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六話 羨望(1)

 月面屈指の大都市であるヘカテーシティ。ムーンフラワー社の支配するここであっても、むしろ大規模な都市であるからこそ管理しきれない場所が出てくる。

 その最たるものが今ヒスイ・カゲヤマが歩くここ百三十番街だ。後から増設され街の端であるここは、いわゆるアウトローと言っていい者たちがたむろしている。

 視界に入るのはパンクな服装と髪型の者、見るからにサイバネティクスの義手義足を隠さず付けた者……。「自分はアウトローです」と丁寧に紹介している。

 対するヒスイはラフなシャツとジーンズ、ヒスイ運送の深緑のジャケットを羽織ったいつもの姿だ。まあビジネススーツの人間よりは浮いてはないだろう。

 何処を向いてもネオンだらけの街を歩き、目的地のバーに着く。マスターに自分の名を告げると、個室に案内された。

 通された個室は防音完備、盗聴対策のなされた特注の物だった。分厚い金属が内に仕込まれた頑丈な扉を開ける。


「よお。久しぶりだな、ヒスイ」

「イーサン」


 個室内にいた男がサングラス越しにヒスイを見る。ソファに足を組んで腰掛けた男、イーサン・ルートゥは、いかにもこの街のアウトローといった風体の男だった。

 ヒスイはイーサンとテーブルを挟んで反対のソファに腰掛ける。


「仕事の内容は?」

「おいおい、随分なごあいさつだなぁオイ。まあ食ってけよ、奢りだ」


 チラッとテーブルを見るが、味が濃い物やジャンクフード、ビールしか無い。

 まあ礼儀として食べるべきか。フライドポテトに手を伸ばす。脂ぎった感じはヒスイの好みではなかった。


「……まあまあだな」

「なんだお気に召さないか?……んじゃ仕事の話にするか」


 ヒスイのいまいちな態度にイーサンは気分を害した様子もなく、話を進める。二人のやり取りはいつも通りだった。


「マーニとの戦争は終わったが俺の武器商人業は好調でな。脱走したET企業軍やら月海賊やらに小規模な都市は手を焼いてる」


 戦争というものは終わったからといって平穏が来るわけではない。イーサンが言うようにその余波が残り続けるのだ。


「で、つい最近、俺の持ってたLFクレマチス四機、ジニア二機に買い手がついた。トロンシティだ」

「その輸送をウチに頼みたいというわけか」

「そのとおり」

「一度には運びきれない。二往復するのか?」

「いや、もう一社と共同でやってもらいたい」


 そう言うとイーサンはサングラスをずらしてヒスイを直視し、ニヤッと笑った。




 ヒスイ運送は仕事を引き受ける事にした。イーサンとは何度も取り引きしてる間柄だったし、仕事内容もそう難しいものでもない。

 当日、ヒスイ運送の有するグリーンホエールはヘカテーシティの外縁、百三十番街に隣接する月面航空機ドックへと入港する。

 件のLFが収められている灰色のケースを尻目に、ヒスイはリーナを連れてドック内を歩く。

 目的の人物、イーサンが手配したもう一つの月面運送業者に会うためだ。

 事前に渡された資料を携帯端末で見ながら、その人物を発見しそちらに向かう。イーサンも一緒だ。


「ヒスイ運送社長、ヒスイ・カゲヤマだ。こっちはコックのリーナだ」

「よお、来たなヒスイ。こっちが──」

「ランナーズのリーダー、カリウスだ。今日はよろしく」


 イーサンの言葉を引き継ぎ、カリウスと名乗る茶髪の人物が自己紹介する。話には聞いていたが……。


「本当にこんな子供が社長やってるとは……」

「そう言うヒスイさんも若いんじゃないの?」


 ヒスイを見上げるカリウスはどう見ても十五、六歳にしか見えない。その眼光は鋭く、隙のようなものは見えない。ヒスイは自分よりも若い社長を初めて見た。


「ゲーテシティのスラム街から仲間と這い上がって、月海賊から航空機かっぱらったんだよ、コイツ」

「まあ、チャンスがあったからね」


 イーサンは楽しそうにカリウスの武勇伝を語った。カリウスは無表情のままだが少し得意げに見える。

 そんな方法で運送業をやるヤツがいるとは、世界は広い。


「おぉ~カッコいい!そんなカリウスさんに、これどうぞ!」


 リーナが感心しながら包みをカリウスに渡す。


「……これは?」

「アップルパイです。あ、リンゴお嫌いですか?」

「……食べたことないな」


 カリウスは困ったように眉根を寄せた。僅かに警戒心が滲んでいる。


「俺にもくれよ」とイーサン。

「どうぞ!」

「おお、やっぱり美味い。ウチに転職しない?」

「やらんぞ」とヒスイ。


 三人のやり取りを見て、カリウスがおずおずとアップルパイを口に運ぶ。


「……美味い」


 少年は僅かに顔をほころばせた。リーナは満足そうに頷き、金髪のポニーテールが揺れた。




 ヒスイはカリウスにグリーンホエールを案内することになった。彼が興味を抱いたのと、出発まではまだ時間があったので暇つぶしだ。

 輸送物を入れる後部倉庫、乗員の寝泊まりする寝室や食堂を見せると、「広いのが羨ましい」という感想が返ってきた。奪った月面航空機は軍用機なためか手狭らしい。

 LF格納庫に付いた。扉を開けると、薄暗く鈍い灰色の空間に入る。


「こういうところはウチと変わらない」

「ふーん、まあそうか」


 雑談しながら二人は周囲を見渡す。

 

《社長、おはようございます。そちらの人物はどなたでしょうか》

「!?LFが……?」

「ああ、おはよう。こちらは今日一緒に行くランナーズのリーダー、カリウスだ」


 動かぬLFから声をかけられ、カリウスが少し怯む。声の主である無人LFヒュテラムはいつも通りの淡々とした合成音声で言葉を続ける。


《カリウス、本日はよろしくお願いします》

「あ、ああ。そうか、噂の無人LFか」


 事前に聞いていた事を思い出したのだろう、カリウスは落ち着きを取り戻した。


「ヒュテラム、お前失礼なこと言うなよ。お前はデリカシーが無いところがある」

《善処します》


 二人(一人と一機)のやり取りにカリウスは目を見開いた。頭を振って、ヒュテラムに向き合う。


「最近拾われたんだって?」

《はい。9月12日にヒスイ運送によって発見されました》

「新人かぁ。ヒスイさん、働きぶりはどう?」


 話を振られたヒスイは少し考え込む。


「んーそうだな……。良くやってるよ。仕事中に映画鑑賞に誘うのはちとアレだが」

《私に初めて映画を見せたのはヒスイ社長ですが》

「時と場合を考えろって」


 二人のやり取りにカリウスはクスリと笑う。


「ウチも最近新人がそこそこ増えたんだけどさ、どうにもダメダメなんだよね……」

「素人ならそんなもんだよ。上手く育ててやったら」

《先輩等から学習させてもらうほかないかと》

「まあ……そうか。そうですね」


 カリウスは頭を掻いて目を逸らした。今度はヒュテラムに目を向ける。

  

「ヒュテラムは何処で造られたかも分からないんだったか」

《はい。私の製造元は現在不明です》

「じゃあ、どんな事の為に造られたと思う……推察する?」

《私、ヒュテラムは最新鋭LFに相当する戦闘能力を有しています。その事から、LFを使用する仕事を人間に変わって代行する事を目的と推察します》

「それって、軍隊とか、運送業者とか?」

《はい。そういった危険性の高い仕事は人間の生命を脅かすものであり、私のような無人機が代行するのであれば死者や負傷者が出ることは格段に少なくなります》


 カリウスはヒュテラムを見上げながら黙り込んだ。無言の時間が過ぎる。


《カリウス、どうされましたか?》

「ああいや、そうなったら俺みたいなのは失業しちゃうな、って」




 依頼されたLF六機を詰め込み、ヒスイ運送とランナーズの月面航空機は月の空へと飛び出した。

 グリーンホエールはクレマチス四機、ランナーズの保有する月面航空機フェンリル(以前遭遇したネオエッダのものと同じ)は二機のジニアを搭載してある。

 この振り分けはひとえに積載能力の関係だ。グリーンホエールは輸送を主に調整、カスタムされているが、月海賊から奪ったフェンリルはそうでは無い。もともと戦闘を主題とした航空機なので、荷物を運ぶペイロードが少ないのだ。

 普段は輸送寄りも他の運送業者の護衛が多い、というのがカリウスの言葉だった。

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