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魔性のニンジン その2

目的の農場へ着いた頃には、すっかり日が昇っていた。

一般的な認識では吸血鬼は日光を浴びると即死するものだが、実際は多少浴びたくらいでは問題無い。

消耗こそ激しいが、全身に何かを着込むなど対策をとっていれば、一日中外にいても問題無いほどだ。そんな酔狂な話はめったに聞かないが。

木陰に腰を下ろして汗を拭きながら、ノワールは開けた場所に立つ一軒家を見た。

二階建ての母屋を中心としたその農場は、柵のついた長方形の畑が二つ並んで伸びていた。片方はすでに収穫を終えており、凹凸のついた土だけが残っているのみだったが、問題は対面にあった。

「これは……」

「砲弾でも撃ち込まれたのか?」

それが二人の第一声だった。

畑をを取り囲むように張られた柵の一部は、無残にへし折られ、そこを中心とした周囲数メートルにクレーターのような痕が出来ている。

ノワールが不安そうにグレイを見た。

「私すごく嫌な予感がします」

「俺もだ。しかしここまで来て帰るわけにもいかん」

戻るも進むも歩いて半日以上はかかる距離。しかも稼ぎの当てが無いのだから、選択肢が無いのが現実である。そんな現実に加勢するように、二人の腹が同時に鳴った。

「お腹が空きました」

「うわさのニンジンをご馳走にでもなるか」

軽く腹をさすり、グレイは羽織っていたローブを脱ぎ、降ろしていたリュックの中から使い込まれた防具を取す。使い込まれたと言えば聞こえはいいが、要するに古臭い中古品である。塗装はとうに剥げ、革ひもはすり減って一部は針金で補強までしてある。

ノワールに手伝ってもらって装着し、最後に愛刀を包みから出して腰に下げれば、先程までの旅人の風体はそこにはなかった。良く言えば貧乏な傭兵。悪く言えば文無しの盗賊にも見える男がそこにいた。

ちなみに今しがた腰に差した愛刀だが、防具と違って新しく、見事な装飾までされている。さぞ切れ味もよさそうに思えるが、残念ながら模造刀である。

その銘を≪冬渡る鳥たちの為の枯れた止まり木≫といい、さる名匠から譲り受けた品なのだが、グレイは短く≪冬の枯れ木≫と呼んでいる。さしもの名匠も涙したものが、最終的には好きにしろと言って送り出してくれた。

軽く胸当てを触り、状態を確認していると、ノワールも支度を終えて隣に立った。と言っても、こちらは折り畳み式の杖を手にしただけである。

とんがり帽子も水晶玉も持っていないが、まあ魔女や錬金術師の端くれに見えなくもない。

準備が出来たところで二人は屋敷の門を叩いた。

出迎えたのは、剥げかかったいかつい顔の男だった。

「ご要件は?」

低い声で威圧する男に、たまらずノワールがグレイの背に隠れるが、グレイは表情一つ変えずにそれを受け止めた。

「依頼を見て参じた。畑を荒らすイノシシ……のような何かに困っているそうだな」

「ほう」

風体でいえばやや胡散臭い二人であったが、堂々としたグレイの態度に、男はひとまず合格と判断した。

「失礼いたしました。私は使用人のバージルでございます。主のもとへご案内いたします」

深々と頭を下げ、バージルは二人を招き入れた。

簡素な装飾の廊下を抜け、二人は客間と思われる場所へ通された。長いソファーに並んで腰かけ、だされたお茶を飲み終えるのと同時に、一人の女性を伴ってバージルが部屋へと戻ってきた。

「とう屋敷の主、キャロット夫人でございます」

「あらまあ、かわいい剣士さんが来たもんだね」

キャロット婦人と呼ばれたのは恰幅のよい年配の女性だった。やや腰が曲がっているもの、実に力強い足取りで二人の対面に腰かけた。

「ごめんなさいね汚い所で。もっと羽振りがいいと思ってたかしら?」

「そんなことは……いや、少し」

「正直だね。評判はいいけれど所詮は趣味でやってる個人農場さ。まあ、場を荒らされたって思ってる連中もいるけどね」

言葉を切り、紅茶の入ったカップを摘んで一気に飲み干した。豪快に。

「ところでアンタ、お若いようだけど腕は確かかい?」

「荒事にも慣れているつもりだ」

「そうかい。その剣が飾りじゃなきゃいいけどね」

もちろん飾りなのだが、グレイは表情一つ変えずに流した。

そもそもグレイは真剣を差せない。それは彼が成人の試練の途中であるからである。白の国の慣わしでは、成人に満たないものは多くの制約が課せられている。武器の携帯の他、各流派への師事や魔法の勉強なども許されていないのだ。

もっとも、法律で決めれれているわけでもなく、ここは赤の国なのだから多少はいいのではとも思うのだが、そこは白の国に産まれた男の性である。

「さて、詳しい話を聞かせてもらいたいのだが」

「あーそうだね。バージル」

控えていたバージルを、夫人は指で招いた。

「話してやりな」

「はい。あれは一週間前の事でした。夜に片付けをしていると畑から大きな物音がし、行ってみたところ、大きなイノシシが柵を破ってニンジンを食い荒らしておりました」

「なかなか頑丈な柵のように見えたが」

「何度もぶつかったのでしょう。その時は私の投げた松明が当たり、逃げていきました」

そこまで話してバージルは頭を下げた。話はそこまでのようだ。

「奴はそれ以降も?」

「いいや。周りの農家から男共を雇って警備させててね。おかげでかなりの出費さ」

「収穫を早めようとは?」

純粋なグレイの質問に、夫人はとんでもないと声を上げた。

「馬鹿言うんじゃないよ。味と栄養が自慢の赤玉ニンジンだ。未熟なままで出荷できるかい」

「趣味でやっていると聞いたが?」

「本気の趣味さ。王都じゃ旦那と会う前から土をいじってた」

どこか遠い目で、キャロット婦人は椅子のふちを撫でた。

「旦那が死んで子供とも疎遠になって、これからはやりたいことを全部するって決めたんだよ」

「それは失礼した。しかし今夜から警備は不要だ」

「ああ、期待してるよ。サクッと仕留めとくれ」

最後に滞在の許可をもらって話は終わった。

ノワールは部屋で棺桶に入り、グレイも仮眠を取って備えた。

夕方、赤玉ニンジンの料理をご馳走になったが、舌の肥えていないグレイには普通のニンジンと変わりなく感じた。



日も落ちて月が昇った頃、グレイは空の畑を歩いていた。

この農場では二つの畑を交互に使用して栽培を行っており、今この畑は栄養を蓄えている最中だ。

少し離れたところではノワールが月を眺めて歌を口ずさんでいる。腕前としてはそこそこだが、月の下で歌う姿はいい構図となって映えていた。しかしそれも一瞬のうちに終わりを告げた。

大きな音を立て、何かが森の中から飛び出した。

「ひゃっ!」

「来たようだな」

二人を挟み、緑畑の反対側から猛烈な勢いで走りこむソレの前に、グレイは躍り出た。

グレイの姿を捉えてなお勢いを殺す事無く、大型犬程の身の丈を持つイノシシは襲い掛かった。

「――ッ」

あわや激突という一瞬でグレイは横に飛び、その横っ面へと≪冬の枯れ木≫を見舞った。しかし、その一撃は相手では無く地面へと突き刺さる。

「とんっ!」

跳んだのだ。

およそ巨体に似つかわしくない動きで刀身をかわし、土煙を上げて着地する。

なるほど、あのクレーターの主と見て間違いない。

体勢を整えて追いかけようとするグレイを無視して走りだそうとするイノシシの前に、しかし今度はノワールが立ちふさがった。

驚いて立ち止まるイノシシだったが、ノワールはノワールでノープランのまま飛び出してしまったため、こちらも慌てて立ち止まる。

数瞬の逡巡の後、先に動いたのはノワールだった。

両手を大きく広げ、威嚇するように声を上げる。

「獲物を狩るコウモリのポーズ!」

全身を覆う黒いローブが風になびき、意外と形になって見えた。

そんな精一杯の気合いを込めたであろう行為は、しかし憐れみのこもった視線によって受け止められた。

「ブヒッ」

お嬢ちゃんも大変だな。とでも言いたげな声に、ノワールの大事な何かが切れた。

「うっがーっ」

奇声とともに飛び上がり、全身の勢いを込めた攻撃を放つも、あっさりと避けられて地面に落ちた。当然その顔は土まみれとなる。

そんな姿を目線の端に捉えつつ、イノシシは走りだす。が、その先には振り切ったはずのグレイがいた。

「あまりイジメないでくれるか?」

ノワールの作ったわずかな時間で回り込むのに成功したグレイは、再び手に持った剣を振り下ろした。

完全に捉えたと思われたその一撃を、またしてもイノシシはかわした。得意げな顔で走り去る。振り返りもせずに。その油断が命取りとも知らずに。

先程と同様に空を切った剣だったが、今度は地面に突き刺さることなく止まった。冷静に目の端で相手を捉え、手首を百八十度返す。完全に油断したイノシシに向かって、グレイは冬の枯れ木を投げた。

死角から高速で飛来したそれは、振り向く間もなくイノシシの頭に直撃し、その身体を地面にめり込ませた。

「ブピィ!?」

人類の知恵が野生を上回った瞬間であった。

ゆっくりと息を整えながら剣を拾い上げ、ぐったりとしたイノシシをグレイはのぞき込み、声をかけた。

「豚よ」

「ブヒッ」

「失礼、牙が無かったので。メスだったか」

馬鹿らしいと思いつつ、グレイは頭を下げた。

「さて、聞かせてもらおうか。なぜこの農場を襲ったのか」

「ブヒ……」

「事情がるのだろう?この辺りは食料が少ないわけでもない。他の農家もある」

「……」

うつむいて黙り込むイノシシに、グレイは優しく語りかけた。

「無暗な殺生は好まない。理由があるのなら話してみろ。……俺にも分かるようにな」

相手が巨体のイノシシでもなければ、芝居のワンシーンにもなれただろう。

畑でイノシシに語り掛けるこの男に、しかしイノシシの心は動いた。のっそりと立ち上がり、何かを語ろうとし、そして思わぬ邪魔が入った。

「がぶーっ」

泥だらけになった体を気にもせず、ノワールがイノシシにかぶりついた。

「ブヒー!?」

突如襲ってきた痛みにイノシシは悲鳴を上げ、ノワールを振り落として夜の森へと走り去ってしまった。

「……それなりにまとまりかけていたのだがな」

「ぶーぶー」

「お前までイノシシになってどうする」

よほど頭にきているらしく、平静で無いノワールに、グレイは母屋に戻るよう勧めた。

「後は俺が片づける。お前は風呂にでも入れてもらえ」

「はい。分かりました」

しぶしぶ納得し、ノワールは母屋へと歩いて行き、それを見送って、グレイはイノシシの追跡を始めた。

その巨体からか足跡はクッキリと残っており、追跡は容易だった。

月明かりの下を五分程走ったところで人の気配を感じ、グレイはひっそりと忍び寄る。すると木々の間に、二つの影が現れた。

一つは先程相手をしたイノシシ。そしてもう一つは人間の男のようだ。手に何かを持ち、イノシシを叱咤している。

「こんの豚が。何も出来ずに逃げ戻りやがって」

怒鳴りながらその足で腹を蹴る。

苦しそうにイノシシがうめくがお構いなしに蹴る。

「なんだその顔は。こいつがどうなってもいいのか?」

今度は手に持った何かをイノシシの前に出した。それは幼いイノシシの子供だった。

「クソッ、こんなんじゃ報酬を値切られちまう。せっかくいい道具が見つかったってのに」

「そうか。それは災難だな」

不意に男の手が掴まれ、すさまじい力でひねりあげられた。思わず仔イノシシを落とし、慌てて声の方を振り向く。

「俺が言うのも何だが、女には優しくしろ」

驚く男をグレイは殴り飛ばした。

「さて、改めて話を聞こうか」

顔を抑えてのたうつ男を掴み、グレイは尋ねた。

「誰に何の目的で雇われた?」

「ひっ。あ、相手は知らん。ニンジンをダメにしろと言われて。俺は雇われただけだ」

おびえる男を放し、グレイは≪冬の枯れ木≫を抜いた。

「見ての通りこれは模造刀だ。だが、骨を砕き肉を潰すのには十分な硬さがある」

「……」

「失せろ。足がまだ真っ直ぐな間にな」

男は喜んで従った。

ノワールが見ている前ならば、こんな言葉は出さなかっただろう。しかし偶然にもこの場に彼女はいない。男はただ己の不運を呪うのみである。

グレイが振り返るとイノシシはもういなかった。仔イノシシもだ。

もう農場に迷惑もかけないだろうか。それとも数日様子を見るべきだろうか?

そんなことを考えていたグレイの背後に、何者かが立った。完全に気を抜いていたグレイの意識はそこで途切れた。

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