第四話 好きな花を贈るために
それから二か月ほど経った頃、エリオットは両親から話があると呼ばれた。
「エリオット。お前に縁談の話がある」
「僕にですか?」
来年にはデビュタントを迎えるとはいえ、まだ十五だ。いずれそういう話も出るとは思っていたが、ずいぶん早い。
「先方から、一度会ってもよいと返事をいただいた」
どうやら話が来たどころか、すでに相手へ釣書まで送っているらしい。
「どちらの方ですか?」
「コーネリア嬢だ」
聞き覚えのある名前だった。
「……以前、母上がおっしゃっていた方ですか?」
「ええ。そのコーネリア嬢よ」
母が話していたのは、確か十九歳の令嬢だったはずだ。
「僕は十五歳ですよ」
「もちろん分かっている」
「コーネリア嬢は十九歳でしたよね?」
「ええ」
それなら、なおさら分からない。
「なぜ僕なんです?」
「お前の従兄から話があったんだ」
「従兄上が?」
思いもしない名前が出てきた。
「従兄上は、コーネリア嬢とお知り合いなんですか?」
「婚約者の方が、コーネリア嬢と親しいそうよ」
母が答えた。
従兄とは昔から親しくしているが、その交友関係まで詳しく知っているわけではない。まして、婚約者の友人となればなおさらだった。
「それで、従兄上が僕を?」
「ああ。コーネリア嬢に紹介するなら、お前ならいいと言われた」
エリオットは黙った。
思っていたより、ずっと嬉しかった。
従兄から面と向かって褒められた記憶など、ほとんどない。それなのに、自分のいないところではそんなふうに言ってくれていたらしい。
「あなたの従兄だけではないのよ」
母が続けた。
「婚約者の方も賛成なさったそうよ。ご自分のお友達に紹介する相手として、あなたならいいと」
「その方まで?」
コーネリアの友人だという女性まで、自分を勧めてもいいと思ったらしい。
ますます落ち着かなくなってきた。
「ずいぶん買いかぶられている気がします」
「そうかしら。私は、あなたならコーネリア嬢に会わせても恥ずかしくないと思っているわよ」
「母上は僕の母親でしょう」
母は呆れたようにエリオットを見た。
「母親だから、駄目なものまで褒めると思っているの?」
そう言われると困る。
少なくとも母は、駄目だと思ったものについては、息子相手でも遠慮なく口にする人だった。
「ただ、年齢については私も気になったわ。コーネリア嬢から見れば、あなたは四つ下ですもの。今はまだ十五でしょう?」
「僕も、そこが一番気になります」
四歳差だけなら、そこまで珍しくはない。
だが、今のエリオットは十五歳で、コーネリアは十九歳だ。彼女はすでに何年も社交界に出ているのに、自分はまだデビュタントさえ迎えていない。
「だから、まずは先方に決めていただこうということになったの。釣書をお送りして、年齢を承知のうえで会っていただけるなら、そのときにあなたにも話しましょうと」
そこでようやく、自分に何も知らされていなかった理由が分かった。
十五歳と知った時点で断られれば、それで終わる。ところが、返事はそうではなかった。
「コーネリア嬢は、会ってもいいと?」
「ああ」
父が答えた。
「ただし、会ったからといって婚約を決めなければならんわけではない。お互いに会ってみて、それから考えればいいという話だ」
それなら、エリオットにも異存はなかった。
顔も知らない相手と今すぐ婚約しろと言われたなら困っただろう。だが、一度会うだけなら話は違う。
それに、母から聞いたときには他人事だったコーネリアという女性に、今は少し興味があった。
母は評判のいい令嬢だと言った。
従兄とその婚約者は、自分なら彼女に紹介してもいいと言った。
そしてコーネリア自身も、十五歳の自分と会うことを断らなかった。
「分かりました。お会いします」
「いいのか?」
「はい」
エリオットは答えてから、ふと気になった。
「でも、コーネリア嬢は嫌ではないんでしょうか」
「何が?」
「僕みたいな年下と会うのが」
父は少し考えてから答えた。
「それを確かめるためにも、会うんじゃないか?」
それもそうかと思った。
「では、頑張ります」
「そんなに気負わなくていいのよ」
母にそう言われても、従兄たちから勧められたと聞けば、期待を裏切りたくはなかった。
どんな人なのだろう。
■■■
「初めまして、コーネリア嬢。エリオット・グレイです」
紹介を受けたエリオットは、丁寧に一礼した。
コーネリアも挨拶を返す。
十五歳と聞いていたせいだろうか。実際に会うまでは、もっと幼い少年を想像していた。
けれど、目の前にいるエリオットは、少なくとも見た目や振る舞いだけなら、そこまで幼くは見えない。来年にはデビュタントを迎えるのだから、当然といえば当然なのだろう。
それでも、自分より四つも年下であることに変わりはなかった。
コーネリアが十五歳だった頃は、まだ社交界へ出る前だった。夜会へ出る日のために母からあれこれ教わり、それを楽しみにしていた頃だ。
そう考えると、やはり若い。
「コーネリア嬢は、お庭がお好きだと伺いました」
エリオットから話しかけられ、コーネリアは顔を上げた。
「ええ。好きですわ」
「花もお好きですか?」
「もちろん。見るのも、飾るのも好きです」
それから好きな花を尋ねられ、コーネリアはいくつか挙げた。
「今の季節なら、どれがお好きですか?」
「それなら――」
一つ、花の名前を挙げる。
「何色がお好きですか?」
「白かしら。淡い色も好きですけれど」
答えながら、コーネリアは少しおかしくなってきた。
話題に困らないよう、あらかじめ自分の好みを聞いてきたのだろうとは思っていた。
けれど、ずいぶん細かい。
「エリオット様は、花がお好きなの?」
「詳しくはありません」
あっさり返ってきた。
「それなのに、ずいぶん熱心にお聞きになるのね」
エリオットは不思議そうにした。
「あなたに花を贈るなら、好きなもののほうがいいでしょう?」
思いがけない答えに、コーネリアは黙った。
「……私に贈るためだったの?」
「はい。せっかくなら喜んでいただきたいなと思って」
少しも照れた様子はない。
本当に、そのために尋ねていたらしい。
コーネリアはもう一度、先ほどの花の名を告げた。
「では、覚えておいてくださいませ」
「もちろんです」
十五歳。
そのことばかり考えて、この顔合わせに来た。
けれどエリオットは、コーネリアを年上だからと頼ろうとも、姉のように扱おうともしなかった。
少なくとも彼は、自分をこれから婚約するかもしれない女性として見ている。
それが、コーネリアには少し意外だった。
その後も話が途切れることはなく、気がつけば、顔合わせのために設けられた時間は終わっていた。
十五歳という年齢が気にならなくなったわけではない。
けれど、実際に会ったエリオットは、コーネリアが想像していたよりずっと話しやすかった。無理に大人びて見せようとすることもない。何より、初めからコーネリアを一人の女性として扱っていた。
顔合わせを終えたあと、父から改めて意思を尋ねられた。
「どうだった?」
コーネリアは少し考えた。
「私は、構いません」
積極的に望んだというほどではない。けれど、断りたいとも思わなかった。
エリオットからも、同じく婚約を受けるという返事があった。
こうして十九歳のコーネリアは、四つ年下のエリオットと婚約することになった。




