表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
46/55

人が増えすぎてます

 朝、設計小屋の戸を開けたら、見知らぬ顔が三人いた。


 中庭の石段に腰を下ろして、それぞれが道具袋を膝に置いている。二十代の若い男が一人、四十がらみが一人、五十を超えたと思われる白髪の男が一人。三人とも作業着を着ていて、旅の汚れが残っている。ガルドを見て三人が同時に立った。


「ガルド・クロスウェル様ですか」若い男が言った。


「そうだ」


「石工のブレヴといいます。王都の石工ギルド傘下ですが、ここで働きたいと思って来ました」


「俺はターナ。鍛冶です」四十がらみの男が言った。「蹄鉄と建材の金物が専門です」


 白髪の男は名乗る前に中庭をぐるりと見回した。石壁と水路と、均された地面を順番に目で追った。


「……ラウドという。石積みを四十年やってきた」ラウドが言った。「ここの壁を積んだのはコルダ親方か」


「そうだ」


「やっぱりな」ラウドが顎を引いた。「目地の通し方に出る。親方の弟子にあたる。一度同じ現場で仕事をした」


(目地の通し方で師匠の系譜がわかるのか)


「三人とも今日来たのか」ガルドは言った。


「今日じゃないです」ブレヴが言った。「昨日の夕方に着きましたが、夜遅かったので。マルカさんという方に宿を手配してもらって今朝来ました」




 シオが来たのは、ガルドが三人を作業場に案内して技能の確認を始めたあとだった。


 いつもより歩幅が広い。手帳を胸に抱えて、眉が少し上がっている。ガルドは砂袋を指さして振り返った。


「石の圧縮試験をやれ。それで手際がわかる」ガルドはブレヴに言った。「二人は後ろで見てろ」


「はい」


 シオがガルドの横に並んだ。小声で言った。「ガルド様、報告があります」


「聞く」


「まず——昨日から今朝にかけて、職人が新たに七名来ています」


「今の三人を含めてか」


「含めずです」シオが手帳を開いた。「石工二名、大工一名、左官一名、水路工三名です。昨日の夕方から今朝の間に順番に着きました。マルカさんが全員の名前と専門を記録しています」


(七名)


「出身はどこだ」


「王都が三名、ケルハ街道沿いの街から二名、あとは諸所からです。共通しているのは——」シオが手帳の字を指先で確認した。「ヴァルダ・ノヴァでの仕事に来たと言っていることです。全員が自分から来ました。呼んでいません」


「知っている。呼んでいない」


「はい」




 三人の技能確認が終わった頃、コルダが入ってきた。


 中庭を歩いていて、何かを察したのか足を止め、作業場の入口から三人を見た。ラウドが顔を上げた。


「ラウドか」コルダが言った。


「コルダ親方」ラウドが立った。「久しぶりです」


「十二年ぶりか。歳を取ったな」


「親方は取らないですね」


「取っている。ただ外に出ない」コルダが言った。ラウドの手を見た。「まだ積んでいるか」


「積んでいます。だから来ました」


 コルダがガルドを見た。ガルドは頷いた。コルダが腕を組んだ。


「ラウドは腕が確かだ。一区間でも任せられる」コルダが言った。


「判断はお前に任せる」ガルドは言った。「使えるなら使え」


「分かった」コルダがラウドに言った。「今日の午後から俺の隣で動け。段取りを覚えてから現場に出す」


「はい」ラウドが短く答えた。




 昼前にシオが再び来た。今度は手帳二冊を持っていた。


「ガルド様」


「また報告か」


「はい」シオが一冊目を開いた。「今朝から昼前にかけて、移住を希望する一般の方が十一名来ています。職人ではなく、居住と仕事を求めているそうです。農家、行商人、元兵士が混在しています。マルカさんが入口で一次対応をしていますが——」


 ガルドはしばらく言葉を出さなかった。


(職人が十名、一般移住希望者が十一名。一日で)


「マルカの体は大丈夫か」ガルドは言った。「回復中だろう」


「少し顔色が悪いです。自分でやるとおっしゃっています」


「午後は代わりを立てろ。面談はシオがやれ」


「え」シオが顔を上げた。「私がですか」


「一次対応だ。名前、出身、専門、理由を聞いて書く。それだけでいい。判断はしなくていい」


「……分かりました」シオが二冊目の手帳を胸に引き寄せた。「あの、ガルド様」


「なんだ」


「先生、人が増えすぎてます」


 ガルドは少し間を置いた。シオが初めて「先生」と呼んだのがこの局面だった。緊張が言い間違いを引き出したらしい。シオ自身も気づいて、かすかに耳が赤くなった。


「……失礼しました。ガルド様」


「構わない」ガルドは言った。「言っていることは正確だ」




 午後、マルカが設計小屋の入口に寄りかかって立っていた。腕を組んで、外の様子を眺めている。防衛戦で負った傷はまだ完全には癒えていないが、表情は落ち着いていた。


「入れ」ガルドが言った。


「いや、立ったままでいい」マルカが言った。「長くは喋らない」


「何の用だ」


「大変なことになってきたな、と言いに来た」マルカが中庭の方を顎で示した。「人が増えてる」


「知っている」


「自警団の兵舎が手狭になる。王都から駐留兵が来る話もある。宿舎が要る」マルカが言った。「これは設計の話だから、俺ではなくお前に言っておく」


「分かった」ガルドは言った。「一週間待て。規模を計算する」


「一週間でいい」マルカが頷いた。「シオが玄関で面談をしている。なかなか様になっていたぞ」


「そうか」


「お前が教えたのか」


「教えていない。見て覚えたんだろう」


「……なるほどな」マルカが言った。「では戻る」


 マルカが歩き始めた。三歩ほどで止まった。


「ガルド」


「なんだ」


「お前が作ったものだから、人が来る。それだけは言っておく」


 ガルドは答えなかった。マルカは振り返らずに行った。




 夕方、ガルドは設計机に向かった。


 紙を一枚広げて、数字を並べ始めた。


 人が増えたら住居が要る。住居が増えたら水道が要る。水道が増えたら水源の容量計算を見直す必要がある。水源を増やすなら井戸の位置を再設計する。井戸が増えたら排水量が変わる。排水量が変わったら水路の断面を計算し直す。水路を広げるなら石材の量が変わる。石材が増えたら採石場との交渉が要る——


 ガルドは一度筆を止めた。


(どこまで続くんだ)


 ブレヴの圧縮試験の手際は悪くなかった。ターナは道具の状態の見方が正確だ。ラウドはコルダが認めた。石工職人は今日だけで三名増えた。


 問題ではない。


 問題が見えた、ということだ。


 ガルドは紙の端に縦線を引いた。左側に「今ある問題」、右側に「次に来る問題」と書いた。左の列はすでに半分が埋まっている。右の列はまだ空だ。


 シオが扉を叩いた。


「ガルド様、今日の面談記録をまとめました。確認をお願いしたいのですが」


「入れ」


 シオが入ってきた。手帳二冊を机に置いた。一冊目に移住希望者の名前と出身と専門が整然と並んでいる。二冊目には各人からの聞き取り内容が簡潔にまとめてある。


「十一名の面談を全員終わらせました」シオが言った。「農家希望が四名、建設労働希望が五名、警護・衛兵希望が二名です。年齢は十六から五十二まで。家族を伴っているのは三名、単身が八名です」


 ガルドは二冊を交互に見た。記録は正確だ。抜けがない。


「よくやった」ガルドは言った。


「……ありがとうございます」シオが少し背を伸ばした。「あの、ガルド様」


「なんだ」


「また明日も来ますよね、人が」


「来る」


「設計のスケールが、変わってきましたね」シオが静かに言った。「一棟、一区間、一水路じゃなくなる気がして」


(そうだ)


 ガルドは紙の右の列に、最初の文字を書いた。


「都市の設計になる」ガルドは言った。「一本の道を通すのと、百人が暮らす場所を設計するのは違う。水の量が違う。石の量が違う。人の流れが違う」


「難しくなりますか」


「問題が大きくなる」ガルドは言った。「難しいのとは少し違う。同じことを、大きい数字でやるだけだ」


 シオが手帳に何かを書き始めた。ガルドは止めなかった。


「それも書いていいです」ガルドは言った。


「え、いいんですか」


「今日は許す」


 シオが少し笑った。手帳に丁寧に書いた。




 シオが帰った後、ガルドは紙に向かった。


 段取り八分、仕事二分。


 まず全体の規模を測る。人数、必要な水量、住居の延べ床面積、排水量。次にそれぞれの設計根拠を出す。次に施工の順番を決める。一度に全部は動かない。優先順位を決めて、一つずつ片す。


 問題の大きさが変わっても、やることは変わらない。


 数字を出して、計算して、設計して、動く。


 ガルドは紙の左上に「ヴァルダ・ノヴァ 第二期設計」と書いた。


 次の仕事が始まる。




 あとがき


 人が来ることは喜ばしいことのはずなのに、ガルドには「次の問題が見えた」としか映らない——そのズレがこの話の核です。シオが緊張から「先生」と呼んでしまう場面は自然に書けたので気に入っています。設計のスケールが変わるという認識を、二人の静かな会話で着地させました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ