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六話 羨望(2)

 グリーンホエールの食堂。リーナは暇を持て余していた。現在午後一時、昼食の用意も必要無いし、今日は日帰りの予定だ。


「ヒマ~」


 口に出せどそれが解消される訳もない。一体どうしたものか、と考えた所で先程のカリウスを思い出した。

 若くして修羅場を潜った少年とのことだが、自分が作ったアップルパイには素朴に感動してたように見えた。スラム街出身とのことだし、ああいう甘味には慣れてないのかもしれない。


「ふむ」


 考え事の許可を取るため、ヒスイ社長に機内電話を繋ぐことにした。



 

 二機の月面航空機は特に何事も無くトロンシティへと辿り着いた。依頼者のイーサンにとっても大きな仕事であるので、情報漏洩に気をつけたことが功を奏したのかもしれない。

 トロンシティはいわゆるヘカテー型の都市で、地下を掘り進めて建設された都市だ。ヘカテーシティとは比べるまでもなく小規模だが、それゆえに商売や成り上がりのチャンスに溢れる都市だ。防衛強化の為にLFを六機も購入したのも、それを狙う月海賊を警戒したのだろう、とヒスイは考察する。

 ヒスイ達は月面航空機ドックに入港する。鉄色の壁の空間は他と変わらないが、建造されて日が浅い為か汚れが少なく見えた。

 ヒスイ運送としては慣れたもので、テキパキと運んできたLFクレマチスを倉庫から引き出してゆく。

 グリーンホエールの操縦室から、ヒスイがランナーズのフェンリルを横目に見る。LFを仕舞ってある前面ハッチが開いてない。


『こちらランナーズのパッチ。ヒスイ運送、聞こえるか』


 ランナーズからの通信。フェンリルの操作を任されている少年からだった。


「ああ、こちらヒスイ。どうした?」

『いや、実は……。こちらのフェンリルのハッチが開かなくてな、少し待ってもらいたい』

「故障か?」

『ああ。奪った機体だから、何処かにガタが来ていたのかもしれない』


 アウトローな手段で手に入れた月面航空機ならそういう事もあるか。ヒスイは納得しつつ、真っ当な会社を遺してくれた父に内心感謝した。


「こちらから整備士を寄越そうか?」

『いや……少し待ってくれ。こちらで片付けたい』

「了解した」


 あちらにもプライドがあるのだろう。或いはイーサンからの評価を気にしているのかもしれない。


「おっと、忘れる所だった。こちらのコックがアップルパイを大量に焼いてな。良ければそちらにもおすそ分けしたいんだが、どうだ」


 これはリーナからの提案だった。許可を出していたがランナーズ側に伝え忘れていたのだ。


『え……それは……。いや、断る理由はないな、うん……』

「ああ、じゃあ今から向かわせるよ」


 妙に歯切れが悪いが許可は貰えた。リーナに機内電話で連絡する。

 それから十分ほど過ぎて、ヒスイ運送の運んだクレマチスはグリーンホエールから運び出された。今はすぐそばでトロンシティの受け取り人が確認中だ。

 ランナーズの方はまだハッチが開かない……と思った矢先、ハッチが動き出した。同時に連絡が来る。何とかなったようだ。

 ランナーズの運んできたLFジニアを収めたケースが牽引車に運び出され──同じハッチから、黒と黄色のLFが出てきた。

 LFエストック。細身のシルエットの機体であり、軽量で運動性に優れる分装甲が薄い。黒主体に黄色の差し色は地球にいたという蜂を思わせる。値段もクレマチスと比較すれば安く、運用しやすい機体だが──。

 何故、今出てきた?そもそも起動状態のLFをドック内で出すのは危険だ。ランナーズに連絡を──。

 三機のエストックの内二機はスラスターをふかし、クレマチスの入ったケースを掴んだ。そのままフェンリルへと引きずって行く。巻き込まれて誰かが吹き飛ばされた。


「おい、何をしている!?」


 ランナーズからの反応は無い。エストックは強奪を続けている。


『管制室に告ぐ。ドックのハッチを開けろ』


 カリウスの感情の籠もらない宣告。彼が乗っているであろうエストックはボックスケースのような物を持っている。


『何をやっているのか分かっているのか貴様ら!これは重大な──』

『開けないならこの爆薬で破壊するだけだ。節約したいってだけなんでな』


 そのエストックはハッチ開口部に向かい、ケースを置いた。今このドック内には大勢の人間が宇宙服無しでいる。当人の言葉が嘘でないなら、月面に空気が吸い出され、相当な被害が出るだろう。


『こちらも余裕が無い。さっさと決断してくれると有難いんだが』

『……わ、分かった。今開ける……』


 ドックの管制室は屈服してしまった。しかしこの状況ではマシな判断だと言える。何せドックのハッチは外からの攻撃には強いが、内側からならば簡単に破壊できるのだから。

 クレマチスが入ったケースが全てフェンリルに収納され、そのままフェンリルは動き出す。青い噴射炎が周囲を照らす。

 同時にハッチが開き、そのままフェンリルはそこから飛び去った。わずか二分に満たない間の出来事だった。


『社長!一体何が……』


 LF格納庫にいるジェフからの機内電話。ヒスイは苛立たしげに通信機に目を向ける。


「ランナーズの奴らが裏切り、クレマチスを強奪した。……俺達で追うぞ」

『……月海賊に鞍替えですか。クソっ』


 グリーンホエールのカメラの映像を全て表示する。強奪の規模の割に被害は少ないが……グリーンホエールの外壁には、吹き飛ばされ叩きつけられた人間の跡がこべりついていた。


「……更に悪いニュースだ。リーナもあいつらのフェンリルに拐われてる」




 リーナ・ベルには何が何だかわからなかった。アップルパイをおすそ分けしにランナーズのフェンリルに向かい、受け入れられたのだが……。

 カリウスは自分の姿を見るなり当惑した様子になって機内電話に何かを怒鳴ってたし、ランナーズの皆は緊張しているというか殺気立ってたし。

 聞き慣れたLFの起動音が聞こえたと思ったらフェンリルは発進し、自分は銃を突きつけられ独房に入れられるし。


「あの~一体何が……」

「黙ってろ」


 独房の外、自分を見張る赤髪の少年に声を掛けるが取りつく島もない。

 それから十分ほど経っただろうか。誰かがこちらに来る気配がする。


「よお。悪かったね」

「カリウスさん?」


 扉に付いた窓格子から声を掛けられる。少年は会った時と変わらず無表情だった。だがその纏う雰囲気や口調は何処か硬いモノがある。


「え~と……出してほしいんですけど……」

「俺達はイーサンを裏切ってクレマチス四機を強奪した。今は逃走中だ」


 何となくそうだとは思っていたが、最悪な想像が当たってしまった。


「うぅ、やっぱり。あの、何でこんな事を……」

「……面倒な所に借金したとか、仲間が急に増えて飢えたとか……よくある、つまらない理由だよ」


 カリウスは自嘲めいた笑みを浮かべて言った。


「……ちょっと聞きたいんだけど、いい?」

「は、はぁ……」

「アンタはどうしてこの仕事を選んだ?」


 カリウスからの質問。意図がよく分からないが、リーナは答えてみることにした。


「……私、ゲーテシティ出身なの。スラムってほど荒れた地区じゃなかったけど、裕福では無かったかな。

 両親はレストランを経営してたんだけど、ある日二人ともギャングの抗争に巻き込まれちゃって、二人とも死んじゃった」


 悲しい過去のはずだが、リーナの声色は平坦だった。


「それでこんなとこにいちゃだめだ、って思って、残った僅かなお金でゲーテを飛び出して、ヘカテーについて……。

 ヒスイ運送の前の社長に誘われて、今に至るかな」

「危険がつきまとう仕事だと思うけど、何で運送業?」

「んー……。前社長や会社が信頼出来そうとか、給料いいとかあるけど……。いつか自分でお店を持ちたくって、お金を早く貯めたいからかな〜」

「その結果、こうしてピンチな訳だけど」

「うぅ……」


 弱気になったリーナに、カリウスは声に出さず微笑んだ。


「……次の目的地に着いたら解放してやるよ。ヘカテーまで帰れる用の金もやる」

「え、ホント!?」

「ああ」

「でも、なんで……」


 カリウスは踵を返し、「アップルパイ、美味しかったからね」とだけ言って、去っていった。

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