六話 羨望(3)
カリウスが去って、リーナは独房の簡素なベッドに寝ころんでいた。案外、話せばわかる相手だった。アップルパイ持っていって良かった……いや、サービスしようとした結果捕まっているのだから良くはないのだが、不思議と後悔は沸かなかった。
それから少し経って独房のドアが開けられた。
「あれ、もう着いたの?」
そんなに時間が経っていたのだろうかとリーナは首を傾げる。ドアの外には少年が二人いた。どちらもガラが悪い。
「違う」
「?」
そうでないなら一体何だろうか、と思った瞬間、拳銃を突き付けられた。
「声を出すな。壁に手を付け」
「え──」
「早くしろ!」
少年達の目は少し血走り、息は興奮で上がっていた。まるで獲物を見つけたケダモノの様に。
気圧されて言うとおりにすると、拳銃を突き付けた少年が独房に足を踏み入れ、扉が閉められた。
「さっさと終わらせて交代しろよ」
「あー?うん、そーだな」
少年達は軽い口調で話す。だがその声には下品なものが混じっていた。
これは……多分、強姦だろうか。自分の胸が大きい自覚はまああったが、こんな目に合うとは。
大声を上げようか、と思ったがそれだと撃たれかねない。無理に逃げようとしたので発砲してしまった、とでも言い訳するつもりだろう。
死ぬよりはマシかな──。
「もう一人は?」
扉の外から新たな声がした。
「カ、カリウスさん?アイツはトイレに──」
見張りの言い訳を聞くことも無くカリウスは扉を開けた。
ベッドの上で壁に手を付いて尻を突き出したリーナと、そのズボンを下ろそうと手をかける息の荒い少年。
カリウスはプロボクサー顔負けの瞬発力で踏み込み、少年から拳銃をひったくると同時に顎に拳を叩き込んだ。少年は轟音と共に壁に叩きつけられる。もう一人の少年が逃げようとしたが、その足に拳銃を発砲、血飛沫が上がった。
僅か数秒の出来事。カリウスは這いつくばって呻く少年達を冷たい目で見下ろす。
「何やってんの?」
その声には、ゾッとするような殺意が込められていた。
「──さて、どうしようかな」
カリウスは拳銃を弄び、感情の籠もらぬ声で呟いた。
ランナーズの月面航空機、フェンリルのLF格納庫。その中央で、件の少年二人は縛られて転がされていた。十数人の少年達がそれを囲み、見守っている。
「俺、言ったよな。俺達は犯罪者になる訳だが、規律は必要だって。自分が真面目に仕事してんのに、遊んで楽しんでる奴がいたらイラッとするだろ?」
「ち、違うんです、これは……コイツが勝手にやったんです、俺は辞めとけって言ったのに」
「にぁ……にぁにいいはがる。ほ前がひひ出したんふぁろ!」
足を撃たれた少年が言い訳をし、殴られた少年はそれに反論する。殴られた方は顔が赤く腫れ、まともに喋れない。歯も数本折れているようだ。
「いや、お前が言い出……い、足が……」
「ほまえがひい出し……」
「どっちが言い出したかはどうでもいいんだよね、やろうとした時点で同罪だし」
醜い言い合いをカリウスは無感情に切り捨てる。その目には光はなく、冷たい。
「す、すみませんでした……」
「ふみまふぇんでした……」
彼らの声は小さい。覚悟の無いチンピラなどこんなものだ。
「そのへんにしとけ、カリウス。コイツラもこれで懲りただろう」
カリウスと昔馴染みの少年が声を掛ける。
「まあ、そうだね。あと減給ぐらいで勘弁しとくか」
チンピラ二人は目を合わせる。助かった。あま
「やっぱ駄目」
二回の乾いた音が暗い格納庫に響き渡る。二人は心臓に銃弾を受け、即死した。
「おい!?」
「今、俺の事を甘いやつだって目をした。こういうのはまたやらかすよ」
血の匂いにカリウスは顔をしかめ、踵を返す。
「死体袋に入れて適当に捨てて置いて」
愕然とする周囲を無視し、カリウスはLF格納庫を出る。
しばらく通路を歩き、行き止まりに突き当たった。薄暗い、何も無い場所。
「何やってんだろ、俺は……」
そのまま額を壁に預け──警報音が機内に鳴り響く。
跳ねる様に駆け出し、操縦室に入った。フェンリルを操るパッチが機長席に座っている。
「パッチ、どうした?」
「ヒスイ運送のグリーンホエールが来てる!どうやって追いついたんだ!?」
「フェンリルの方が早いはず……」
どうやって?ランナーズのフェンリルは月面航空機のカテゴリーの中では相当速い。だからこそトロンシティの防衛隊を振り切れたし、この作戦を実行する支えとしたのだ。
『こちら、ヒスイ運送所有の月面航空機グリーンホエール、社長兼機長のヒスイ。聞こえるか、ランナーズ』
「……こちら、ランナーズのリーダー、カリウスだ」
グリーンホエールからの通信。カリウスは通信機を手に取り応答する。
『強奪の手際は見事だったよ。だがな、積荷の影響による巡航速度の低下を考慮に入れず、後は飛行ルートの選択ミス。それが追い付かれた原因だ。要は経験の差だよ』
こちらの内心の疑問を読んだかのようにヒスイが語る。カリウスは瞠目する。
『こちらがどうする気かはわかるよな?』
「ああ」
『お前はどうする?』
「……戦う」
通信は切られた。カリウスは目を開き、相棒の方を見る。
「LF全機発進、俺も出るよ」
黒い空に星の白点が散りばめられ、何処までも殺風景な白い大地が広がる月面。色があるのは空に浮かぶ青い地球のみ。
その中を飛ぶ月面航空機フェンリルは、前部ハッチを開く。空気のみ通さないエアフィルターフィールドをくぐり抜け、三機のLFが真空に飛び出した。
黒と黄色の蜂を思わせるLF、エストックは反転して脚部のプラズマ推進器を噴射し、進行方向とは逆転させる。その先には追跡者であるグリーンホエールと既に出撃している三機のLFがいる。
「クレマチスよりもエストックの方が運動性は上だ。中央と左の奴は任せる。俺は右の灰色を倒す」
『了解』
カリウスは通信越しに仲間に指示を出した。数は同数、クレマチスとエストックの総合性能は前者が上だが、瞬発力なら軽量な後者が上だ。勝ち目はある。
だがあの灰色の無人LF──ヒュテラム。奴はクレマチス2と同様にリパルシブ技術を搭載しているという。
ランナーズの中ではカリウスが一番の操縦技術を持つ。
レバーを倒し、エストックを加速させてヒュテラムへ突撃させる。距離五百、四百、三百、近づいてゆき──散弾砲が火を噴いた。
ヒュテラムは鋭角に上昇、散弾の散布界から逃れる。予測済みか。反撃としてマシンガンの射撃が降り注ぐが、カリウスのエストックは最小限の方向転換で躱す。無駄のある動きではヒュテラムには追いつけないだろう。
追撃のプラズマウィップ。蛇の様にしなる光のムチをエストックは旋回する事ですり抜ける様に回避、反撃の散弾を放つ。今度は僅かに灰色の装甲を掠める。
《何故、こんな事を?》
通信からの無機質な声が聞こえてくる。カリウスは無視して機体を接近させ、エストックの背に接続された小型プラズマカノンを発射。
《これだけの能力であれば、犯罪に頼る必要は無いと考えます。何故ですか?》
プラズマの光条は回避され、反撃のマシンガンの弾丸のシャワーをエストックは急停止させて回避。それによるGの負担がカリウスの身体と機体を軋ませる。
《何故──》
「うるっさいんだよお前……!」
ヒュテラムからの呼びかけにカリウスは苛立たしげに呟く。澱んだ鬱憤を吐き出すように口を開いた。
「金が無い、なのに見捨てたくない奴らは増える、新人の部下はカスばっか!」
スロットル全開。エストックはスラスターを最大出力にしてプラズマのムチを回避しながら敵に接近し、反撃の散弾はヒュテラムの右手とマシンガンを穴だらけにした。
「恵まれてる奴らがくっちゃべってんじゃねぇ……!──!?」
追撃の背部プラズマカノンを放とうとした瞬間、機体がバランスを崩して横転、空中で錐揉み回転する。
「整備不良……?」
モニターの機体情報のデータは右脚部の異常を訴えている。素人集団が整備した結果がこれか。
ヒュテラムが左手をこちらに向ける。カリウスのエストックは動けない。
「羨ましい、な──」
その呟きは、斥力の破壊の渦によりカリウスごと押し潰された。
カリウスを失った事による動揺かランナーズの残りのエストックはあっさりと撃墜された。残ったフェンリルは降伏し、ランナーズはトロンシティの防衛軍に引き渡された。恐らく主要人物は無期懲役か死刑、他のメンバーも相当な刑罰を受けるだろう。
ヘカテーシティ百三十番街、アウトローの街。ヒスイはその中を歩く。いつも通り何処を向いてもネオンだらけの街を歩き、目的地のバーに着く。マスターに自分の名を告げると、個室に案内された。
通された個室は防音完備、盗聴対策のなされた特注の物だ。分厚い金属が内に仕込まれた頑丈な扉を開ける。
「よお、二日ぶりだな」
「ああ、イーサン」
部屋の中には先客であるイーサンがいた。普段とは違いサングラスを外して胸ポケットに入れてある。タレ目の青い瞳がヒスイを見た。
ヒスイは対面の席に座り、イーサンを見据える。彼は微動だにしない。テーブルには彼が頼んだであろう料理が並んでいる。
「両親に誓って言うが、俺はランナーズに強奪させてない」
「まあ、そうだろうな」
ランナーズの裏切りの話だ。イーサンの言葉をヒスイは疑わなかった。LFを売却する立場からすれば、そうした所でメリットはない。トロンシティとは納品後に全額代金を貰う契約だったし、ランナーズと手を組んで強奪したように見せかけて他の相手に売りたいなら、ヒスイ運送を巻き込まずに行うだろう。
「分かってくれたか」
「ああ、だがウチへの落とし前は?社員が一人死んでんだよ」
イーサンの顔が少し強張る。彼が指定したランナーズの裏切りの始末をヒスイ運送がつけたのだ。その上、強奪の際にヒスイ運送の社員が一人死亡している。入社したばかりの十九歳の若者だった。
「……ランナーズに支払う分の報酬、でどうだ」
ヒスイの深緑の目が鋭く細められた。それで終わりか?と問いかけるように。
「……今回の整備費や弾薬費等の経費全てもつける」
「それに加えて、死亡した社員の遺族への金も出してもらう」
「……ああ、分かったよ」
イーサンは溜め息を吐いて目を伏せる。ヒスイの目は見定めるように鋭いままだ。
「……じゃあな、俺はもう帰る」
ヒスイが席を立つ。
「……おい、せっかくだから食ってけよ」
イーサンが皿を掲げる。皿にはフライドポテトが盛られている。
「……遠慮しとく」
そう言って、ヒスイはドアを開けて外に出ていった。
イーサンの依頼から三日後。ヒスイ運送所有のグリーンホエールは、この日は何事も無く仕事を終えてヘカテーシティのいつも通りのドックに収まっていた。
リーナはLF格納庫へと足を運ぶ。ヒュテラムに呼ばれていたのだ。
「ヒュテラムちゃん、どうしたの?」
《実は、この映画を一緒に鑑賞したくて》
小型ロボモックスが掲げる携帯端末の画面上には映画のが表示されている。題名は──ランナーズ。
「……何か、関係あるのかな?」
《見れば分かるかも知れません》
一人は近くにあった椅子を引っぱってきて座り、一機はいつも通り足を投げ出した駐機姿勢。
端末から空中に立体映像が投影される。どうやらスラム街からアウトローが成り上がる物語のようだ。主人公は──カリウスという名の少年だった。
カリウスは、仲間を見捨てず、常に理不尽に立ち向かっていく。だが、やがて大きなマフィアに目をつけられてしまった。
「あのカリウス君も、この映画見てたのかな」
《そうかも知れません》
仲間を失う悲劇に見舞われるも、マフィアに反撃し、何とか勝利した。アクションも見応えがあるし、話もテンポよく進んで中々の作品だった。
『俺は仲間を見捨てない』
最後にカリウスの決めゼリフで、作品は幕を閉じた。




