⑦カールハインツの答え
人工ダンジョン内、ミッションを課せられたふたりだが。
「──…………チッ!」
盛大に舌打ちした後。
ズカズカと音を立ててソファへ向かいながらマジョレーヌは外したローブを丸めて座面に叩きつけると、その隣に乱暴に座り脚を組んだ。
「マジョレーヌ」
「殿下、ここを出るには指示に従うしかないみたいです。 さっさと終わらせましょう」
そう促すマジョレーヌの声は素っ気なく、こちらを見ようともしない。
それに傷付きながら、カールハインツものろのろと斜め前のソファに座る。
マジョレーヌの痣は顔の造作を変えるものではないが、見ればぎょっとするくらいに悼ましいもの。
時折黒ずむ赤紫の肌が、右目付近を中心に顔の三分の一ぐらいまで広がり、湖のように美しく輝いていた青い瞳は、右目だけ白く濁っている。
(ああ、なんでこっち側に座ってしまったのかしら……!)
自分で促しておいて、マジョレーヌはカールハインツの強い視線に視線を合わせることができず、迂闊にも痣のある側を晒してそっぽを向いたことに後悔するばかり。
それでも仕方なく、カールハインツの方を向く。
「でん…………!」
ぎょっとしたのは、マジョレーヌの方。
カールハインツはこちらを向いたまま、はらはらと涙を流していたのだ。
「なっ、なんで泣いてんですか!?」
しかし、それに答える前に──
『第一ミッションクリア』
アナウンスが空気をぶち壊す。
「ウザッ!?」
『テーブルのお茶とお菓子が摂取できるようになりました』
「しかもどうでもいいわ!」
『第二ミッション:制限時間までお茶をしながら本音トーク。 尚、充分な時間を確保してありますのでご安心下さい』
「余計な心遣い!」
ついツッコんでしまう、実はツッコミ気質のマジョレーヌ。ボケばかりの中で稀少。
「まっマジョレーヌ……わ私は──」
「えっええぇぇ?! とっ、とりあえずお茶を入れますから! ほら、殿下はまず涙を拭いて!」
「うぐぅ……」
こうしてイキナリ始まり、アッサリ終わった第一ミッション。そして第二ミッションは、割とグダグダで始まった。
だがそのお陰で、ふたりは取り繕うどころではなくなったとも言える。
泣いていたカールハインツだったが、
「──もう……なんなんだ、君はッ!」
「ええっ?!」
ここにきて突如、逆ギレし出す。
「馬鹿じゃないのか!?」
「ッ!」
「そもそも嫁ぐのにいい相手を探していたじゃないか! 何故黙って受け入れない!?」
「そ、そんなの……」
(貴方が好きだからに決まってるじゃない……!)
ミッションとはいえ、言いたくない。
それではなんの為に、逃げるように去ったかわからないじゃないか。
「で、殿下こそ……! どうせ三年後に追い出すのなら追い掛けて来なくても良かったじゃないですか!」
「仕方ないじゃないか! 私は君を幸せにしたかったんだ!」
「ッそんなの身勝手です!」
『勝手に私の幸せを決めないで』──マジョレーヌがそう続けるよりも、カールハインツの声の方が早かった。
「ああそうだ! そして君は浅はかだ! さっきだって……あんな態度を取れば幻滅するとでも思ったか?!」
「!」
計算で媚びてこようが、マジョレーヌに対してはいつも嬉しかった。
そんなマジョレーヌが今度は嫌われようとしてきたことが、悲しかった。
あれくらいで幻滅なんてする筈ないのに。
「私は君が奉仕活動で荷物を持ったまま、扉を足で開けてたのだって知ってる! 今更だ!」
「見っ……見られてたー!」
──カールハインツはあれから必死で考えた。
元々彼は頭が悪いワケではない。自分の心がわからなくとも、ユリウスの言葉と事象と重ね、見えてきたモノはある。
今までの全てを今見えてきたことが塗り替えるわけではない。だがギディオンの語った通り、それらを急に受け入れるにはあまりにも短い時間だった。
思い出す様々な事柄から得た事実には、今まで気付かないこともあったし、薄々気付いていながら目を逸らしていたこともあった。
それらはエディトの力を目の当たりにした時以上に、矜持としてきたものや自尊心を深く傷付け、カールハインツは自分の愚かさや弱さに打ちひしがれ、時に子供のように癇癪を起こし逃げようとした。
今もまだ、直視できないこともある。
だがマジョレーヌのことだけは、少し違う。
それなりにちゃんとわかっていた筈だ。
そして、少し考えればわかった筈だった。
彼女のことも、自分の気持ちも。
「そうだ、見ていた! 気を抜くところも、気を張って努力する姿も……打算に塗れた事を言いながら、そのくせ利にもならないような泥臭い裏方の作業も手を抜かない君を……ずっと……」
「で……殿下……」
そう言いながらまた涙を零すカールハインツに、マジョレーヌはどうしていいかわからず呆然と立ち尽くした。
僅かな沈黙はこんなに静かな部屋だったか、と思う程で。
言い合いがそれなりに激しかったのを物語るのは、二人ともいつの間にか立っていて、テーブルのお茶がまだ入れられてない二客のカップが、少し位置を変えていることくらい。
カールハインツの指先が、マジョレーヌの痣の濃い右の眦にそっと触れ、ビクリと肩が揺れる。
「……なんでこんなことしたんだ?」
「ッ」
それは悲しげではあったが、想定していた責める口調ではなくどこか甘やかな響きも孕んでいて、マジョレーヌは息を呑む。
「『私なんて……』とか宣いながら、本当は滅茶苦茶顔が自慢だっただろう……」
「ひ、一言多いッ!」
「私は君が思うより、君をわかっている」
だから。
本当は先の問いの答えもわかっている。
少し考えたら、わかる。
顔はずっと、マジョレーヌに向いたまま。
泣いてるというよりも、勝手に涙が出てきて止まらない。
出てくる涙を袖でぐいと拭い、少しだけクリアになった視界で彼女を見た。
(ああ)
込み上げてくる気持ちに、今はもう納得しているユリウスの言葉が過ぎる。
必要なのは、謝罪でも礼でもない。
マジョレーヌが望まないなら、もうエディトの力も要らない。
呪いが身体を蝕むなら、ふたりで浄化をすればいい。呪いを引き受けて浄化する方法は、安全性の為一定の力を持つ者以外には秘匿されている。王族であるカールハインツが知るのは術式を用いた方法のみ。それでも別の方法で浄化はできる。
痣なんてどうでもいいのだ。少なくとも容貌に関しては。
マジョレーヌは今もカールハインツの瞳に眩しく映るから。
「君は私の太陽だ。 ……共に生きて欲しい」
──離宮の神殿に籠るのは、人目に付くのを避けるだけではない。
この呪いの痣は太陽の下に出ると、酷くなるとわかっているからでもある。
おそらくは聖女の『表舞台に立てると思うな』という思いからでは、と推測されている。
カールハインツがどれだけの気持ちで言ったのかなど、これを知らないマジョレーヌには伝わらないけれど。
それでもいくつか、伝わったことはある。
それに自分だって身勝手だった。別に呪いを移したのも、ただの献身からじゃない。
意地で、復讐でもあった。
だから痣なんか、消す気がなかった。
勝手に幸せになれ、と言うのなら、そのまま返してやりたかったから。
「……痣が、あります」
「マジョレーヌは可愛い。 それに私以外は見ないと思えば、それも愛しい」
「馬鹿なことを」
「勿論便利とは言えない生活を強いるが……嫌?」
突如甘やかな空気を醸し明らかに口説き出したカールハインツに、マジョレーヌは苛立った。
「ッ殿下こそ馬鹿ではないですか?! 何故まだ離宮に籠る気でいるのです! そんなの王太子殿下が許しま……」
「あの人が許すも許さないもない」
「──」
彼から発せられた酷く冷めた声と、予想外の言葉。
一瞬マジョレーヌが怯んだ後、カールハインツは「誰にも絶対に口出しはさせないが、陛下は聞き入れるさ」と柔らかく言う。
「後は希う私を、君が受け入れるかどうかだけだ」
「……そんなの」
──『狡い』と思ったけれど。
口には出さず、暫く見つめ合った後で結局、マジョレーヌは頷いた。
『第二ミッションクリア』
無粋にも、アナウンスが響く。
ちなみに茶など飲んでいないが、そのへんはどうでもいいらしい。
第二ミッションクリアで解放されるのはトイレです。(※水分摂ったことへの考慮)




