④少年少女の若さ故の過ちと、すれ違い恋愛模様の裏
マジョレーヌはカールハインツから『自分には呪いがかかっており、それを浄化するのが役目』ということと、それ故の『三年の白い結婚』を謝罪と共に告げられただけだと言う。
「彼女は『だから王家の呪いに対し、詳しいことは知らない』と言っていたが、嘘ではないと思う」……ルートヴィヒはそう述べていた。
後日自分も入る予定だった離宮の神殿に先にカールハインツが封じられた晩。
彼女はこっそり部屋を抜け出し離宮へ忍び込むと、自室のベッドで眠っていたカールハインツの呪いを肩代わりし、そのまま逃げたそう。
一方のカールハインツ曰く。
離宮の神殿で最後の術式を行い、呪いによる痣が現れた後、疲れと緊張からかすぐ眠ってしまったと言う。
夜中、マジョレーヌが微笑んでいるのを見た気がしたが、夢だと思ってしまったそう。
呪いがなくなっているのに気付いた時には朝で、ある筈の痣がなくなっていて驚愕していると『マジョレーヌが失踪した』という知らせが入ったらしい。
足取りを追った末の目撃証言から、痣……呪いが彼女に移ったことを知ったのだ。
マジョレーヌの状況をようやく知ったエディトは驚きこそしたものの、『身体は元気そう』と知り、あまり動揺した様子はない。
「エディト。 『呪いを移す』と、いうのはどうやるんだ?」
「浄化と変わりません……というか、浄化の方法のひとつです。 ただ普通はやりませんね、余程切羽詰まった状況でない限り」
動揺はしていない。エディトは淑女のようなすました顔をしており、声色も静かだ。ただそれは逆に、ユリウスにはやや苛立っているように感じられた。
「……怒っているのか? 彼女に? それとも殿下に?」
その質問に首を横に振り、エディトは困ったように眉を八の字に下げて微笑む。
「マジョレーヌは王宮向きの子ではありませんから……それが魅力ではあるんですが」
「?」
答えでもない答えの後で、すました顔を超え、無表情となったエディトはこう続けた。
「大方、王太子殿下に唆されたのでしょう」
「……!」
少年少女の若さ故の過ちと、すれ違い恋愛模様のようになっていたけれど。
手引きした者がいるというのは、言われてみればもっともな予測だった。
それが王太子殿下、というのも。
「もしかしたら、令嬢方の嫌味や嫌がらせも指示があったのかも」
真面目だが直情型のマジョレーヌは、困難に直面した時に正攻法で突破しようとしてしまうタイプ。しかも弁えてもいる。『ついでに虚勢を張りがち』とエディトは付け加える。
マジョレーヌが『困窮した伯爵家の令嬢』で『略奪女』で『当代一の聖女には足元にも及ばない』のは全て事実であり、弁えている彼女は耐えるしかなかった。
平気なフリをして淑女の仮面を付けてやり過ごしてはいても、彼女の性格ではおそらく相当な負担だっただろう。
「きっとかなり悩んだ筈です。 自分が本当に『第三王子殿下の婚約者として相応しいのか』……と」
マジョレーヌはそれをカールハインツには悟られないように振舞っていたが、それでも度々彼はマジョレーヌを庇い、心配してくれたようで。それは少なからず、心の支えになっていたに違いない。
だがそこに来て『白い結婚』宣言──
「ああ、それももしかしたら王太子殿下のアドバイスかもしれませんね?」
「兄弟仲は表面上いいので」と淡々とエディトは言う。
カールハインツも矜恃ばかりが高く、融通の利かないところがある。頭自体は悪くないが、彼の知識や社交術は神殿と市井向けに特化させられていた。
そんなこれまでの生活から、彼は視野が狭く潔癖で、王族だが王宮向きの人間ではない。
不安を煽り、ふたりを慮っているフリをし唆すことなど、王太子にしてみれば赤子の手を捻るより簡単だったに違いない──とエディトは半ば断定的に語る。
「エディトから見た王太子殿下はどんな人間なんだ?」
「……素敵な方ですよ。 判断が特段間違っているとも思いませんし」
皮肉げに笑みを浮かべた後、エディトは続ける。
「ただそれも含め、私は好きではありません。 宮廷が嫌いな理由と同じように」
表向きは神殿への敬意という体で、国力や王家の威信を示す為に煌びやかな場に意味なく立たせようとする。
それがとても不愉快だった、とエディトは語る。彼女の社交嫌いは元々だが、これにより拍車をかけたようだ。
カールハインツの話を聞く限り、国王夫妻は道義を重んじ聖女の幸福を願ったが、王太子殿下も同じとは限らない。
(ツイていたな……殿下を助けられて良かった)
おそらくマジョレーヌを誘導し、カールハインツの呪いの解放を仕向けた──というのが本当の目的ではない。
カールハインツが、あまりにも軽装で抜け出しここにいることがその根拠だ。
主家の令嬢を大事にしている家人らを言いくるめ、辺境に向かわせカールハインツに後を追わせたのではないか。
マジョレーヌがいたのが辺境のはずれだったのは、エディトに会わせる目論見に気付き強硬に反対した結果か、或いは遠回りも含め指示されたが故か。
あのままカールハインツが無事でなかったら、王太子は辺境の責任を追及し、見返りに聖女の返還を要求してきたのではないだろうか。
一番の目的は次代の──つまり、王太子の子達の呪いを回避する為。だが勿論、それだけで済む筈はない。
カールハインツが無事辿りつき、こちらに頼んだ場合でもそれはそれでいい。王家の正式な依頼なく浄化は行われる上、第三王子夫妻は表舞台で聖女を繋ぐ、有用な駒となり得る。
(これはあくまでも想像だ)
すぐにエディトの言うことを鵜呑みにするワケにはいかないが、どのみち彼女が聞けばマジョレーヌはきちんと話す筈。
(王太子……アルブレヒト殿下か……)
ユリウスはアルブレヒトのことを思い出していた。
辺境伯家の嫡男であるユリウスが王都の学園に通っていたのは極短い間だったが、アルブレヒトとは割と仲良くしていた。辺境との関係を慮ったのはあるだろうが、彼はとてもユリウスによくしてくれたのだ。
高い理想を掲げ、意欲的でキラキラした王子様であった彼だが、ユリウスの前では『君といると気楽だ』と言って肩の力を抜いていた。下の弟であるカールハインツを可愛がっているらしく、よく話を聞かせてくれた。
そんな学園での彼の姿も、全てが嘘だとは思わない。
だがそれらはエディトの言を否定する、なんの裏付けにもならない。むしろ、考えられる動機は増えたくらいだ。
──あれから10年、宮廷では辺境では考えられないようなドロドロしたこともあったに違いない。理想が高ければこそ、尚更冷徹さも必要になるだろう。
エディトの言う通り、アルブレヒトにもし思惑があってふたりを動かしたのだとしても、それは王太子として『間違った判断』とは言い難い。
偏ってはいるが、カールハインツの矜恃の高さを考えても、王家……ひいては国の為に家族を利用するなど全くおかしなことではないだろう。
だが、辺境がそれを受け入れるかはまた別の話だ。
エディトを渡す気は勿論、黙って都合よく利用されてやる気もない。
(甘かったな……)
それでも正直な話。
まさか今更、王家ざまぁフラグが立とうとは思っていなかった。




