第五話 新しい婚約者の評判
「コーネリア嬢の婚約が決まったらしいな」
友人からそう聞かされて、パーシーは一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「婚約?」
「知らなかったのか?」
知らなかった。
コーネリアとの婚約が解消されてから、彼女とはまともに話していない。夜会で姿を見かけることはあっても、以前のように近づくことはできなくなった。
いずれ新しい縁談が持ち上がることは分かっていた。
それでも、もう婚約が決まったとは思っていなかった。
「誰と?」
「グレイ家のエリオットだよ」
グレイ家なら知っている。侯爵家とも釣り合う家柄だ。
けれど、エリオットという名前には覚えがなかった。
「そんな奴、夜会にいたか?」
「いるわけないだろ。十五歳だぞ。まだデビュタント前だ」
「十五?」
思わず聞き返した。
「そう。グレイ家の嫡男。俺も聞いたときは驚いたよ」
コーネリアは十九歳だ。
四歳差だけなら、それほど離れているわけではない。だが、十九歳と十五歳では話が違う。コーネリアはすでに何年も社交界に出ているのに、エリオットはまだデビュタントさえ迎えていない。
「本当に、そいつと婚約したのか?」
「したらしい。家柄には何の問題もないけどな。それでも十五歳と聞いたら驚くよ」
「コーネリアが承知したのか?」
「顔合わせをしたうえで決まったそうだから、そうなんじゃないか?」
パーシーには理解できなかった。
コーネリアとの婚約がなくなったあと、いくつもの家から縁談が来ているという噂は聞いていた。
当然だと思っていた。
コーネリアは侯爵令嬢だ。容姿も悪くない。社交界での評判だっていい。
だからこそ、いずれ自分より条件のいい男を選ぶのだろうと思っていた。
あの日も、そう言った。
自分との婚約を捨てて、もっと条件のいい男と結婚するのだろうと。
それなのに。
「十五歳……」
もう一度口にしても、やはり納得できなかった。
グレイ家の嫡男なら、身分が低いわけではない。だが、まだ何者でもない。
社交界でどんな評価を受けるのかも、将来どんな男になるのかも分からない。コーネリアなら、もっと年齢の近い、すでに評価の定まった男を選ぶことだってできたはずだ。
「どうして、そんな相手を選んだんだ」
「さあ。本人たちが納得したんだろ」
友人の答えはあっさりしていた。
パーシーには、それで終わらせることができなかった。
「もっといい男と結婚するんじゃなかったのかよ」
友人が黙った。
「僕との婚約をやめたんだぞ。それなら普通、もっと――」
「まだ、そう思ってたのか」
言葉を遮られた。
パーシーは友人を見る。その声には呆れよりも、冷たさがあった。
「何だよ」
「いや」
友人はそれ以上言わなかった。
「だったら、なんで僕じゃ駄目だったんだ」
今度は、はっきり口にした。
コーネリアがもっと家柄のいい男を選んだのなら、まだ分かる。
もっと優秀な男でも、もっと評判のいい男でもいい。
自分より条件のいい男を選ぶために婚約を解消したのなら、腹は立っても理由だけは分かった。
けれど、十五歳の少年を選んだ。
それなら。なぜ、自分では駄目だったのか。
「パーシー」
友人に名前を呼ばれ、顔を上げた。
何か答えてくれるのだと思った。けれど、友人はしばらくパーシーを見たあと、立ち上がった。
「悪い。俺、そろそろ行くよ」
「もう?」
「ああ」
「このあと何かあったか?」
友人は一瞬黙った。
「ちょっとな」
それだけだった。
「じゃあ」
友人の声にも、パーシーは返事をしなかった。
十五歳の少年でいいのなら、なぜ自分では駄目だったのか。
しばらくして、友人がいないことに気づいた。そういえば、何か用があると言っていた。
それにしても、十五歳の少年とは。
■■■
エリオットとの婚約が決まってから、コーネリアが夜会に出ると、以前とは少し違った視線を向けられるようになった。
婚約そのものを祝福してくれる者は多い。
グレイ家の嫡男なら家柄に不足はない。顔合わせをしたうえで双方が承知して決まった婚約なのだから、表立って何かを言う者もほとんどいなかった。
ただ、エリオットは十五歳だった。まだデビュタントを迎えていない。
そのことだけは、どうしても人々の興味を引くらしい。
「四つも年下なのですって?」
「ええ」
「まだ十五歳でしょう?」
「そうですわね」
何度同じことを聞かれただろう。
十九歳と十五歳。
数字だけなら四つ違いにすぎないのに、片方はすでに何年も社交界に出ていて、片方はまだそこへ足を踏み入れてもいない。
珍しがられるのも仕方がないとは思っていた。
だからコーネリアも、たいていは笑って受け流していた。
その日もそうするつもりだった。
「でも、エリオット様がお気の毒ですわ」
そう言われるまでは。
コーネリアは相手の令嬢を見た。
「お気の毒?」
「だって、まだデビュタントもなさっていないのでしょう? それなのに、もう婚約者が決まっているなんて」
令嬢に悪びれた様子はない。
むしろエリオットを案じているつもりなのだろう。
「これから社交界に出れば、いろいろな方とお知り合いになるでしょうに。少し早すぎたのではなくて?」
コーネリアが答えるより先に、隣にいた友人が口を開いた。
彼女はエリオットの従兄の婚約者だ。
「あら? あなたも婚約が決まったのはデビュタント前ではなかったかしら」
「え?」
「でしたら、あなたの婚約者もお気の毒なのね」
令嬢は言葉に詰まった。
「わ、私は……年が近いですもの」
「まあ」
友人は楽しそうに笑った。
「年が違えばお気の毒で、同い年ならお気の毒ではないの?」
「そういう意味では……」
「では、どういう意味なのかしら」
周囲にいた令嬢たちも、いつの間にか会話を聞いていた。
コーネリアは止めなかった。友人の言うことはもっともだったし、何より、自分だけならともかく、エリオットを気の毒な少年として扱われるのは面白くなかった。
「四歳上の妻というのは、それほど大変なことなのかしら」
コーネリアが尋ねると、令嬢は困ったように口ごもった。
「それは……やはり、珍しいでしょう?」
「そうね。では、経験者に伺ってみましょうか」
コーネリアは会場を見渡した。
ちょうど少し離れたところに、年下の夫を持つ夫人の姿があった。
社交界でもよく知られた女性だ。
「夫婦円満の秘訣を聞いてみようかしら。せっかくですもの、あなたもご一緒にいかが?」
「えっ」
「きっと参考になるわ」
「い、いえ。私は……」
先ほどまでよく回っていた令嬢の口が、急に重くなった。
「少し気分が優れませんので、失礼いたしますわ」
早口でそう言うと、令嬢はそそくさとその場を離れていった。
姿が見えなくなるのを待って、友人が吹き出した。
「夫人に何を伺うつもりだったの?」
「もちろん、年下の夫と仲良く暮らす秘訣よ」
「本当に?」
「ええ」
コーネリアが答えると、今度は周りにいた友人たちまで笑った。
本当に尋ねに行ってもよかったのだ。
ただし、先ほどの令嬢を連れて。




