第三話 今ある釣書の中では
コーネリアとパーシーの婚約が解消されたと知るや、驚くほど多くの家から話が来た。
むしろ、以前より増えたほどだった。
「またか」
侯爵は新しく届いた釣書を開いた。
相手の家柄に不足はない。年齢もコーネリアと二つしか違わず、本人の評判も悪くなかった。
「この男には婚約者がいなかったか?」
「いるはずですわ。昨年の冬の夜会でお会いしましたもの」
やはりそうか。
侯爵は釣書を脇へ置いた。
これで何人目だろう。
娘が社交界で好かれていることは知っていた。容姿にも家柄にも不足はない。婚約がなくなったところで、次の相手を探すのに苦労するとは思っていなかった。
実際、縁談は来る。
問題は、その中身だった。
「こちらは?」
妻が別の一通を示した。
「駄目だ。二十以上離れている」
「奥様を亡くされたばかりでしたわね」
「子も三人いる」
再婚そのものが悪いわけではない。
だが、なぜコーネリアが、母親とさほど年の変わらない男の後妻にならなければならないのか。しかも、嫁いだその日から三人の子の母親になる。
本人が望んでいるならともかく、自分から娘に勧めるような縁談ではなかった。
次も駄目だった。その次も。
家格が多少釣り合わない程度なら、まだ検討の余地はある。
本人の評判に問題がある者。大きな借財を抱えている家。
そして、すでに婚約者がいるにもかかわらず、コーネリアが受け入れるなら今の婚約を解消すると申し出てきた者。
侯爵は、その釣書も脇へ置いた。
「随分と見くびられたものだな」
数だけを見れば、引く手あまただった。
だが、その中には、今の婚約者を捨ててでもコーネリアを手に入れたいという男までいる。
娘がなぜ婚約を解消したと思っているのか。
「こちらは、コーネリアには見せないほうがよろしいでしょうね」
「ああ」
こんなものを見せて、何になる。
婚約を失った娘に、選べる相手はこれだけいると喜ばせるための釣書ではない。むしろ、今すぐ次を決めようとすれば、こういう相手の中から選ばなければならないのだと思わせるだけだ。
デビュタントの頃なら、事情は違っただろう。
同じ年頃の令息たちも、まだ婚約者の決まっていない者が多かった。その中から家柄や人柄を見て、実際に会わせ、時間をかけて相手を選ぶことができた。
だが、今は違う。コーネリアは十九になった。
同年代の令息たちも、それぞれに縁談をまとめる年齢になっている。娘に勧めてもいいと思う男の顔をいくつか思い浮かべてみても、そのほとんどにはすでに婚約者がいた。
侯爵は机に積まれた釣書を見た。
これだけ届いて、ここまで読んだものには、娘に勧めたい相手がいない。
「急ぐ必要はない」
「ええ」
「婚約がなくなったからといって、すぐ次を決める必要などない。これなら独身でいるほうがましだ」
娘を嫁がせるために、相手を探しているのではない。娘がこれから先、ともに暮らしていける相手を探しているのだ。相手がいないからといって、条件を下げれば済むという話ではなかった。
侯爵はもう一度、残った釣書に目を通した。
その中に、一通だけ、妙なものが混じっていた。
家柄には問題がない。先方の当主とも面識があり、家の評判も悪くない。息子についても、少なくとも侯爵が耳にした範囲では妙な話は聞かなかった。
婚約者もいない。ここまでなら、むしろ今ある釣書の中でも有力な候補だった。
ただし。
年齢は、十五。
「……十五?」
思わず声に出た。
コーネリアは十九だ。四つ下という年齢差そのものより、今が十九と十五であることのほうが問題だった。
十五では、まだデビュタントさえ迎えていない。
「どうなさいました?」
「今度は、若すぎる」
侯爵が釣書を渡すと、妻も驚いた。
「十五歳、ですか」
「ああ」
それでも、今ある釣書の中では、これが一番まともだった。
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「昨夜の夜会、大変だったのよ」
朝食の席で、母が呆れたように言った。
「ハーグリーヴス侯爵家のご令息が、大勢の前で婚約者に婚約をやめると言ったのですって」
「喧嘩ですか?」
「嫉妬よ。他の殿方と楽しそうに話していたからって。それも、その方の名前まで出して責めたそうよ」
エリオットは眉を寄せた。
「何かあったんですか?」
「何もないわ。お相手には婚約者がいるし、その婚約者とコーネリア嬢は親しいのよ」
「コーネリア嬢?」
初めて聞く名前だった。
「婚約者の方。あなたはまだ社交界に出ていないから知らないでしょうけれど、評判のいいお嬢さんよ。殿方だけでなく、女性の友人も多い方なの」
それなら、他の男と話していたというだけで騒がれては困るだろう。
「しかも、本当に婚約をやめたかったわけではないんですって。コーネリア嬢に、自分を選ぶと言ってほしかったそうよ」
「それなら、どうして婚約をやめるなんて言ったんです?」
「私も知りたいわ」
母はすっかり呆れていた。
「本当に見苦しい。嫉妬して、評判のいいお嬢さんを自分から捨てるなんて。エリオット、あなたは将来、あんな馬鹿な真似をしないでちょうだいね」
「僕、まだ婚約者もいませんけど」
「だから今から言っているのよ」
ずいぶん先の心配をするものだ。
そのときのエリオットにとって、コーネリアは母の話に出てきただけの、顔も知らない令嬢だった。




