネリアも会話に加わっていた。
パーシーは婚約者を失っただけではなかった。父からは家を継がせられないと言われ、跡継ぎは弟になった。
それなのに、コーネリアはもう別の男の隣で笑っている。
あのとき、彼女が婚約をやめるなどと言わなければ。自分はすぐに、本気ではないと説明したのに。
パーシーは二人のほうへ歩き出した。
「パーシー」
叔父に呼び止められた。
「どこへ行く」
「挨拶ですよ」
叔父も二人に気づいた。
「やめるんだ」
「挨拶くらいいいでしょう」
「よくない。戻れ」
パーシーは足を止めなかった。
今夜は余計なことをせず、叔父とともにおとなしくしているよう父から言われていた。
だが、もう婚約は解消している。コーネリアには新しい婚約者までいる。それなのに挨拶すらしてはいけないというのも、おかしな話だった。
「久しぶりだな、コーネリア」
「パーシー!」
すぐ後ろから叔父の声が飛んだ。
コーネリアはすぐには答えなかった。
「……お久しぶりですわ」
以前なら、こんな間はなかった。
パーシーは隣の少年へ目を向けた。
「君がエリオット・グレイ?」
「初めまして、ハーグリーヴス様。エリオット・グレイです」
きちんと一礼され、パーシーも挨拶を返した。
こうして向かい合ってみても、やはり若い。
「十六歳だったね」
「ええ」
「婚約したときは十五歳か」
「そうです」
十五歳。
分かっていたことなのに、本人を目の前にして聞くと妙な気分になった。
パーシーがコーネリアと婚約を解消したとき、この少年はまだデビュタントさえ迎えていなかったのだ。
「ずいぶん若い婚約者を選んだんだな」
コーネリアが答えた。
「四つ違いですものね」
それだけだった。
少しくらい気まずそうにするかと思ったのに、気にした様子もない。
「……君も焦ったんだな」
「何をおっしゃっているの?」
「十九で僕との婚約を解消して、次が十五歳だろう? まさかそこまで年下を選ぶとは思わなかったよ」
「それが何か?」
何でもないことのように返された。
パーシーは面白くなかった。
「十五歳だぞ?」
「ええ。存じていますわ」
コーネリアは相変わらず平然としている。
「コーネリアを侮辱するのはやめてください」
エリオットが口を挟んだ。
パーシーはそちらを見た。
年下の男に窘められたことが、不愉快だった。
「侮辱じゃないさ。君だって不思議に思わなかったのか?」
「何をです?」
「十五歳の君を、十九の彼女が選んだことだよ」
「それが何かおかしいんですか?」
エリオットまで、何でもないことのように返す。
それが癇に障った。
「本当に何とも思わなかったのか?」
「ええ」
「パーシー、もうやめろ」
叔父がパーシーの腕を掴んだ。
「なぜです?」
「もういい。来い」
「僕は何もおかしなことを言っていないでしょう」
叔父に腕を引かれても、パーシーは動かなかった。
コーネリアもエリオットも平然としている。叔父まで自分を止めようとする。
まるで自分一人がおかしなことを言っているようではないか。
「十五歳と聞いたときは、みんな驚いたでしょう?」
近くにいた者たちも、いつの間にかこちらを見ていた。
誰も答えない。
「今さら黙らなくてもいいでしょう」
「黙れ。帰るぞ」
叔父がさらに強く腕を引いた。
パーシーはその場を離れる代わりに、周囲を見回した。
「君だって驚いただろう?」
近くにいた令嬢に声を掛けた。
「え……?」
令嬢は困惑した。
「何のお話ですか?」
「おいおい、とぼけたって無駄だよ。エリオットが十五歳で婚約したと聞いて、驚いただろう?」
「それは、驚きましたけれど……」
パーシーは、その返事を待っていた。
「ほら。やっぱりそうじゃないか」
「え?」
「君だって、十五歳の少年を選ぶなんておかしいと思ったんだろう?」
令嬢は慌てて否定した。
「違います! 私はそんなこと――」
「何が違うんだ?」
コーネリアが口を挟んだ。
「まったく違いますわ」
パーシーは振り返った。コーネリアは、令嬢の返事を聞いていたはずだった。
「十五歳で婚約したと聞いて、驚かれることは珍しくありませんもの。わたくしも、その方がそれ以上の意味でおっしゃったとは思っておりませんわ」
「でも、驚いたと言っただろう?」
「ええ。ですから、それだけでしょう?」
令嬢は何の脈絡もなく話を振られ、戸惑っているうちに勝手にパーシーへの賛同者にされていた。
当のコーネリアに否定されても、パーシーには何が違うのか分からなかった。
「同じことじゃないか」
「違います!」
令嬢の声が震えた。
否定しても、パーシーは聞き入れなかった。そのうえ、周囲の視線まで集まっている。
令嬢の目に涙が浮かんだ。
「パーシー! その方は関係ないだろう!」
叔父が声を荒らげた。
「僕は聞いただけですよ」
「ハーグリーヴス様」
声を掛けられ、パーシーは振り向いた。
王宮の侍従が立っていた。その後ろには警備の者もいる。
「これ以上、今宵の式典をお騒がせになりませんよう」
「騒がせるって、僕はただ話を――」
「パーシー!」
今度の声は叔父のものではなかった。
父だった。
人垣を抜けてきた父は、叔父に腕を掴まれているパーシーを見た。それから涙を浮かべた令嬢、コーネリアとエリオットへ目を向けた。
「父上、僕は――」
「黙れ」
父は侍従へ向き直った。
「息子が大変失礼いたしました。すぐに退出させます」
「ですが父上、僕は何も――」
「黙れと言った」
父の声に、パーシーはようやく口を閉じた。
「兄上」
叔父が声を掛けた。
「話はあとで聞く」
父はそれだけ答えた。
パーシーは叔父に腕を掴まれたまま、広間をあとにした。
「父上、僕は――」
「今は黙っていろ」
それきり、父は口を利かなかった。馬車の中でも同じだった。
叔父も何も言わない。
パーシーには、そこまでのことをしたとは思えなかった。
確かに少し言い過ぎたかもしれない。あの令嬢を泣かせるつもりもなかった。
だが、エリオットが十五歳で婚約したと聞いて驚いた者がいたのは事実だ。彼女自身、驚いたと認めていた。
それを口にしただけだ。
屋敷へ戻ると、そのまま自室へ入るよう命じられた。
「父上。せめて話を聞いてください」
「明日だ」
「でも――」
「部屋へ入れ」
これ以上言っても無駄だった。
パーシーは自室へ入った。背後で扉が閉まる。




