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弟子第一号

 シオは六の刻の前に来た。また来た。


 ガルドが農地への道の現場に着いたとき、道の端に杭が一本立っていた。昨日自分が差した杭だ。その横にシオがいた。手帳を膝に乗せて、南の畑の方角を見ていた。


 「早いな」


 「昨日と同じくらいです」


 「昨日より早い」


 「そうですか」


 シオが立ち上がった。道具を肩に担ぎ直した。特に恥じた様子がなかった。


 (なぜそんなに早く来るのかは聞かない。聞いても「来いと言われたので」と言うだけだ)




 農地への道は、主街道を南に折れてから三十間ほど続く。


 幅は四間半。街道より狭い。それだけ荷車が多く通れば路面の傷みも早い。


 靄の中を歩きながら、ガルドは足元を確認した。土の感触だ。足が沈む深さが、場所によって違う。


 「測量紐を出してくれ」


 「はい」


 シオが紐を渡した。両端に印がついている。五間刻みの印だ。


 ガルドは紐の一端を道の北側の基点に固定した。シオが反対の端を持って南に歩く。


 「そこで止まれ」


 「はい」


 「地面は柔らかいか。踏んでみろ」


 シオが足を踏み込んだ。


 「……少し、ぬかるんでいます。五の刻に雨が少し降ったので」


 「踏んで、どれくらい沈む」


 「……足の甲より下、親指の付け根くらいまで」


 (四分ほど。この区間は特に軟弱だ)


 「記録してくれ。南から五間、踏み込み深さ四分程度。路盤が緩い」


 シオが手帳に書いた。数字を書くとき、口を少し動かしていた。声には出さず、確認しながら書いている。


 (先週まではそういう書き方をしていなかった。一度書き間違えてから変えた。自分で直した)




 地盤調査は三十間の区間を、五間刻みで測っていった。


 杭を六本打つ。打ち込む深さで地盤の締まりを見る。少ない打力で深く入るなら軟弱だ。抵抗があれば締まっている。


 「三本目——入りが浅いですね」


 「そこは少し締まっている。もう一度、杭の側面を手で触ってみろ」


 シオが杭を触った。


 「……しっとりしています。湿ってる感じ?」


 「水を含んだ粘土だ。締まって見えるが、荷車が重量を載せると変形する。記録してくれ。南から十五間、入り浅い・側面湿潤、粘土層の可能性」


 「はい。かねんど、と書いていいですか」


 「粘土で合っている」


 「わかりました」


 (「かねんど」という読み方をするのか。前世なら「ねんど」と読む。この世界の読みがある。直す必要はない)


 クルトが隣で同じことを別の手帳に書いていた。二人で記録すると、後で見比べて抜けを拾える。それをクルトは言われなくてもやっていた。




 五本目を打ったとき、杭が一尺以上入った。


 ガルドは打つ手を止めた。


 「シオ、ここを踏め」


 シオが踏み込んだ。足が一寸以上沈んだ。


 「うわ」


 膝を曲げて、足を引き抜こうとした。ぐ、という音がした。靴ごと抜けたとき、踵に泥がべったりついていた。シオが顔をしかめた。


 「入ったか」


 「足首近くまで入りました。どろどろしています」


 「そこの路盤は死んでいる」


 「しんでいる——」


 「水が抜けていない。路盤が飽和している。荷車が通るたびに押し潰されて、晴れても元に戻らない。毎年悪くなる」


 シオが足を引き抜いた。靴に泥がついた。


 「これを直すのが地盤改良ですか」


 「そうだ。ここは土魔法で締め直す必要がある。表面だけ石を置いても意味がない。下から直す」


 「下から——」


 (シオの顔が「なるほど」という顔になっている。本当に理解しているかは別として、聞く構えができている)


 「段取り八分、仕事二分だ。どこが悪いか全部わかってから手をつける」


 「はい」




 三十間を歩き終えた頃、クルトが農家の方から戻ってきた。


 「ガルド様、農家への聞き込みが終わりました」


 「話してくれ」


 クルトが手帳を開いた。


 「農地への道を使う農家は五軒です。荷車の通行は雨季前の収穫時が最も多く、一日に十二から十五往復になります。積荷は麦と根菜が主で、荷車一台の重量は——農家のトレット爺さんによると、満載で八百スンから千スンとのことです」


 「八百スンから千スン。一スンが何キログラムか——」


 ガルドは頭の中で換算した。前世の単位と今の単位を重ねる。


 (おおよそ一スンが〇・六キロとして、八百スンは四百八十キロ。荷車本体が百五十キロ前後として、合計六百キロほど。一日十五往復なら延べ荷重は相当なものだ)


 「荷車の車輪の幅はわかるか」


 「それは聞きませんでした」


 「確認してもらえるか。今日中でいい。車輪が太いか細いかで路面への集中荷重が変わる」


 「わかりました」


 クルトが手帳に書いた。


 シオが「集中荷重というのは」と言った。


 「重さが同じでも、触れる面積が小さければ、一点にかかる力が大きくなる。細い車輪の方が路面を傷める」


 「接触面積が小さいから?」


 「そうだ」


 「押しピンと手の平みたいな話ですか」


 ガルドは少し黙った。


 (押しピン——聞いたことがない。だが意味は通じる)


 「それで合っている」


 シオが「なるほど」と言ってまた手帳に何か書いた。




 測量データと聞き込みの結果を合わせた。


 農地への道、三十間。地盤の弱い区間が南から五間と南から二十間の二箇所。荷車は最大千スン積載で一日十五往復。


 (路盤の設計荷重は千スンの一・五倍を見る。一千五百スン対応の基盤強度が必要だ。カマボコ型に起こすための盛り土量、排水溝の断面積——)


 「シオ、手帳を出してくれ」


 「はい」


 「計算しながら言うから、数字だけ書き取れ。間違えたら言え」


 「わかりました」


 ガルドは地面に杭を立てた。日向になっている場所に、砂で簡単な図を描く。


 「まず断面だ。道の幅四間半。中央を一間あたり七分上げる。端に幅八分の排水溝。溝の深さ五分」


 「よんけんはん、ちゅうおうが七分……はい」


 「地盤改良深さは、弱い区間だけ一尺二分。他は八分。この深さに土魔法を入れて締め直す」


 「いっしゃくにぶ——」


 「書けたか」


 「はい。次は?」


 「石材の量だ。路面の石を敷く厚みを三分として——」


 ガルドは計算した。頭の中で前世の土木の教科書が動く。今の単位に変換して、今の素材の特性に合わせて補正する。


 「路面石材の延べ面積は四間半かける三十間で百三十五平方間。厚み三分で、体積は四十〇・五立方分間——単位を今の計測に直すと」


 (ヴァルダの計測単位は前世の尺貫法に近い。一平方間は前世の約三点三平方メートル相当。ただし完全一致ではない)


 「石の総量は、規格石材一個あたりのサイズが分からないと計算できない。そこはコルダが持ってくる規格を待つ」


 「コルダさんが来たら計算が繋がるってことですか」


 「そうだ」


 シオが手帳を見た。自分が書いた数字を見ていた。


 「この数字、全部合わさって道ができるんですか」


 「最終的にはそうだ。今は仮計算だ。コルダの数字が来てから精算する」


 「精算——」


 「数字を合わせること。俺が出した設計の数字と、石工が持ってくる石材の規格が合えば、注文量が決まる。それが決まれば施工に入れる」


 シオが「なるほど」と言った。少し間を置いてから言った。


 「コルダさんが数字を持ってくる——だから昨日シオが言ったんですか。来ると思うって」


 「シオが言ったんじゃなくて、お前が言った」


 「あ、そうです。私が言いました。数字を持って帰った人は次も数字を持ってくるって」


 (よく覚えている。自分が言ったことを)


 ガルドは「そういうことだ」と言った。




 午後は工房に戻り、石材の仮計算を進めた。


 路面石材の面積と厚みから必要量を出す。排水溝の内壁面積を出す。それぞれの重量換算をかける。


 「クルト、農家の車輪幅は確認できたか」


 「はい。トレット爺さんの荷車を直接見せてもらいました。車輪幅は二寸ほどでした」


 「二寸、と」


 (二寸幅の車輪に最大千スンの積載。路面一点にかかる圧は、前世で言えばかなりの単位になる。石材の選定は圧縮強度の高いものが要る。表面石材にあまり薄い板石は向かない)


 「路面の表層は厚みのある石が要る。三分厚では足りないかもしれない。コルダの規格次第だが、五分以上の厚みがある石材を使いたい」


 「厚みが増えると量が変わりますか」


 「総重量と注文量が変わる。費用も変わる。今は仮計算の段階だ」


 「では今の計算は目安ということで」


 「そうだ。コルダが来てから詰める」


 クルトが手帳に書きながら言った。


 「コルダ親方が来るのは明日の朝——でしたね。昨日「明後日来る」と言っていたので」


 「そうだ」


 「では今日中に仮計算をまとめて、明日照合できる状態にする——ということですか」


 「そういうことだ」


 クルトが「わかりました」と言って手帳を閉じた。また開いた。


 「一つ確認していいですか」


 「どうぞ」


 「石材が決まれば、施工はいつからになりますか。雨季まで二ヶ月ほどです。農地への道の一区間で、どれくらいかかる見込みですか」


 ガルドは計算した。


 「地盤改良に二日。石材の搬入に一日。路面施工と排水溝に三日。仕上げと養生で一日。合計七日。ただし石工が手を入れる日数は石工の頭数による」


 「七日——」


 「天候が荒れれば延びる。それと施工中は道を通行止めにする必要がある。農家への連絡を先にしないといけない」


 クルトがまた書いた。


 「農家への連絡は私がします」


 「頼む」


 シオが手帳に「七日」と大きく書いた。


 「なんで大きく書く」


 「大事な数字は大きく書くといいと思って」


 (理由としては一理ある)


 ガルドは何も言わなかった。




 夜は静かだった。外に人の気配はなかった。


 仮計算をまとめた。


 路面石材の必要量:延べ四十五立方分間(厚み五分で計算した場合)。

 排水溝内壁石材の必要量:両側合計で二十四立方分間。

 地盤改良区間:南から五間と二十間前後の計十間程度。

 施工所要日数:七日(天候順調な場合)。


 紙に数字を並べた。コルダが明日持ってくる石材の規格と照合するための表だ。


 (合う数字が来れば、その日に注文量が決まる。施工の段取りに入れる。段取り八分——今夜が段取りの核心だ)


 ガルドは紙を燭台の明かりに近づけた。数字を一つずつ確認した。計算式を追った。燭台の炎が一度揺れ、紙の上の数字の影が微かに動いた。


 問題はなかった。


 「……悪くない」


 小声だった。誰もいなかった。




 翌朝、コルダは来た。


 今度は一人ではなかった。職人が一人ついていた。三十代前後、コルダより頭一つ背が低い。肩に皮の鞄を担いでいた。


 「来ました」


 シオが言った。


 ガルドはすでに仮計算の紙を机に広げていた。


 「来てくれた。こちらの計算をまとめてある」


 「俺も持ってきた」


 コルダが後ろの職人に目配せをした。職人が鞄を開いた。分厚い帳面が出てきた。石工ギルドの規格帳だった。


 「石の規格はここに全部書いてある。サイズと硬度と産地だ。うちが取り扱っている品目は三十種類ほどある」


 「ありがとうございます」


 コルダが規格帳を机に置いた。ガルドの仮計算の紙と並べると、紙の大きさが全然違った。コルダの規格帳の方が厚く、使い込まれていた。


 ガルドは表紙に手を置いて、一枚めくった。紙が厚く、指先に石の粉のような感触が残った。


 「どこから見たい」


 「路面石材から始めましょう。厚みが五分以上あるもの、圧縮に強いもの。荷車の車輪幅が二寸で、最大積載が千スンです」


 コルダが規格帳をめくった。後ろの職人がコルダの隣で同じ帳面を覗き込んだ。


 「路面用の中圧規格なら、厚み六分の採掘石が合う。産地は北の山から来るやつだ」


 「硬度は」


 「硬度指標で七。荷重試験は一平方分間あたり二千スン以上は持つ」


 (二千スンの耐荷重。一平方分間あたり二千スン——車輪の接触面積と最大積載を合わせた計算なら、十分な余裕がある)


 「それで行きましょう。サイズは」


 「縦四分、横六分、厚み六分が標準だ。一個の重量は——」


 コルダが職人を見た。


 「一個、二十二スンです」


 職人が言った。


 ガルドが仮計算の紙に数字を書き込んだ。路面面積と一個当たりのサイズから、必要個数を計算する。


 「路面石材の必要個数、七百個前後になります。多少の余裕を見て八百個を調達したい」


 コルダが少し目を細めた。


 「八百個——何日かかると計算した」


 「七日。地盤の改良と路面の仕上げを合わせて。石工の手数はどれくらい出せますか」


 コルダが腕を組んだ。


 「二人なら出せる」


 「二人で七日の施工が可能かどうかは——石工のペースの方が詳しい」


 コルダが職人を見た。職人が規格帳の別のページを開いた。


 「路面石材の敷設は、一人一日で四十個から五十個が標準ペースです。二人で四日あれば七百個は敷けます」


 「地盤改良後に路面に入れるなら、施工開始から数えて——」


 ガルドは計算した。


 「地盤改良に二日。排水溝の掘削に一日。石工の路面作業が四日。仕上げと養生で一日。ちょうど八日になります。七日より一日増えますが、石工の手が二人入る前提ならこちらの方が確実です」


 コルダが「八日か」と言った。黙った。視線が仮計算の紙に落ちた。


 (コルダの目が数字を追っている。感情じゃなくて、計算している顔だ)


 「排水溝の内壁はどうする」


 「内壁も石でお願いしたい。溝の断面が幅八分、深さ五分。両側で延べ三十間分。内壁用の小型規格石材が要ります」


 コルダが規格帳をめくった。


 「排水溝用なら、小口石というのがある。幅三分、高さ五分、奥行き四分だ」


 「それで合います。数量は——」


 ガルドが計算した。


 「三十間の両側で、内壁面積は九百平方分間。小口石一個の面積が〇・一五平方分間として——六千個」


 コルダが少し眉を動かした。


 「六千個。路面の八百と合わせて、六千八百個か」


 「はい。今のところの計算では」


 コルダが後ろの職人を振り返った。


 「在庫はあるか」


 「路面用の中圧石が在庫で五百個ほどです。残りは発注になります。小口石は在庫が三千個前後ありました。追加発注で二週間、早ければ十日で揃います」


 ガルドは雨季までの日数を頭で計算した。


 「今から石材の発注をかけて、十日で到着、施工八日——残り時間が二十日以上あります。雨季に間に合います」


 コルダが「計算上は」と言った。


 「計算上は、そうだ」


 「その計算は、石材の搬入が遅れたらどうなる」


 「搬入が十日より遅れた場合——施工日数が削られます。一番時間のかかる地盤改良から先行して入り、石材が揃い次第路面に進む段取りにすれば、四日の余裕が生まれます」


 コルダが小さく息を吐いた。


 「……段取りから組んであるのか」


 「施工は段取りが全部です」


 コルダがまた沈黙した。長い沈黙だった。


 (発注日・到着日・施工日・完工日——数字が合うかどうかを頭の中で組んでいる。急かす必要はない)


 後ろの職人が規格帳を閉じた。閉じてから、コルダの表情を確認するように顔を上げた。


 シオが横でじっとしていた。今日は数値を読み上げる役がないから、端に寄って壁に背を当てていた。しかしひと言も聞き漏らさないという顔をしていた。




 「一つ聞く」


 コルダが言った。


 「どうぞ」


 「一区間、やってみる——それで、お前は何を保証できる」


 ガルドは少し考えた。


 「二十年は大きな補修なしに持つ、という設計上の保証はできます。ただし石工が路面を設計通りの精度で施工することが条件です」


 「俺の腕を条件にするのか」


 「はい。俺の設計だけでは道は作れない。石工が入らなければ路面はできない。それは最初から言っています」


 コルダが「そうだな」と言った。


 「石工の仕事が二十年の耐用年数に効いてくる——そういうことを最初に言った」


 「はい」


 「お前の設計通りに作って、二十年持たなかった場合は?」


 「原因を調べます。設計の問題なら俺の責任です。施工の問題なら石工の話になります。どちらかは調べればわかります」


 コルダが「そういうものか」と言った。静かな声だった。


 「三十年の仕事で、責任の話をしたことがなかった」


 コルダが机の上の規格帳に目を落とした。節張った指先が表紙の端に触れて、少し力を込めて押さえた。視線がそこから動かなかった。


 「そうですか」


 「壊れたら直した。それだけだ。誰の責任とは考えてこなかった」


 (それが悪いということではない。この世界に「設計の責任」という概念がなかっただけだ)


 「これからは数字で追えます。どこで壊れたか、なぜ壊れたか。記録があれば原因が特定できる。クルトが記録してくれる」


 クルトが「はい」と言って手帳を持ち上げた。コルダがクルトを見た。


 「お前——ずっと記録していたのか」


 「はい。測量から今日まで、全部書いてあります」


 「……今日の話も」


 「はい。今日の石材規格の照合と、数量の計算経過も記録しています」


 コルダが「そうか」と言った。




 「一区間、やってみましょう」


 ガルドが言った。


 「農地への道の三十間を最初の一区間にします。雨季前に一区間完成すれば、この秋の農産物の搬出に間に合います。来年の雨季には二区間目、再来年に三区間目——三年で三区間を直します」


 コルダが腕を組んだ。


 「三年計画か」


 「一区間の結果を見て、問題があれば設計を修正してから次に進みます」


 「問題があれば修正する——それは認める」


 「では一区間から始めましょう」


 コルダが後ろの職人を見た。


 「石材の発注を今日中にかけろ。路面用八百個、小口石が残り三千個分。緊急発注で対応できるか確認しろ」


 「わかりました」


 職人が鞄を担ぎ直した。


 コルダがガルドに向いた。


 「施工に——職人を二人出す」


 ガルドは「ありがとうございます」と言った。


 「認めたわけではない」


 コルダがまた言った。しかし今度は、ガルドと目が合う前に視線が外れた。声の間が、昨日より一呼吸長かった。


 ガルドは「わかりました」とだけ言った。


 (認めたかどうかは結果が出てからでいい。今は一区間が始まることの方が大事だ)




 コルダと職人が帰った後、工房に三人が残った。


 シオが息を吐いた。


 「始まりますね」


 「そうだ」


 「コルダさん、最初は「認めない」って言ってたのに」


 「今日も認めていないと言った」


 「言いましたけど——職人を二人出すって言いました」


 「それは仕事の話だ。認めるかどうかと、仕事をするかどうかは別だ」


 シオが「そういうものですか」と言って手帳を見た。


 「でも来週には二人来るわけですよね。石工の職人が二人」


 「そうだ」


 「じゃあ施工チームができる」


 「まだ「チーム」とは言わない。一区間の仕事だ」


 シオが「でも」と言いかけた。言いかけて止めた。手帳に何かを書いた。


 「クルト、石材の搬入が決まったら教えてくれ。搬入の日から地盤改良の段取りを組む」


 「わかりました。コルダ親方の職人が発注をかけるとのことでした。明日には搬入日の見込みがわかると思います」


 「確認してくれ」


 「はい」


 クルトが手帳を閉じた。


 シオが「あの、ガルド様」と言った。


 「何だ」


 「石工の職人が二人来たとき——私はどういう役割になりますか」


 ガルドは少し考えた。


 「測量補助と記録補助だ。今とほぼ同じだ」


 「でも石工の人たちが来たら、私がいる必要がなくなりませんか」


 (そういうことを考えるのか)


 「石工は石を並べる。測量と記録は別の仕事だ。重ならない」


 シオが手帳を膝の上に置いた。ガルドから視線を外して、床を見た。


 「じゃあ——いていいですか」


 「今も来ることを許可している。同じだ」


 シオが「……はい」と言った。小さい声だった。


 (「いていいか」という確認をするようになった。来週から施工チームが増えることを、本人なりに意識しているのだろう)


 「シオ」


 「はい」


 「一区間の施工が終わったとき——断面の数字を確認する作業がある。施工後の測量だ。設計通りに仕上がっているか数値で確認する。それもお前がやる」


 シオが顔を上げた。


 「私がやる、というのは」


 「測量紐を持って、数値を読み上げる。それだけだ。今まで通りだ」


 「……はい。やります。弟子第一号として」


 ガルドは「測量補助だ」と言った。


 シオが「補助の弟子第一号として」と言い直した。


 「補助だ」


 「はい、補助の弟子第一号として、参ります」


 (……まあ、来る。来ることはわかっている。追い払えないことも、もうわかっている)


 ガルドは仮計算の紙を片付けた。数字が合った。石材が来る。施工が始まる。


 「段取り八分、仕事二分だ。明日から本番だ」


 測量紐を腰に戻した。



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