表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
45/56

正式認定

 補修が終わって五日目の朝、ガルドは排水路の延長線上に杭を打っていた。


 東面の城壁沿い、農地の端まで水路を伸ばす計画がある。防衛戦で土が固まり、水はけが変わった箇所がある。そこに排水路を三本追加する必要があった。設計図には引いてある。あとは現場に落とすだけだ。


 コルダが横に来た。手に木槌を持っている。


「西の第二杭、一寸ずれてる」コルダが言った。


「見えてる」ガルドは答えた。「次に直す」


「今直せ」


 ガルドは杭を引き抜いた。一寸ずらして打ち直した。コルダが腰を落として目線を杭に合わせた。


「合ってる」


「分かってた」


「言わなければお前は先に進む」コルダが言った。「それが問題だ」


「直した」


「うむ」


 コルダが立ち上がった。空を見た。雲が南から上がってきている。雨が来るかもしれない。


「午後まで持つか」ガルドは言った。


「持たないかもしれない。一刻以内に終わるなら続けろ。無理なら今日は印を残して引け」


「一刻あれば終わる」


「では続けろ」コルダは踵を返して西面の点検に向かった。




 シオが駆けてきたのは、それから半刻後だった。


 手帳を抱えて、いつもより足が速い。ガルドが振り返った。


「ガルド様」シオが息を整えながら言った。「王都からの使者が来ています」


「王都」


「はい。騎馬で三人。旗は——」シオが手帳を開いた。「青地に銀の縦線です。王都の紋ではないですが、高位の官吏が持つ副紋です。マルカさんが確認しました」


 ガルドは杭を地面に刺して立ち上がった。「どこにいる」


「門の外で待たせています。マルカさんが応対中です」


「分かった」


 ガルドは手の土を払った。作業着のまま門に向かった。シオが横を歩いた。


「ガルド様、着替えなくて——」


「余計なことを言うな」


「はい」




 門の外には騎馬が三頭いた。一頭は荷を持っている。中央の馬に乗った男が降りているところだった。三十代後半、背が高く、外套が上等だ。腰に剣は差しているが、剣士の体格ではない。官吏の体格だ。


 マルカが横に立っていた。ガルドを見て、小さく頷いた。


「ガルド・クロスウェルか」中央の男が言った。


「そうだ」


「王国宮内府計画局のヴェルネ・カルス主席書記官だ。陛下の命を受け、ヴァルダ・ノヴァに関する打診を持参した」男が言った。抑揚が少ない。訓練を受けた口調だ。「話せる場所はあるか」


「ある。中へ」




 中庭の端にある作業小屋を使った。椅子が三脚と、設計図を広げられる平机がある。ヴェルネが文書袋を机に置いた。従者二人は小屋の外に立った。


「単刀直入に言う」ヴェルネが言った。「ヴァルダ・ノヴァを王国の正式軍事拠点として認定したい」


 ガルドは椅子に座った。対面にヴェルネが座った。シオが隅で手帳を開いた。


「認定の内容は」ガルドは言った。


「王国軍の補給線に組み込む。物資の中継拠点として機能させる。維持費の一部を王国が負担する」ヴェルネが言った。「ゼルカ公国との対峙線上に、機能する拠点が必要になった。お前の要塞はその条件を満たす」


「維持費の一部、とは何割だ」


「当初は三割。二年後に見直し交渉を行う」


「見直しとは上下どちらも動くのか」


「双方向に動く条件とする」ヴェルネが言った。少し目が細くなった。「細かいな」


「数字は細かく確認するものだ」


「……まあ、そうだ」


 ガルドは机の上に手を置いた。「こちらの条件を言う」


「聞こう」


「第一。設計・施工の決定権はこちらが持つ。王国軍の意向で構造を変える場合は事前に俺の確認を取ること。第二。兵員の駐留人数は事前に報告すること。水と食料の供給能力には上限がある。超過した場合は受け入れられない。第三。拠点認定に伴う検査や調査は受け入れる。ただし施工中の現場への立ち入りは俺の許可を得ること」


 ヴェルネが文書袋から紙を取り出した。何かを書き込んだ。


「第一と第三は認める」ヴェルネが言った。「第二の駐留人数は——現時点では三十から五十の範囲を想定している」


「水は足りる。食料の現地供給は三十が限界だ。五十以上なら王国側で補給線を整えること」


「記録する」ヴェルネが書いた。「駐留兵の指揮系統は王国軍の管轄だが、要塞内での行動規律はヴァルダ・ノヴァの規則に従わせる。これは認めるか」


「認める」


「では大筋で合意だ」ヴェルネが言った。「正式な文書は王都で起草する。署名のために一度お前に送る。確認の上で返送してくれ」


「分かった」


 ヴェルネが立ち上がった。作業小屋を一度見回した。


「……思っていたより整然としている」ヴェルネが言った。「報告書で読んでいたが、実際に来てみると規模が違う」


「設計通りだ」ガルドは言った。


「そう言うと思っていた」ヴェルネが言った。かすかに笑みが混じっていた。「書記官は人の評判を数値に変える仕事をする。ヴァルダ・ノヴァの評判は——数値が高い」


「評判は関係ない。機能しているかどうかが問題だ」


「機能していなければ、俺はここに来ていない」


 ガルドは答えなかった。それはそうだ。




 ヴェルネ一行が出発した後、マルカが小屋に入ってきた。


「内容は聞こえた」マルカが言った。「問題はあるか」


「今のところ駐留兵の食料問題だ。三十を超えたら補給路を引く必要がある。それは向こうに任せる」


「兵が常駐することへの懸念はないか」マルカが言った。「ヴァルダ自警団との棲み分けを考えなければならない」


「それはお前の仕事だ」ガルドは言った。「指揮系統の整理はお前がやれ。俺は構造と補給の数字しか見ない」


「分かった」マルカが頷いた。「自警団側は俺が交渉する」


 シオが手帳を閉じた。「記録はここまでにします。あとでマルカさんと追記してもいいですか」


「好きにしろ」




 昼過ぎに、もう一人来た。


 馬車で来た。馬車の幌に商人紋が入っている。紋は見覚えがなかった。大きな商会のものだ。


 シオが先に確認に行って戻ってきた。「ガルド様、王都の商人ギルドの代表です。ルフォ・ダーネンという方です」


「目的は」


「交易路を通したいと言っています」


 ガルドはちょうど昼飯を食い終えたところだった。椀を置いた。「連れてこい」




 ルフォ・ダーネンは五十近い、体格のよい商人だった。髭が整っていて、服が上等だ。王都系の商人は大抵こういう格好をする。


「ヴァルダ・ノヴァの名声は王都にも届いている」ルフォが言った。中庭の縁に二人で立っていた。ルフォが城壁を見ながら言った。「ゼルカとの境界に使える要塞、しかも物資の集積が可能な場所——商人にとっては垂涎の立地だ」


「交易路の話をしろ」ガルドは言った。


「単刀直入だな」ルフォが言った。不快そうではなかった。むしろ少し嬉しそうだった。「王都から南西街道を伸ばして、ヴァルダ・ノヴァまでの商業路を確立したい。王都商人ギルドとして公式に申請する。通行料の一部をヴァルダ・ノヴァに還元する条件で」


「現在の街道の状態は確認したか」ガルドは言った。


「まあ——悪路であることは承知している」


「悪路では済まない」ガルドは言った。「南西街道は半分が未舗装で、雨期に入ると馬車が通れない区間が二箇所ある。荷馬車が通れる規格で改修するなら、路盤から直す必要がある。設計が要る」


「設計……」ルフォが顎を撫でた。「それはこちらで用意するが」


「お前たちが引いた設計は見ていない。この沼地の地盤を知らない設計師が引いた道路は信用しない」ガルドは言った。「設計を見せろ。問題があれば直す。問題がなければ通す。それが条件だ」


 ルフォが少し間を置いた。「……設計の審査を、お前にしてもらうと」


「審査でなく確認だ」ガルドは言った。「俺はこの土地の地盤を知っている。沼地の縁を通る道路はそこらの設計師が思うより手間がかかる。水はけを無視した路盤は二年で沈む。そういう道路を通されると後が面倒だ」


「……なるほど」ルフォが目を細めた。「合理的な話だ。設計は持ってくる。こちらも確認してもらった方が安心だ」


「通行料の話は設計が合格してからだ」


「分かった」ルフォが言った。「では設計を用意する。一月以内に送る」


「送ってこい」




 ルフォの馬車が出発するのを門から見ていた。シオが横に来た。


「二件続きましたね」シオが言った。


「そうだな」


「ガルド様」シオが手帳を開いた。「今日の件、順番に確認させてください。まず王都使者——ヴェルネ・カルス主席書記官との合意内容ですが、三点確認しました。設計・施工の決定権はこちら、兵員は三十以内なら水食料供給可能・五十以上は王国側補給、現場への立ち入りは事前許可。これで間違いないですか」


「合ってる」


「次に商人ギルド・ルフォ・ダーネンとの件。街道設計の確認を条件とした交易路の交渉開始。設計が来るまで通行料等の話はしない。一月以内に設計を持参予定」


「正確だ」ガルドは言った。


「ありがとうございます」シオが手帳を閉じた。「……ガルド様、大きな話ばかりですね、今日は」


「そうだな」


「ガルド様は——大丈夫ですか」シオがやや慎重な口調で言った。「こういう交渉が得意ではないと聞いていたので」


(得意ではない、というのは正確ではない。面倒だ、という方が近い)


「やることは変わらない」ガルドは言った。「条件を整理して、数字を確認して、問題を潰す。相手が王都の書記官でも商人でも同じだ」


「なるほど」シオが言った。「ガルド様にとって、交渉も設計と同じなんですね」


「似ている」ガルドは言った。「設計は間違えると壁が崩れる。交渉は間違えると話が崩れる。どちらも後が面倒だ」


 シオが少し笑った。「書いていいですか」


「書くな」


「分かりました」




 夕方、コルダが来た。排水路の杭打ちが午後の雨で中断したことを報告しに来たらしい。


「今日は午前に入れた分だけだ」コルダが言った。「明日続ける」


「分かった」


「それと」コルダが言った。「王都から使者が来たと聞いた」


「来た」


「何の用だ」


「軍事拠点として正式認定したいという打診だ。商人ギルドからは交易路を通したいという申し出もあった」


 コルダが腕を組んだ。何も言わなかった。しばらく城壁を見ていた。


「……仕事が増えるな」コルダが言った。


「増える」


「道路工事か」


「街道の設計確認だ。設計を送ってくる。俺が審査する」


「それでお前は現場に出られなくなる」コルダが言った。「設計仕事だけになる時間が増える」


「現場は続ける。設計は増える」


「手が足りなくなる」コルダが言った。「職人が要る」


(それは俺も考えている)


「次の話だ」ガルドは言った。「今は排水路の段取りを先に片す」


「今日は雨で流れた」


「明日やる」


「分かった」コルダが頷いた。一度城壁の方を見て、また戻った。「——ヴァルダ・ノヴァが有名になってきた。面倒ではないか」


「面倒だ」ガルドは言った。「だが機能しているということの証明でもある。機能しなければ誰も来ない」


「それはそうだ」コルダが言った。「では俺は今日の分の点検をして終わりにする」


「頼む」




 日が落ちてから、ガルドは設計小屋に入った。


 机に今日の交渉内容を整理した紙を広げた。王都認定の条件、商人ギルドとの取り決め、追加で出てくる可能性のある問題の一覧。


 軍事拠点になれば、駐留兵のための宿舎が必要になる。宿舎が増えれば排水が増える。排水が増えれば水路の容量計算を見直す必要がある。商業路が通れば人が増える。人が増えれば水が足りなくなる。水が足りなくなれば井戸か水路の拡張が要る。


(仕事が増える、というのは正確ではない)


 次の問題が見えてきた、ということだ。問題が見えるのは設計が機能している証拠だ。


 ガルドは紙の端に数字を書き込んだ。宿舎の床面積、必要な排水量、井戸の掘削位置の候補。まだ仮の数字だ。詳細を詰めるには現場の確認が要る。だがおおよその規模は見えた。


 段取り八分、仕事二分。


 まず計算してから、動く。




 あとがき


 アーク5の幕開けです。防衛戦が終わって「ヴァルダ・ノヴァが世界に認知される」局面を、来客という形で描きました。ガルドが交渉でも設計と同じ思考回路を使う——というのが今回書きたかった場面です。コルダの「仕事が増えるな」という一言が、次のアークの予感を含んだ締めになれば、と思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ