過ちは人の常。許すのは――前向きに検討ということで(その2)
双子がいっぺんに反応するため、否定と肯定が一緒に聞こえて確かに紛らわしい。
「マダムの言う通りさ。俺たちが丹誠込めて作り上げた素敵なファミリーは、今はキツネの野郎たちが管理してるんだよ。くそっ、何だあのAmore(愛)もPassione(情熱)もない運営方法は。まるで機械か何かだぜ」
「そんなこと、ファミリーのネコたちは言ってなかったけどなあ。みんな、ボスが行方不明だって言うだけで、キツネの化外が管理しているなんて一言も言ってなかったよ」
「連中、ネコに化けてるんだよ。図々しくも、俺たちの代理だって言ってファミリーに入り込んで、好き勝手やってるんだ。忌々しい」
あかねの質問に、兄のマルコが悔しそうに歯がみをしつつ答える。二人がファミリーを留守にしている間に、キツネたちによってジェーニョファミリーは乗っ取られてしまったようだ。キツネたちはネコに化けると、ファミリーに侵入してその管理権限を奪ってしまったらしい。ご丁寧にも、自分たちを双子の代理だと自称して。
元より、その日暮らしで面倒くさがりのネコたちである。自分たちで切歯扼腕してファミリーを切り盛りするより、自称ボスの代理として管理人を買って出る化外がいるならば、喜んで一任してしまうだろう。かくして、二人はファミリーにとって別にいてもいなくてもいい存在となり、自分たちの居場所を奪われた野良猫に落ちぶれる。
「キツネかい? 鬼灯町にキツネだなんて珍しいねェ」
「そうだよ。本名は戌亥葛葉綾鼓太夫黄玉宮羽黒。ジャパンのキツネの化外の中じゃ、三本の指に入る名家の秘蔵娘さ」
「葛葉……聞いたことがあるよ。まあ、ずいぶんといいところのお嬢さんとお知り合いになったモンだねェ」
おキヌは笑うが、双子は渋い顔をしたままだ。
「キツネがネコの縄張り争いに首を突っ込むなんて信じられませんが。まして、キツネがネコを側室にする? バカも休み休み言って下さいよ。単に、そのハグロとか言うキツネとリゾート地で休暇でも楽しんでいて、帰ってきたらクーデターを起こされていたとか、そんな感じじゃないんですか?」
にべもなく、ノリトは二人の主張を切って捨てる。キツネは凄まじい女系社会であり、家柄と血筋をとことん重んじる。他種の化外であるネコの血を、キツネの血に混ぜるなんてことはまず考えられない。ノリトがそう思うのも無理はない話だ。しかし、弟のアントニオは真顔で首を左右に振る。
「信じてくれよ、本当なんだって。そりゃあ、ハグロがオレたちとの間に子供をもうける気はないと思うぜ。オレたちはネコでハグロはキツネだ。そもそも、ハグロは独身だからな。正室だっていない。多分、側室みたいな存在にオレたちを囲い込むつもりだったんだろうな」
「自分好みの男に一から育てる。あ~……なんだったっけ? ゲンジモノガタリ? そんな感じだろ」
弟の話を兄が引き継ぐ。源氏物語で光源氏が紫の上を幼い頃から育てたように、ハグロはジェーニョ兄弟を自分の理想とする男性にするつもりだったのだろうか。あかねは二人の顔を見てみるが、どうにもこの双子がハグロの好みには思えてこない。
「あんたたち、見るからに金遣いが荒くて派手好みっぽいからねェ。どうせ、髪結いの亭主にでもなれて贅沢三昧ができるって飛びついたんだろ?」
ハグロの実家が名家と知っているおキヌは、そんなきついことを言う。どうやら図星だったらしく、二人はうつむいてしまった。
「やれやれ。惚れた恋したじゃなくて、家の名前や資産に目が眩むようじゃあ、一人前の男とは言えないねェ。伊達男の外見が、それじゃあもったいないよ」
「……返す言葉もないぜ、マダム……」
「……あなたの言う通り、オレたちがバカだったぜ……」
珍しく、二人は自分の非を認めた。よほど、ハグロにひどいことをされたらしい。
「側室になりたくなかったの? もしかして、ハグロさんのところから逃げてきたとか?」
あかねの当てずっぽうな発言は、今回に限り正解だった。
「そうだよ。俺たちはハグロの実家から命がけで逃げてきたんだよ」
「ここから車で一時間くらい行った場所にある神社が、ハグロの実家とつながっている。もう、あそこにはマリア様に誓って戻りたくないぜ」
そう言うなり、二人はぶるぶると体を震わせる。
「いじめられたの? なんか可哀想……」
「違うって! べ、別にいじめられたとか、そういうわけじゃねえ!」
中学生の女の子に同情されるのはプライドが許さないのか、兄は大声であかねの言葉を否定する。
「じゃあ、どうしてそんなに怖がっているの。ハグロさん、別に悪い人には見えなかったけど」
「あいつはおかしいんだよ! あいつも、キツネも、廓っていうキツネの組織も! 全部引っくるめて異常なんだよ!」
「そうだよ! ここはどこだ? 日本だ! オレたちは何だ? 化外だ! ここはアメリカ海兵隊のブートキャンプじゃねえ! 俺たちは鬼軍曹にしごかれる志願兵じゃねえ!」
二人は精神的に限界に来たのか、ヒステリックにわめく。
「来る日も来る日も、勉強とトレーニングばっかりだ! 二十四時間全部だ! ハグロにふさわしい側室になるためって名目で、俺たちは殺されかけたんだ!」
「そうだ! おいしいディナーも! 快適なシャワーも! 小粋なジャズも! ふかふかのベッドも! なにもねえ! そんな生活を一週間も続けたんだ! 一週間も! 百六十八時間もだ!」
二人は口角沫を飛ばす勢いで、自分たちがいかに一週間の間虐げられてきたかを切々と語る。もっとも、本来口角沫を飛ばすとは、激しく議論する様に使われる言葉だ。今回は議論ですらない。一方的にジェーニョ兄弟が叫んでいるだけだ。ファミリーのボスとして優雅な生活を送っていた二人には、突然の環境の変化が相当こたえたらしい。
「もう……もう俺たちは耐えられねえ…………」
「でも、どこにも帰る場所はねえ…………」
「もう嫌だ、嫌だぁ……」
「ママ……ママァ……」
挙げ句の果てに、二人はトラウマを想起したらしく、その場ですすり泣き始めた。涙をこぼすだけでなく、二人は揃ってポケットからハンカチを取り出すと、大きな音を立てて鼻をかむ。
まるで四六時中拷問にさらされていたかのような二人の熱弁だが、いまいち説得力に欠ける内容だ。二人がどれだけハグロにふさわしい側室になるべくしごかれたのかは分からないが、比較対象がファミリーのボスとしての贅沢三昧である。それまで好き勝手に生きていた日々と比べれば、どのような環境の変化も二人にとっては辛いに違いない。
「ニャハハ…………」
切々と我が身の不幸を訴えた二人に対し、投げかけられたのは憐憫でも同情でもない。それは嘲笑だった。
「ニャハハ、ニャハハハハ…………」
ネコの笑い声が応接間に響く。しかし、笑っているのはハンゾーでもなければおキヌでもない。その笑い声は、双子の後ろ、閉じられた襖の向こうから聞こえてくる。
「ニャーハッハッハ!」
呵々大笑、という語がまさに当てはまる大音声と共に、勢いよく襖が開かれた。ぴしゃん、という小気味よい音が左右から聞こえる。
「いやぁ痛快痛快! てめぇらの泣き顔で今日の夕飯はきっと箸が進むぜぇ!」
その向こう側にいたのは、ほかでもない…………。
「あ、あんたは……」
「ど、どうして……」
完全に虚を突かれたジェーニョ兄弟の間抜けな顔に対して、笑い声の主は口を耳まで届くほどに開いて笑う。生え揃った牙の奥から、真っ赤なざらざらの舌が姿を覗かせた。
「おいおいおいおい、ここは俺様の根城だぜ。だとすれば、俺がいるのは当たり前田の夕暮れよぉ」
「カゲフサさん! 目が覚めたんですか?」
「おう、ついさっきな」
あかねの驚きの声に、彼は格好をつけて見得を切る。演目のクライマックスで姿を現した歌舞伎役者のように、その仕草は堂に入ったものだ。
「天下御免の尾張名古屋は、城がなくちゃあ三日と保たねえ。天下無双の街角組合も、俺がいなくちゃあ始まらねえ」
そう、ジェーニョ兄弟の凶弾に倒れて熟睡していたはずのカゲフサが、ここに完全復活を遂げていたのだ。
「ご期待ご声援ご要望につき、ここに八代目石上五葉縁ノ下ノ守五郎左衛門景房、堂々参上仕る」
カゲフサの登場は、完璧にタイミングだけは合っていた。しかし、まさかのカゲフサの乱入に、全員が何も言えないでいる。
「……おい、合いの手」
その沈黙を不服に思ったらしいカゲフサが、ハンゾーに小さい声で合いの手を要求した。
「……ニャ!」
慌てて跳び上がったハンゾーだったが、その役目をあかねが即席で引き継いでしまう。
「いよっ! 親分! 待ってました! 鬼灯町一等賞っ!」
まったくもって、人間であるはずのあかねも、すっかりネコに染まって鬼灯町の一員である。




