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なぜ道の真ん中が盛り上がっていないのか

 道路の真ん中が、平らだった。


 ガルドはヴァルダの主街道に立ち、足元を見た。左右を見た。また足元を見た。


 「なんでこんな道にした」


 独り言だった。だがシオが横にいた。


 「……どこが問題ですか」


 「中が高くなっていない」


 「中って——道の真ん中ですか。平らですよ、普通に」


 「普通じゃない」


 ガルドは測量紐を地面に沿わせた。道の端から端まで、五間半ほどの幅がある。中央の高さを測った。


 (フラットだ。完全にフラット。これじゃあ水が捌けない)


 「クルト」


 「はい」


 「道の幅と、中央・端・どちらでもない中間の高さを記録してくれ。三点を測る」


 「……計測するということですか。道路の」


 「そうだ」


 クルトが手帳を開いた。測量開始から二十分、クルトは何かを書いては首を傾けていた。




 朝の六の刻、靄が出ていた。


 沼地の朝は湿っている。地面から白い靄が膝の高さまで這い上がり、踏み込むたびに湿った泥の匂いが立った。空はまだ薄暗かった。


 シオは来ていた。


 ガルドより早く来ていた。


 測量道具を担いだガルドが現場に着くと、すでに待っていた。小さな石に腰を下ろして、測量紐を膝の上で丸めていた。


 「早いな」


 「来いと言われたので来ました」


 「六の刻と言った」


 「六の刻よりちょっと前です」


 ガルドは特に何も言わなかった。道具を置いて、主街道の端から歩き始めた。


 シオがついてきた。


 二十間ほど歩いたところで、シオが言った。


 「ガルド様」


 「何だ」


 「弟子第一号ということで、よろしくお願いします」


 ガルドは立ち止まらなかった。


 「そういう呼び方はしない」


 「でも弟子第一号は弟子第一号なので」


 「弟子じゃない。来ることを許可した。それだけだ」


 「弟子ではなく見習いということで」


 「見習いでもない」


 「じゃあ——」


 「測量の補助だ。道具を持て」


 シオが「はい」と言った。声に笑いが混じっていた。


 ガルドはすでに次の区画に向かって歩いていた。シオが小走りで追いついた。




 問題はすぐに出てきた。


 最初の水没区間は、主街道の北端から十二間ほどのところにあった。道幅が狭くなって、両脇に排水溝がない区間だった。


 雨の後は毎回ここに水が溜まる、とクルトが言った。


 「測ってみよう。端と中央と端」


 ガルドは測量杭を三本使った。道の西端・中央・東端、それぞれの高さを基準点からの差で出す。


 出た数字を見た。


 (中央が一番低い。当然だ。誰もカマボコにしていないから、雨水は全部中央に集まる。で、排水溝がないから、そのまま溜まる)


 「クルト。この区間の三点の差を記録してくれ。西端が基準で、中央が二分下がっている。東端は三分下がっている」


 「二分……三分……確認しました」


 「これが水没の原因の一つだ」


 クルトが首を傾けた。


 「中央が低いから水が集まる、ということですか」


 「そうだ。道路は中央を高くして、両端に向かって傾斜をつける。雨が降ったとき、水が中央から端に流れ、端の排水溝に落ちる。これが基本だ」


 「……それ、知りませんでした」


 「誰も教えていない」


 「だから道が平らなんですか。全部の道が」


 「ここの道は全部そうだ。今のところ見た限り、全区間フラットか、なんとなく傾いている程度だ」


 「設計ではなく偶然の傾き、ということですか」


 「そうだ。排水を意識した設計じゃない」


 シオが道の中央を見た。


 「なんで盛り上げなかったんですかね。普通に作ったら平らになるから?」


 「そうだ。積み上げただけなら平らになる。意図的に盛り上げなければカマボコにはならない。誰もそれを知らなければ、全部の道が平らになる」


 「知ってる人が来るまでは直らないってことか」


 ガルドは答えなかった。


 (そういうことだ)




 水没区間を三カ所確認した。


 北端の十二間。主街道の真ん中、東に折れる交差点近くの八間。南の農地に繋がる道の十間。


 それぞれで測量をした。どの区間も中央が低かった。排水溝もなかった。雨が降れば水が集まり、捌けずに溜まる。


 「この三カ所が一番ひどい」


 ガルドは測量記録を見ながら言った。


 「他の区間も多少問題はあるが、急ぎは三カ所だ。農地への道が一番問題が大きい。ここが毎回水没すると農作物の搬出が止まる」


 「去年も止まりました」


 クルトが言った。


 「大雨のたびに二日から三日、農地への道が使えなくなります。荷車が通れない」


 「それが直る」


 「……直るんですか」


 「カマボコにして、端に排水溝を掘れば直る。水没区間が農地への道一本なら、半日で形は作れる。仕上げを入れても一日だ」


 クルトが目を丸くした。


 「一日で、ですか」


 「今の技術と道具がある前提だ。土魔法がなければもっとかかる」


 「……去年は三日かかっても直りませんでした。ずっと水没したままで」


 「設計を変えれば直る。同じ場所に石を置いても変わらない」


 クルトが手帳に何か書いた。それから顔を上げた。


 「三カ所全部で、どれくらいかかりますか」


 「測量が終わったら設計図を引く。施工は——道の幅と石材次第だ。石の在庫は確認できたか」


 「昨日、材木屋に聞きました。石は一定量あります。が、排水溝の内壁に使える規格の石は少ないと言っていました」


 「規格?」


 「大きさが揃っているものが少ない、ということで」


 (そうか。サイズが揃っていないと内壁の精度が出ない)


 ガルドは少し考えた。


 「石の調達先を広げる必要があるかもしれない。素材の問題は石工ギルドに確認した方が早い。クルト、石工ギルドに連絡を取ってくれ」


 「わかりました。ただ——」


 クルトが少し間を置いた。


 「石工ギルドは、排水工事の件を快く思っていない可能性があります」


 「どういうことだ」


 「排水工事を土魔法でやった、ということで、石工の仕事が減ったと思っている職人がいるようで——ギルドとしての公式な見解ではないんですが」


 (ああ、そっちか)


 ガルドは特に驚かなかった。


 「連絡は取ってくれ。どう思っているかは会ってみないとわからない」




 午後、主街道の設計に入った。


 地面に実寸の断面図を描いた。道の幅五間半。中央から両端への傾斜を一間あたり七分。端に幅一尺の排水溝。溝の深さは六分。


 「カマボコ型、ということがこれですか」


 シオが地面の図を見ながら言った。


 「そうだ。中央が一番高くて両端が低い。雨が降ったとき、水が自然に端に向かって流れる」


 「この溝に流れ込んで」


 「排水溝から低地側の放流先に繋ぐ」


 「設計図がいるってことですね。道だけじゃなくて、溝の出口まで考えて」


 「そうだ。溝を掘っても出口がなければ意味がない」


 シオが少し黙った。断面図を見ながら何か考えているようだった。


 「この設計、ガルド様が考えたんですか」


 「俺じゃない。前から使われている方法だ」


 「どこで覚えたんですか」


 「現場で」


 「ガルド様が行った現場で、道がカマボコになっていた?」


 「そういうことだ」


 シオが「うーん」と言った。納得しているのかしていないのか、判然としない顔だった。


 (前世の知識を「現場で覚えた」と言っているのは嘘ではない。ただし現場がどこかは言えない)


 「記録できたか」


 シオが手帳を出して図を写し取った。昨日から持ってきていた。クルトも横で自分の手帳に写していた。二人が並んで同じ地面の図を写しているのを、ガルドは特に何も言わずに見た。




 夕刻近く、現場に見慣れない人間が来た。


 五十前後の男だった。石工の職人の装いで、腕が太かった。後ろに若い職人を三人連れていた。


 「あんたが土魔法の人間か」


 声が大きかった。ガルドは測量記録から目を上げた。


 「そうだ」


 「石工ギルドのコルダだ。ここの親方をやっている」


 (石工ギルドの親方が来た。クルトが連絡するより早かった)


 「話があって来た。連絡するつもりだったが、現場を見てから来た方が早いと思ってな」


 コルダが地面の断面図を見た。それから道路を見た。測量の杭を見た。


 「何をやっている」


 「道路の設計だ。排水設計を組み込む」


 「排水設計、というのは排水工事と同じやり方か。土魔法でごまかすやつだ」


 ガルドは少し間を置いた。


 (「ごまかす」か。そういう評価が来るとは思っていなかった、わけでもないが)


 「土魔法は使う。ごまかしはしていない。地盤の設計は土魔法でしかできないことがある」


 「俺の親父の代からこの辺の石工は全部ギルドで請けてきた。魔法使いに道路工事を任せる話は聞いていない」


 ガルドは断面図から目を上げた。コルダの腕は太かった。指の関節が節張っていた。石を叩き続けた手だった。三十年の仕事が手に出ていた。


 「任せているのは領主だ。俺じゃない」


 「そういうことを言いたいんじゃない」


 コルダが地面の断面図をもう一度見た。


 「——この設計は、石工では作れない形か」


 しばらく黙っていた。


 「答えろ。石工では無理な設計なのか」


 ガルドは「無理ではない」と言った。


 「石工でもカマボコ型の道路は作れる。土魔法が必要な部分は地盤の締め方だ。道の表面の施工は石工の仕事になる」


 コルダが少し黙った。


 「……石工の仕事になる、というのはどういうことだ」


 「道路の表層は石を並べる必要がある。排水溝の内壁も石だ。それは土魔法ではできない。石工に頼む必要がある」


 コルダが後ろの若い職人を見た。それからガルドを見た。


 「俺は認めていない。魔法に頼った工法を認めるとは言っていない」


 「認めなくていい。ただ石材の調達で話を聞きたかった。クルトが連絡しようとしていた」


 「……石材の調達。」


 コルダがもう一度断面図を見た。傾斜の数値のあたりで目が止まった。指でなぞりはしなかったが、しばらくそこから離れなかった。


 「明日また来る」


 それだけ言って、若い職人たちを連れて帰った。


 ガルドは特に見送らなかった。


 「あの人が親方ですか」


 シオが言った。


 「そうだ」


 「認めていない、って言ってましたけど」


 「明日また来ると言った。来れば話はできる」


 (来るということは、完全に拒否しているわけじゃない。見てから判断しようとしている。それで十分だ)


 「ガルド様は怒らないんですか」


 「怒る理由がない。向こうは正当な疑問を持っている」


 シオが「そういうもんですか」と言った。


 「怒るのは感情の話だ。仕事の話じゃない」


 クルトがこっそり何かを手帳に書いた。




 翌朝の段取りを組んだ。


 道路の設計図を三区間分描き終える。地盤の締め方の手順を確認する。石材の規格——コルダが来るなら、そこで話を聞く。


 「クルト、今日の記録はできたか」


 「水没区間三カ所の測量データ・断面図・石工親方コルダ氏の来訪、以上を記録しました」


 「ありがとう。明日また来てくれ」


 クルトが「はい」と言って手帳を閉じた。


 「ガルド様、明日も六の刻ですか」


 シオが言った。


 「六の刻だ」


 「わかりました」


 シオが道具を片付け始めた。測量杭を束ねて、紐を巻いた。手順が前より速かった。


 (一週間で体に入っている。教えた覚えはない)


 「シオ」


 「はい」


 「明日は断面図の清書を頼む。俺が計算しながら描くから、数値を読み上げる」


 「……数値の読み上げですか」


 「計算が出るたびに俺が言う。それを間違えずに書き取ってくれ」


 シオが「わかりました」と言った。少し嬉しそうな顔をしていた。


 (読み上げて書き取るだけなのに、なんで嬉しいのかはわからない)


 「段取り——」


 ガルドは今日の段取りを確認した。三区間の測量完了、断面設計の方針確定、石工親方との接触。明日は設計図の完成と地盤調査の開始だ。


 「段取り八分、仕事二分」


 ガルドは小声で言った。


 シオが「何ですか」と聞いた。


 「明日も仕事だ」


 「はい」



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