第六話 今夜の主役
控え室には、今年デビュタントを迎える若者たちが集まっていた。
令嬢たちは揃って白いドレスを纏っている。家族はすでに会場へ入り、息子や娘が披露されるのを待っていた。
エリオットの隣では、同い年の友人が楽しそうに辺りを見回している。
「さっき廊下ですれ違った子、見た?」
「どの子?」
「白いドレスで、髪が茶色の」
それなら、この控え室にも何人かいる。友人は名前を聞く前に、もう一度彼女を見つけなければならないだろう。
「それじゃ分からないよ」
「可愛かったんだよ。あとで名前を聞こうと思ってる」
友人は今夜から始まる社交を楽しみにしているらしい。
「お前はもう婚約者がいるんだよな」
「うん」
「四つ上だっけ」
エリオットは、そうだよと答えた。
「じゃあ、こういうのはもう楽しめないのか。ちょっともったいないな」
エリオットには、それほど惜しいものには思えなかった。
控え室の扉が開き、すでに社交界へ出ているパートナーたちが入ってきた。
姉や従姉、婚約者。それぞれが今夜デビューする相手のもとへ向かっていく。
その中にコーネリアがいた。
淡い金色のドレスを纏っている。
『今夜の主役は、デビュタントの方々ですもの』
以前、今夜の装いについて話したとき、コーネリアはそう言っていた。
白いドレスの令嬢たちの中で目立つような色ではない。それでも、動くたびに柔らかく光を拾う金色は、コーネリアの可憐な容姿によく似合っていた。
「お待たせしました、エリオット様」
「ううん。まだ時間があるよ」
コーネリアは隣にいた友人を見た。
「そちらはお友達?」
エリオットは二人を紹介した。
「婚約者のコーネリアです」
友人は一瞬、コーネリアを見たまま黙った。
「こんなに美しい方だなんて聞いてないぞ」
「聞かれてないから」
「それはそうだけど」
コーネリアが笑った。
友人はようやく自分が何を口走ったのか気づいたらしく、慌てて改めて挨拶をした。
「エリオット様のお友達なら、これから私もお会いする機会がありそうですね。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
先ほどまで浮かれていた友人の返事は、やけに立派だった。
やがて、デビュタントたちの名が順番に呼ばれ始めた。
エリオットもコーネリアとともに広間へ入った。
大勢の客の中に父と母の姿がある。エリオットを見つけた母が嬉しそうに笑ったが、今はそちらを気にしている場合ではない。
国王の前へ進み、教えられた通りに挨拶をする。
自分の番を終えて離れたときには、思った以上にほっとした。
すべてのデビュタントの披露が終わると、楽団が最初の曲を奏で始めた。
エリオットはコーネリアの手を取った。
「緊張しています?」
「少し」
「そうは見えませんわ」
「なら成功だね」
何度も練習してきたダンスだったが、大勢の前となれば勝手が違う。
「上手になりましたね」
「前よりは」
それなら練習した甲斐があった。
曲を終えると、父と母が待っていた。
「お疲れさま、エリオット」
「まだ始まったばかりですよ」
「そうね。だから、もうひと頑張りね」
休ませてくれるつもりはないらしい。
エリオットは両親について挨拶に回った。
グレイ伯爵家と古くから付き合いのある家の当主や、父と親しい者たち。名前だけは聞いていた相手にも、改めて嫡男として紹介される。
何人目かになるころには、顔と名前を覚えるだけでも大変になってきた。
ようやく一段落したところで、コーネリアが声を掛けてきた。
「エリオット様。よろしければ、私の友人にもご紹介したいのですが」
まだ挨拶があるらしい。
母が笑った。
「ぜひ行っていらっしゃい。私たちと回るだけでは聞けないお話もあるでしょうから」
「では、少しお借りしますね」
今度はコーネリアに連れられて回った。
紹介されたのは同年代の令息や令嬢だけではない。少し年上の者もいれば、親しくしている夫人から家族を紹介されることもあった。
コーネリアは最初にエリオットを紹介すると、あとは任せてくれた。
何を学んでいるのかと尋ねられ、答えているうちに話が弾む。
別れ際に、今度ゆっくり話したいと声を掛けてくれた人もいた。
「あなた、うちの息子と気が合いそうだわ。今度話してみるように伝えておきますね」
そう言ってくれた夫人もいた。
気づけば、今夜初めて会った何人もの人と、次に会う約束ができていた。




