水の流れを逆にする
「ここが、逆です」
ガルドが指差したのは、泥の中の小さな湿った染みだった。誰も何も言わなかった。
職人の一人が、首を傾けた。
試し掘りは朝から始めた。
城壁の北側、壁面から一間離れた地点。職人二人がスコップを手に立っていた。ガルドとクルト、それからシオ。昨日「来ます」と言った通り、少年は朝に来ていた。
「どの深さまで掘ればいいんですか」
シオが聞いた。
「二尺でいい。まず俺が土魔法で感触を取る」
ガルドはしゃがんで地面に手のひらをついた。土魔法を通す。土中の密度が手に伝わってくる。やはり城壁の真下から連続する硬さだった。表層の柔らかい部分が薄い。その下が——
(水が流れている)
確かめた。水分の動きが、感触として出る。だがその向きが、おかしかった。
「掘ってくれ。二尺でいい」
職人二人がスコップを入れた。柔らかい表層はすぐ終わった。そこから先は固かったが、掘れた。石ではなかった。密度が高い粘土だった。
一尺半ほど掘ったところで水が滲み始めた。
「止めてくれ」
ガルドが穴を覗き込んだ。滲み方を見た。水は静かに出てきているが、一方向に寄っていた。
穴の南側の壁面から染み出している。
(南から来ている)
「クルト、記録してくれ。水の染み出し方向は南。深さは一尺半。地盤はこの深さで高密度の粘土に変わる」
「……南から、ですか」
「そうだ」
「南というのは——」
「水が北から南に向かって流れているのではなく、南から北へ逆に流れている、ということだ」
クルトの手が止まった。
「……逆に、流れている?」
「集まってくれ」
ガルドは立ち上がり、穴から数歩離れた。職人二人、クルト、シオが集まった。
「この沼地の水は、見た目には北から南に流れているように見える。だが地下では逆だ。南から北へ流れている」
「それって……」
シオが言いかけて、口を閉じた。
年かさの職人——昨日も話した男で、名をダンといった——が腕を組んだ。
「逆に流れているとして、それが城壁と何の関係がある」
「地下水が北へ向かって流れる。城壁の北側の地盤を下から水が押す。だから北側の城壁が傾く。地盤の表層が剥がれていくのは、水が持ち上げているからだ」
「……」
ダンが穴を見た。
「だから城壁の真下が硬かったのか。水に洗われて、細かい土だけが流れ出て、重い粒子が残った」
「正確には少し違うが、大筋はそうだ」
ダンが短く「ほう」と言った。
もう一人の職人——若い方でカリという名だった——が眉を寄せた。
「それで、どうするんですか。地下水を止めるのか」
「止める必要はない。向きを変える」
「……向きを変える?」
「水を北ではなく、東か西に逃がす排水路を作る。地下水の向きをコントロールすることで、城壁の地盤への圧力をなくす」
「地下水の向きを、変えるんですか」
「そうだ」
カリとダンが顔を見合わせた。
「水の流れを逆にする、という話ですが」
クルトが手帳から顔を上げた。
「……逆に、というのは。逆にするとはどういう意味で」
「今は北向きに流れている地下水を、別方向に流れるよう排水路で誘導する。水が抵抗の少ない方向に自然に移動する性質を利用する」
「……はあ」
「流れを止めるのではなく、出口を替える。北への出口を塞いで、東への出口を作る。水は自然に東に流れる」
「……」
クルトの顔が「わかったようなわからないような」という表情だった。
「つまり——水路を作る、ということですか」
「作る。ただし、今ある水路の逆向きに作る」
「逆向き」
「今ある水路は北に向かっている。新しく作るのは東か西に向かう水路だ。地下水をその方向に引き込む」
「東か西に向かう水路を作れば、地下水がそちらに流れる……」
「そうなるように設計する」
クルトがまたメモを書いた。ガルドは待った。
「……すみません。もう一度確認させてください。今ある水路の、向きが逆、というのは」
(この説明を言葉だけでわかれと言うほうが無理だ)
「描いた方が早い」
ガルドは棒を拾った。
地面を見た。
広さが必要だった。この場所では小さい。
ガルドは城壁から五間ほど離れた空き地に向かった。全員がついてきた。
「ここでいい」
ガルドは地面に棒の先を当て、線を引き始めた。まず城壁の外形。縦に長い長方形。北を上にした。
「これが城壁の全体だ」
「……大きく描くんですね」
シオが言った。
「歩いて確認できる大きさで描く。紙に描いても実感が掴めない」
「……記録には紙の方が」
「後で清書する」
クルトが何か言いかけたが、ガルドはすでに次の線を引いていた。
城壁の内側に点線を描く。水が地下を通る経路の想像図だ。南から入って北に向かう矢印。
「これが今の地下水の流れだ。南から入って、北の地盤を押している。北側の城壁の下を水が通る」
ダンが頷いた。
「それは今の説明でわかった」
「次。今の排水路だ」
城壁の外側に細い線を描く。北向きに伸びる線。
「今の水路はこう——北向きだ。表面の水を北に流そうとしている。だが地下水は南から来ているから、北に流そうとする水路に逆らって水が入ってくる。水路が機能しない」
「……排水路が、逆方向ということか」
ダンの声が変わった。
「そうだ。水が来る方向に向かって排水しようとしている。だから水が溜まる。城壁が水没する」
「なんで、そんな水路を最初に作った」
「地下水の向きを調べなかったからだ」
ダンが黙った。
ガルドは続けた。
「正しい排水路はこうなる」
城壁の東側に沿って、縦に線を引いた。東に向けて伸びる水路の図。
「東向きの排水路を作る。地下水を東側の低地に向けて誘導する。地下水が東に流れ始めれば、城壁の北側への圧力がなくなる」
「東に向けて」
「そうだ。水は低い方に流れる。東の端は今より一尺低い。誘導路を作れば自然に流れる」
「——」
しばらく、誰も何も言わなかった。
全員が地面の図を見ていた。
シオが図の中に描かれた矢印を目で追っていた。南から来る線、北へ向かう今の流れ、東に向かう新しい線。
「じゃあ」
シオが言った。
「今の水路は——全部、向きが逆ってことですか」
「そうだ」
「全部、掘り直しになる」
「そうなる」
シオが「ああ」と小さく声を出した。驚いたような、合点がいったような声だった。
カリが首を振った。
「待ってください。水の向きを変えるって……地下の水は止められないでしょう。水は勝手に流れる。どうやって東に向けるんです」
「地下の排水層を作る」
「はい?」
「土魔法で地盤の特定の層に透水性を持たせる。東向きに細い通路を作る。水は抵抗の少ない方向に移動する。北への通路を土魔法で圧縮して透水性を下げ、東への透水層を開けば、水は東に流れる」
「……土魔法で、地盤の中に通路を作るんですか」
「そうだ」
カリがまた黙った。
ダンが地面の図を再度見た。
「……土魔法でそれができるなら、話はわかる。ただ、俺たちは石工だ。土魔法は使えない。俺たちが何をすることになる」
「表面の排水路の掘削だ。東向きの水路を地表に開く。東の低地まで、一定の傾斜を保って掘る。計算した傾斜で掘るには、測量が必要だ。それは俺がやる。掘削は石工に頼む」
「測量に合わせて掘る、ということか」
「そうだ。傾斜を一箇所でも外したら水が途中で止まる。均一に掘れないなら掘り直しだ」
ダンが短く頷いた。
「ガルド様」
シオが近づいてきた。全員が少し離れて話しているタイミングだった。
「なんだ」
「この排水路、東の低地に水を流した後——その水はどこに行くんですか」
ガルドはシオを見た。
(聞いていたか)
「東の低地は今は湿地だ。そこに集めた後、さらに南の沼に抜ける水路を別に作る」
「三段階ですね。地下の透水層で方向を変えて、表面の水路で東に流して、東から南の沼に抜く」
「そうだ」
シオが地面の図を見た。考えているときの顔——昨日も見た、視線が動く前に一度止まる顔——をしていた。
「その設計を見せてもらえますか。地図に描いたやつ」
「今から描く。手伝え」
シオの顔が変わった。「手伝う」という言葉に驚いたような、一瞬何が起きたかわからないような顔をして、それから「はい」と言った。
ガルドは地面の図を広げた。
城壁の全体図に、今度は東の低地までの距離を加えた。測量した数値を思い出しながら、歩幅で図の縮尺を調整する。五間を一尺として描く。
「これが東の低地の境目だ」
棒で線を引く。
「ここから城壁東側の排水路の終点まで、距離が——シオ、俺が言う数字を地面に書け。土に書いていい」
「はい」
「東壁の外から低地の縁まで十二間。そこから南の沼まで二十間。高低差は全体で一尺八寸だ」
シオが棒を持って数字を書き始めた。文字は少し崩れていたが読めた。
「高低差一尺八寸を三十二間で割ると——」
「十八で割ります。一尺が十八等分に対して三十二間だから——」
シオが止まった。計算しようとして詰まっていた。
「傾斜は約一寸七分で一間。百分の一を少し上回る」
「……計算が速いんですね」
「慣れだ」
「なんで慣れてるんですか」
「現場でやっていた」
シオは少し黙ってから「そうですか」と言った。
ダンが近づいてきた。
「その傾斜で掘れということか」
「そうだ。一間進むたびに一寸七分、地面を下げていく。均一に下がっていないと水が途中で止まる」
「均一に、か。測りながら掘るのか」
「測量杭を打つ。俺が深さを測りながら指示する」
「——わかった」
ダンが「まあ、やってみよう」という顔をした。完全に信頼しているわけではないが、話は聞く気になった——という顔だった。
(それでいい。最後まで疑うなら完成を見ればわかる)
図が完成した頃、クルトが戻ってきた。
「あの——領主様から、お呼びがかかっています」
「今、図を描いているところだ」
「それは存じておりますが、エドワン様が……その、今の工事の状況を聞きたいと仰って」
「工事はまだ始まっていない。段取りの最中だと伝えてくれ」
「伝えましたが、段取りの話を聞きたい、と」
ガルドは手を止めた。
「今日中に行けるか」
「昼過ぎには」
「午後の調査を終えてから行く」
「わかりました。そのようにお伝えします」
クルトが戻ろうとしたところで、ダンが声をかけた。
「領主様は、今の工事の話をするのか」
「排水設計の方針を説明することになる」
「……また「水の流れを逆にする」の話をするのか」
「そうなる」
ダンが苦笑いに近い顔をした。
「あの話、俺はやっと半分わかったところだ。領主様に伝わるかな」
「図を見せれば、わかる」
「領主様の前で地面に図を描くのか」
「もちろん」
「……そうか」
ダンはそれ以上何も言わなかった。
シオが地面の図の前に残っていた。
ガルドが傾斜の計算を図に書き加えている間、シオは一箇所を指で押さえていた。
「ガルド様」
「なんだ」
「透水層——土魔法で地盤に作る通路ですが」
「ああ」
「その部分は、石工には見えないんですよね。全部土の中で起きていることで」
「そうだ」
「じゃあ、それが正しく機能しているかどうかは、どこで確認するんですか」
ガルドは手を止めた。
シオを見た。
少年は真剣な顔をしていた。「難癖をつけている」のではなく、本当に気になっているという顔だった。
(正しい問いだ)
「穴を掘る。東向きに透水層を作った後、北側に水が溜まるかどうかを試す。溜まらなければ機能している。溜まれば調整する」
「試してから本工事ということですか」
「そうだ。段取りの一部だ」
「……地盤調査も試し掘りも、全部段取りなんですね」
「そうだ」
シオが「段取り八分、仕事二分」と小声で繰り返した。昨日、職人たちとの話で聞いた言葉だった。
「そういうことです、ということですか」
「そういうことだ」
シオが図を見て、また考える顔をした。
「もう一つ聞いていいですか」
「短くな」
「透水層を作るとき——土魔法で地盤の向きを変えるということですが、今まで北向きだった水が、本当に東に向きを変えますか。水は低い方に流れる以外に、理由なく向きを変えますか」
ガルドは少し間を置いた。
(いい問いだ。ただし、答えを説明するには一時間かかる)
「今日の午後、透水層の試作をする。見てから理解しろ。言葉で説明するより早い」
「見ていいですか」
「来てもいい」
シオが「はい」と言った。今朝より声が少し高かった。
午後になった。
試作の透水層を作る前に、ガルドは東側の地盤をもう一度手で確かめた。土魔法を通して密度を読む。東の低地に向けて、粘土層に細い通路を通すイメージを作る。
(ここと、ここ)
二箇所に絞った。試作なので広さは必要ない。長さ三間、幅一尺の透水層を地下一尺半の深さに作る。
魔力を集中させた。
粘土の密度を下げる——細かい粒子の隙間を広げるイメージ。押し潰してあった粒子の向きを揃えて、東方向に水が流れやすい路を開く。
汗が出た。精密な作業だった。
「……」
シオが無言で見ていた。クルトも横に立っていた。ダンは少し離れて腕を組んでいた。
三分ほどで一本目の透水層が完成した。
「クルト、試し掘りの穴に水を汲んでくれ。桶一杯でいい」
「はい」
水が来た。ガルドは穴に水を注いだ。しばらく待つ。
水が染み出した方向を見た。
南側からの染み出しが、ゆっくりと変わっていく。東側の壁面に滲みが広がり始めた。
(動いた)
手のひらにまだ魔力の余韻があった。粘土の粒子が向きを変えた感触——圧縮してあった隙間が開き、水が新しい経路に入り込む感触。小さな試作だが、方向は確かに変わった。
「——」
「東側から出てきた」
シオが声を上げた。
ダンも近づいてきた。穴を見て、それから城壁の北側を見て、また穴に視線を戻した。
「……本当に、東に変わったな」
少し間があった。
「だから北が傾いたんだ。水が南から押してきて、北の地盤を押し出していた。逆にすれば止まる」
「大まかにはそうだ。全量を変えるには本工事が必要だ。だが方向を変えられることは確認できた」
「やばいな」
ダンが言った。
ガルドは「何が」と聞こうとして、やめた。褒めているのか驚いているのかわからなかったが、どちらでもよかった。
カリが穴に手を入れた。指先で東側の壁面を触った。滲みが出ている場所だった。
「……本当に変わった。さっきまで南から染み出してたのに」
「水は動く。向きを作れば従う」
「土魔法でこんなことができるのか」
「できる」
「俺、土魔法をなめてました」
「よくあることだ」
(土魔法が「補助魔法」だという評価はこの世界の大多数の見方だ。それ自体を今ここで否定する必要はない。結果が変える)
日が西に傾いた頃、ガルドはクルトと共に領主館に向かった。
シオは城壁の前に残っていた。地面の図を棒で書き写していた。自分の手帳代わりにするつもりらしかった。
「シオ」
「はい」
「その図、明日も残っている。今日中に全部写さなくていい」
「写したいんです」
「……そうか」
(弟子は取らないと決めている。ただ「なぜ」を聞いてくる人間が一人いるのは、悪い話でもない)
ガルドはそのまま歩いた。
館は石造りだった。手入れはされているが、城壁と同じく古い。基礎が弱い——と、ガルドはいつもの癖で見てしまった。
「こちらです」
案内の者に連れられて広間に入った。
領主のエドワンが椅子に座っていた。七十近い老人だった。白髪が多く、動作は緩やかだが、目は鋭かった。着任初日にガルドの全否定を受け、「生意気な若造」という顔をした人物だ。今もその顔の半分は残っていた。
「来たか」
「呼ばれましたので」
「工事は始まらないそうだが」
「段取りの最中です」
「段取り。何日かかる」
「もう二日あれば方針が固まります。職人への作業指示が出せる」
エドワンが指を組んだ。
「聞いたぞ。水の流れを逆にするとか言っているそうだな」
「そうです」
「どういう意味だ」
ガルドは周囲を見た。広間の床は石張りだった。砂と棒があれば描けるが、さすがに領主の館の床には描けない。
「少し外に出てもよいですか」
「外?」
「図を見せた方が早いので」
エドワンが眉を動かした。
「……図とはなんだ」
「地面に描いた説明図です。排水設計の全体が一目でわかります」
「地面に描く設計図、か」
「紙より大きく描けます。実寸に近い縮尺で見られます」
エドワンはしばらくガルドを見た。
「若造は変わった手を使うな」
「慣れているので」
「——まあ、いい。外に出よう」
老領主が立ち上がった。
クルトが小声で「エドワン様が自ら外に」と驚いたように言った。続けて「十年、この館に着任してから外でご説明を聞かれたことはなかったかと」と付け加えた。
(驚くことか)
ガルドはすでに外への道を確認していた。
庭の端の砂地。
ガルドは棒を拾い、地面に城壁の外形を描き始めた。エドワンが杖をついて横に立って見ていた。付き人が二人ついていた。クルトが後ろに控えていた。
「北を上にします」
「ほう」
「今の地下水の流れ——南から来て北に向かっています」
矢印を書いた。エドワンが目で追った。
「今の排水路」
北向きの線を外側に描いた。
「この向きに排水しようとしています。ところが水は南から来ている。南から来る水を北に流そうとしても、向きが逆になる。水が素直に抜けない」
「……排水路が逆か」
「そうです。そのため水が城壁の北側に溜まり続けて、地盤を押している。城壁が傾く原因はここです」
「地盤を、押す」
「地下水が城壁の真下を通る。石の重さと水の圧力が重なって、地盤が少しずつ押し出される。北側の城壁が外に傾くのは、水に押されているからです」
エドワンが黙った。
長い沈黙だった。
「……正直に言う。初日、お前のことを生意気だと思った」
「そうだったと思います」
「今も少しそう思っている」
「それは構いません」
エドワンが短く笑った。笑ったのは初めてだった。
「続けてくれ」
「新しい排水路はこちら——」
東向きの線を描いた。低地との接続。傾斜の数値。段階的な水の誘導経路。
エドワンは黙って見ていた。説明を途中で止めなかった。
「排水路が完成すれば、地下水の向きが東に変わります。城壁への圧力がなくなる。それから城壁の修繕を行えば、二度と同じ問題は起きません」
「水路が、全部やり直しになるな」
「今の水路は撤去します」
「費用は」
「後でまとめます。今日は方針だけです」
「方針だけか」
「段取り中なので」
エドワンがまた笑った。今度は少し長かった。
「……お前の言う段取りが終わったら、また来い」
「わかりました」
「その図——」
エドワンが地面の図を指した。
「紙に清書して持ってこい。俺にも手元で見たい」
「クルトに清書させます」
「そうしてくれ」
ガルドは立ち上がった。
エドワンが付き人の肩を借りて歩き始めた。立ち去る前に、一度振り返った。
「若造」
「はい」
「水の流れを逆にするとはそういう意味か。初めて聞いたときはなんのことかと思ったが」
「わかりましたか」
「半分は」
「残り半分は完成を見ればわかります」
エドワンが「ふん」と言った。機嫌が悪い音ではなかった。
帰り道、クルトが言った。
「エドワン様が笑われるのを、私は見たことがなかったと思います」
「そうか」
「着任されてから、あのような表情は初めてで」
「どんな顔をすればよかったんだ」
「……いえ、そういう意味では」
クルトが口を閉じた。
城壁の前に戻ると、シオがまだいた。地面に図を写し終えたらしく、自分で描いた図の前にしゃがんで何かを書き加えていた。
ガルドが近づくとシオが顔を上げた。
「領主様のところはどうでしたか」
「方針の説明をした」
「伝わりましたか」
「半分は」
「半分」
「残り半分は完成を見れば伝わる」
シオが少し考えた。
「ガルド様、明日は何を始めますか」
「透水層の本工事だ。午前中に北側の圧縮を始める。地盤の中を触る作業だから、表面からは何も見えないが」
「見ていていいですか」
「見たいならいてもいい」
シオが頷いた。
「あと——」
シオが少し間を置いた。
「さっきの図の中で一つわからないところがあって。東の低地から南の沼に向かう最後の水路ですが、そこに傾斜をつけるとき、低地の地盤の強さが足りないと水路が崩れませんか。低地は水分が多いので」
ガルドは止まった。
(それを聞くか)
「低地の排水路は石で内壁を作る。地盤が柔らかい区間は土魔法で圧縮して締める。それはカリとダンに相談してある」
「もうそこまで段取りをしてるんですか」
「そういうことだ」
シオが「なるほど」と言った。満足したような顔だった。
「明日、早く来てもいいですか」
「六の刻でいい」
「わかりました」
シオが立ち上がり、自分が写した図を一度見てから走り出した。宿の方向だった。
(弟子は取らないと言った。だが「なんで」を聞いてくる人間を育てるのは悪くない)
ガルドはすぐにその考えを打ち切った。
今は透水層だ。明日の施工順を頭の中で確認する。北側の圧縮から始めて、東向きの透水層を本工事で通す。その後に地表の掘削測量。工事が始まる前の最後の段取りだ。
「段取り八分——」
ガルドは小声で言った。
(——仕事二分だ。まだ段取りが終わっていない)




