全部やり直しだ
三日で測量を終えた。
橋の長さと傾き。道路の幅と路面の状態。城壁の亀裂と傾斜角。水溜まりの深さと広がり方。朝から夕方まで歩き回り、全部を頭に入れた。
四日目の朝、ガルドは空き地の端に棒を一本立て、地面に線を引き始めた。
「……何を、されているんですか」
クルトが近づいてきた。書類の束を脇に抱えたまま立ち止まり、地面を見た。
「設計図だ」
「地面に、ですか」
「紙がなかった」
「役所に言えば紙は……」
「後で清書する。全体を見ながら考えたかった」
クルトはまた地面を見た。ガルドが引いた線の上を、端から端まで視線で追った。
「これは水路の位置で、こちらが道路、ここが橋を掛け直す場所ですか」
「正確だ」
「城壁はここに」
「そうだ」
「全部、やり直しですか」
「全部だ」
(諦めているわけじゃない。ただの現状報告だ)
ガルドは棒で水路の位置を指した。
「今の水路は三箇所とも方向が間違っている。排水が水源に戻ってきている」
「水が、戻っている?」
「雨の翌日、どの水溜まりを見ても水が動かないだろう。流れていない。溜まったままだ」
「……確かに」
「排水が機能しないから水が溜まる。水が溜まるから地盤が緩む。地盤が緩むから城壁が傾く。橋の杭が腐る。全部繋がっている」
クルトは眉を寄せた。
「そうだったとは……知りませんでした」
「職人に聞いてこなかったんだろう」
「……はあ」
「優先順位を説明する」
ガルドは地面の設計図を棒で指した。
「まず水路だ。これが全部の前提になる。水路を直さずに他を修繕しても、また崩れる」
「なるほど」
「次に橋だ。橋が使えないと資材を運べない。職人が増えても現場に辿り着けない」
「では城壁は」
「最後だ」
クルトの顔が変わった。
「最後、ですか。傾いていて、住民が毎日不安に……」
「知っている。あの城壁はあと十年は持つ」
「十年、ですか」
「傾いているが、基礎はまだ耐えている。今すぐは倒れない」
「それでも住民が。先月も、壁の近くに住む老人が怖くて眠れないと言っていて……」
「工事中に倒れるほうが危ない。足場を組んで作業員がいる最中に崩れたら死人が出る。水路と道路が完成してから、全区間を正面から解体して作り直す」
クルトはしばらく黙っていた。
「……順番は変えられませんか」
「変えない。順番を間違えると、本当の意味での全部やり直しになる」
(それだけは避ける)
遠くで沼の鳥が一声鳴いた。クルトは答えなかった。
「工期を確認する。水路が五日、橋が三日、道路が七日、城壁が十日だ。並行できる部分があるから、実働は二十日弱になる」
「二十日、ですか」
「職人が来れば、の話だ。手配を急いでくれ」
「はい、今日中に」
「もう一つ。今日から地盤調査を始める。職人が来るまでに終わらせる」
「地盤調査とは」
「建てる前に地盤を確かめる。どこが軟らかいか、どこに水が溜まっているか。確かめてから設計を決める」
クルトは何か言いかけて、止まった。
「……職人に言ったら、また驚くと思います」
「そうか」
「そういう手順で作る人を、あまり見たことがなくて」
「そうか」
(見たことがないのは当然だ)
地盤を調べてから建てる。前世では当たり前のことだった。調べずに建てた現場をガルドは三回見た。三回とも後でやり直しになった。補修に最初の工事の三倍かかった。
一回で十分だった。
「杭を五十本用意してくれ。木の杭で、太さは指二本分、長さは腕一本分だ」
「……何に使うんですか」
「地盤に刺す。今日中に頼めるか」
「材木屋なら、昼前には」
「頼んでくれ」
杭は昼前に届いた。
ガルドは一本持って重さを確かめた。乾燥した松材だった。先端は尖っていた。
(使える)
橋の手前、道路の端から始めた。しゃがんで杭を地面に当て、手の平でゆっくり押した。
表層は柔らかい。指一本分、ほとんど力なく入る。
そこから先が硬い。
柔らかい層が終わって、急に何かにぶつかる感触だった。
(やはり同じだ)
初日の夜と同じ感触。
場所を変えた。道路の中央。今度は深さが違った。指三本分で同じ硬さにぶつかった。
また変えた。橋の脇。指一本半。
四箇所目。城壁の壁面から二間ほど離れた土。
ゆっくり押した。指二本分で止まった。
五箇所目。城壁の影が落ちる地点、壁のすぐ内側。
今度は力を込めた。
入らなかった。
もう一度。入らない。杭の先端が表層に食い込む気配がない。硬い。他の場所とは質が違う硬さだった。
(……何だ、これは)
「何か、わかりましたか」
クルトが後ろに立っていた。
「表層の厚さが場所によって違う」
「柔らかい部分が、ということですか」
「そうだ。普通の地盤ならこういう差は出ない」
「沼地だから不均一なのでは」
「沼地でも、年月が経てば均一になる。何かが混じっている可能性がある」
クルトは眉を寄せた。
「……何かというのは」
「まだわからない。掘らないとわからない」
(だが何かある。間違いなく)
初日の夜に感じた密度を思い出した。岩でも粘土でもない。妙な硬さ。今日調べた場所全部で、同じ感触が出た。深さだけが違う。
ただ、最後に触れた城壁の真下だけは別物だった。あそこは深さもない。最初から硬い。土がないみたいだ。
「今日はここまでにする。明日は城壁の周りを調べる」
「……何が混じっているかは、どうすればわかりますか」
「試し掘りをする。職人が来たら頼む」
「そうですか」
クルトが手帳に何か書き込んだ。
「一つ聞いてもいいですか」
「なんだ」
「地盤を調べてから建てる、という順番は、どこで学ばれたんですか」
ガルドは立ち上がり、土を払った。
「現場で」
(前世のことは話せない)
クルトは続けようとしたが、ガルドは先に進んだ。
「正しい順番は決まっている。地盤を先に知る。その地盤に合わせた設計を作る。それから建てる。この土地でも同じことをする」
クルトはメモを取りながら、小さく頷いた。
「わかりました」
「設計図の清書をする。紙と筆を用意してくれ」
「はい」
クルトが戻っていった。ガルドは空き地を一度見た。
土に引いた線の上を、午後の影が渡っていた。
(明日も調べる。必ず何かある)




