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過ちは人の常。許すのは――前向きに検討ということで(その1)





 街角組合の応接間。そこでは長方形の机を挟んで、町内におけるネコたちの勢力が二分されている。窓側にはおキヌとハンゾー。そして廊下側にはジェーニョ兄弟がそれぞれ座布団の上にいる。“いる”と書いたのは、礼儀正しくきちんと座っているのは、人間と似た姿形であるおキヌだけだからだ。あかねはノリトと一緒に、双子の側に座っている。


 まずジェーニョ兄弟。二人は未だにネコの姿を取ったままだ。二匹の格好は、判で押したように同じである。背中を丸め、両手をちょこんと前に出し、その上に顔面をぴったりと伏せている。普通のネコたちもこんな格好で寝ていることがあるが、「すごくねむいニャ」という思いと「眩しくて辛いニャ」という思いの折衷案がこの体勢らしい。


 だが、二匹はここでふて寝しているわけではない。これこそ、ジャパンにおける由緒正しい謝罪のスタイル。極めるならば、いかなる状況下においても首だけはつながるという究極のアーツ。サムライがハラキリをする一歩手前にまで自らを追い詰め、それによって相手に許しを請う交渉のスキル。すなわち土下座、ドゲザ、dogezaである。


「ニャァァン? ニャンニャあその格好は? それでもジェーニョファミリーの親分かニャア? 恥ずかしくないのかニャア?」


 一方、机の向こう側で座布団の上に仁王立ちになっているのは、街角組合松組筆頭のハンゾーである。両手を腰に当て、両足で座布団を踏みしめ、ハンゾーは精一杯体を大きく見せようとして反り返りながら息巻く。


「おいニャン、何とか言ってみるニャン。今まで散々迷惑かけておきながら、今更詫びを入れようなんて筋が通らなすぎニャン。おでんの牛すじはとってもおいしいけれど、こっちはぜんぜんおいしくないニャン。ニャンニャン!」


 以前麻酔弾を撃ち込まれた怨みとばかりに、ハンゾーは土下座したまま動かないジェーニョ兄弟を散々に罵る。


「ごめんニャさい」

「ごめんニャさい」


 対するジェーニョ兄弟の台詞は、先程からずっと同じだ。


「ニャアア! さっきからごめんニャさいごめんニャさいばっかりニャ! 誠意ってモンがちっとも見られないニャン! ふっざけるニャ!」

「ごめんニャさい」

「ごめんニャさい」

「ニャー! それは聞き飽きたニャー!」


 ハンゾーは、尻尾を左右にブンブン振り回しながら大声を上げる。ハンゾーの言う通り、ずっとこんな調子である。何を言われても、どんなに怒られても、けなされても、二匹の返事は常に同じ「ごめんニャさい」なのである。徹底的に下手に出て、非難の矛先を頭上でやり過ごしてしまおうという魂胆なのだろう。堂に入ったことに、身動き一つしない。


「ニャーン! もういいニャ! お前らじゃ埒があかないニャ。さっさとファミリーのボスをここに呼んでくるニャ! このハンゾー様が尻尾の毛が全部なくなるくらいとっちめてやるニャ…………って、お前たちがファミリーのボスだったニャ! 話にならないニャー! もう嫌ニャー!」


 完全にのれんに腕押しの状態となったことで、とうとうハンゾーは頭を抱えて座布団の上に突っ伏してしまった。見方によっては、三匹でそれぞれ土下座しているようにも見える。


「ごめんニャさい」

「ごめんニャさい」


 それに対して、ジェーニョ兄弟は頭を上げることなく、一本調子でひたすら同じ言葉を繰り返すだけだ。


 相手が音を上げるまで下手に出て待つのがジェーニョ兄弟の戦法ならば、見事に成功したと言えよう。何をされてもひたすら謝り続けることで、相手の方がやる気を失ってしまう。その状態にまで持ち込めればしめたものだ。闘争意欲がすっかり削がれているので、兄弟としてももう相手の顔色を伺わなくて済むだろう。


「やれやれ。勝手に一人で怒って、勝手に一人で轟沈しているようじゃ世話ないねェ、ハンゾー。うちの人の片腕になりたいのならば、もうちょっと辛抱ってモンを身につけたらどうだい」


 ハンゾーが座布団に沈んでいる横で、おキヌがようやく口を開く。


「ごめんニャ……姐さん」

「別に構わないさ。お前さんが大器晩成だってことくらい分かってるよ」


 ちらっと自分の方に目をやるハンゾーに一度うなずいてから、改めておキヌはジェーニョ兄弟たちに向き直る。


「どうぞ頭をお上げ下さいな。痩せても枯れてもヒゲが抜けても、お二人はジェーニョファミリーの親分方。そんなに簡単によその組合の者に頭を下げられては、付き従うネコたちに示しがつきませんよ」

「ごめんニャさい」

「ごめんニャさい」


 あくまでも二匹は顔を上げず、同じ謝罪の言葉を繰り返す。


「……はいはい、それはもう、よ~くよ~く分かりましたとも。ですから頭を上げて下さい。ここにいるのはただのネコと、カゲフサのちっぽけな家内に過ぎません。お二人が頭を下げていいような相手じゃございませんよ」


 さらにおキヌは下手に出る。それを待っていたように、ちらりと二匹は顔をちょっとだけ上げる。


「……本当ニャ?」

「……嘘じゃないニャ?」

「ええ、ええ。もちろん。昨日の敵は今日の友と言うじゃありませんか。助け合いが浮き世のならい。私もハンゾーも仁義は心得ておりますとも。助けが必要ならば、私たちに遠慮なくおっしゃって下さいな」


 それを聞いてから、二匹の行動は早かった。その顔が上がるや否や、爆発音と共に足元から白煙が立ちのぼる。煙が吹き散らされると、スーツにサングラスという人間の姿がそこにある。どういうしかけか、あかねと会ったときはボロボロだった外見は、すっかり元通りになっていた。二人はスーツの内ポケットから櫛を出すと、丁寧に長髪を撫でつける。


「Grazie,マダム。お心遣い、感謝します」

「Volentieri(喜んで).そこまでおっしゃるならば、遠慮なく助力を要請させていただきましょう」


 数秒前までの情けない態度はどこへやら。二匹は二人に戻ると、すっかりくつろいだ様子で座布団の上に座りなおす


「……盗人猛々しいとはこの事ニャー」


 頭を上げたハンゾーが呆れているが、それも無理はない。


 まったくもって、この兄弟はお調子者というか、信用できない危険な二人組である。自分たちの都合が悪いときは、正真正銘借りてきたネコとなって同情を引き、一度譲歩されればたちまちその皮をはがして本来のふてぶてしさを露わにする。面従腹背という語を、ここまで体現しているネコも珍しい。


「――――ハグロさん」


 しかし、復活した二人のダンディズムは、隣に座っていたあかねの一言で消し飛ぶ。


「ヒィッ!」

「ニャッ!」


 あかねはただその名を口にしただけだが、双子はデンキウナギを抱っこしたかのようにその場で跳び上がると、落ち着かない様子で周囲をうかがう。ハグロが隠れられるような場所がどこかにないか、探しているらしい。


「そ、その名前をどうしてお嬢ちゃんが知っているんだよ!」

「そうだ、なんでアンタがハグロの名前を――――」

「おい兄弟! 名前を言うなって! 名を呼ぶってことはそいつを呼び寄せるのと同じだぞ!」

「す、すまん兄貴…………」


 二人の声はひどく上擦っていて、余裕というものがまったくない。所詮先程のダンディズムは、ただのメッキだったようだ。


 妖怪が名前を明かされて人間に敗れたり、悪魔が名前を呼ばれて自由を奪われたりしたように、化外たちも自分の名前を重んじている。彼らの長ったらしくて格式張った名称は、そのいい例だ。ハグロという名前を口にすると、本当にハグロが現れるのではないかと二人は怯えているのだ。噂をすれば影、といったところだ。


「ハグロさんと私、知り合いだから。ハクメン様もいっしょになって、三人でお茶会とかしたの。悪い?」


 ハクメンの名前も出して、あかねは双子をじっと見た。その視線を受けて、二人はたじたじとなっている。あかねのバックに、ハグロの姿を見ているのだろう。むしろハクメンの方が恐ろしいのだが、あいにく二人はハクメンに会ったことがないらしい。


「わ、悪くないさ。はは、ははは…………」

「そうだよ。むしろずっと、お嬢ちゃんと仲良くしてくれたらありがたいぜ…………」


 二人はそう言ってうつむいてしまう。


「さあ、とりあえずここにハグロさんはいないから、いい加減気を取り直して。いったい何があったの? そろそろ、私たちに教えてくれてもいいんじゃないかな?」


 先程から情緒不安定な二人に、だんだんあかねはうんざりしてきた。さっさと問題を明らかにしたくて、あかねは本題に取りかかる。マルコとアントニオは、お互いの顔を見合わせる。次いでその視線は、香箱のように座るハンゾー、二人の醜態を見ても顔色一つ変えないおキヌ、そして白けた様子のノリトへと順繰りに移されてから、あかねに戻る。


「ジェーニョファミリーがな…………ハグロに捕られたんだよ」

「オレたちを、自分の側室にするって宣言したときからな…………」


 言うなり二人は、がっくりと肩を落としてうつむいてしまった。


「捕られただって? アンタらのファミリーをかい?」

「おまけに側室? ネコとキツネでなぜ縁組みするんですか。白々しい嘘をつかないで下さいよ」


 二人の言葉に真っ先に反応したのは、おキヌとノリトだった。おキヌは目の前の二人があっさりとファミリーを奪われたことに驚きを、ノリトは二人の口から出た言葉があまりにも荒唐無稽なために否定を、それぞれの口から発する。


「そうだよ!」

「違うよ!」

「どっちだい、分からないよ」

「紛らわしい。ちゃんと説明して下さいよ」






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